突撃:アウロ視点
『月明かりだけで良く見えねえが、ありゃペリュトンの大群じゃねえか!!』
遠視の筒を覗いていた冒険者の一人が声を上げた。
それを皮切りに場は騒然とする。
『無理無理無理!!』
昼には自信満々に闊歩していた冒険者たちは、今では他人を押しのけ、助かろうと必死だった。
『狼狽えんな。相手はペリュトンだぞ。ペリュトンは自分たちより人間の数が多いと、襲ってこねえ!』
1人の男が鼓舞する。すると、それに応えるように『おおお!!』と鬨の声が起こる。
『先陣は俺がする。野郎共、続け!!』
やがて逸った冒険者の男達が馬に乗り、ペリュトンの群れに対して突撃体勢に入った。
『行くぞ!!』
『おおおお!!』
中々骨のある冒険者達がいるようだ。しかし、私は知っている。ペリュトンは500頭はいると言う事を。
この街に500人以上の冒険者が居るだろうか?
少なくともこの門の傍にいる人間は、100人にも満たないように見える。
『急いで彼らを止めないと、無駄死にしてしまいます、シグラさん!』
『アガレス、少し手伝え』
「しょうがないのう」
え。
ゴゴゴンッ!!と門周辺の地面が揺れ出す。
『じ、地震だあああ!?』
『うわあああ!?』
人間もだが、それよりも馬がパニックになり、冒険者を乗せたまま彼らは四方に散らばって逃げて行ってしまった。殆どが門の中へ行ったが一頭だけ外へ行ってしまった。鼓舞した冒険者だ。
「アウロよ、儂が介入したことがバレると面倒な事になる。今のはお主の能力と言う事にするが良い」
『は、はあ?私はロノウェ様の加護を持つエルフなのですが』
『ロノウェよりもアガレスの方がマシだ』
何を!郷では男子禁制の神殿に籠り、毎日祈りを捧げている美しき方なのに!
それを言ったら何故かシグラさんに鼻で笑われた。そしてアガレスさんにも
「男子禁制というところが、欲望に忠実な奴じゃのう」
と呆れたような口調で言われる。
ど、どういう事ですか。
地震は逸る冒険者達を散らしたところで止まっていたが、逃げ遅れた冒険者達が門の前で震えながら蹲っていた。
シグラさんはそんな彼らの前に行くと、魔法で炎の壁を作った。その大きさは門を覆う程のものだった。
ペリュトンに有効かどうかは分らないが、魔獣除けにはなるだろう。
『これで邪魔な人間どもは外に出ないだろう』
……ペリュトン除けじゃなくて人間が出ない様にする為の壁だったのか……。
『街の外へ行った人間を拾ってくるぞ。アウロ、光魔法で周囲を照らせ』
『へ?』
ぐいっと首根っこを掴まれたかと思うと、ぐんっと引かれた。そして炎の壁の中を突っ切り、外へと走り出た。そのまま止まらずに、それどころか私を掴んだまま彼は足を速めていく。
く、く、首が絞まるううう!!
私ももう良い年なんだし、ウララさん程では無くても良いので、出来ればもう少し優しく運んでほしいものだ。
そうこうしているうちに馬が見えて来た。
暴れ馬に乗る冒険者は振り落とされない様にしがみ付くだけで精一杯のようだ。
シグラさんは馬に追いつくと、冒険者の後ろに跳び乗った。……私を連れたままでだ。
『な、何だ!?アンタ、どうやって俺に追いついて……うわああああ、ペリュトンがすぐそこに!!』
『戻ってろ、邪魔だ』
シグラさんは馬の手綱を引いて方向転換させた。そして彼はまたすぐに馬から飛び降りて、ペリュトン達の前に立つ。……私を連れたままでだ。
ああ、ペリュトンか。
ウララさん達と出会う切っ掛けとなった怪我……回復魔法で治した筈の腹の穴がちくりと痛んだ気がした。
『シグラさん、私もここに居る必要あったんですか?』
『お前がいないと困る』
『ええ?』
『私はこれから威嚇する。魔法を使っているように偽装しろ。何処で誰が見ているかわからんからな』
『え、ええ!?』
威嚇を魔法に偽装って、どうすれば?
『威嚇ではなく、またアガレスさんに頼めばいいじゃないですか!地震で足止めを……!』
『ペリュトンは飛ぶしそれなりに頑丈だ、地面が揺れる事に然程意味は無い。行くぞ』
な、何とかしないと!!
『アガレスさん、聞いていらっしゃいますか?空気を振動させて音を出して威嚇の声を誤魔化して下さい!私は風で土煙をたててシグラさんの姿を隠しますから!』
「年寄り使いが荒いのう。まあええか、儂、居候の身じゃからのう」
魔力を振り絞り、風の精霊に祈りを捧げる。
それと同時にシグラさんの威嚇の声か、それともアガレスさんが起こした音か、判別がつかない轟音が辺りに響き渡った。
み、耳が痛い……!
だがそれにかまけている場合では無かった。
『う、うわっ!』
次の瞬間にはとんでもない衝撃波が巻き起こり、咄嗟にシグラさんの背中にしがみ付く。
『し、シグラさん、魔法攻撃用の結界を……』
『これは魔法攻撃ではない。音を鳴らすためにアガレスが出した衝撃波だ』
と、とんでもないいい!シグラさんもビクともしていないし!
名のある精霊の規格がおかしいです!ロノウェ様、助けて下さいいい!
私の様子を見て、流石に不憫に思ってくれたのか、シグラさんは檻の結界を張ってくれた。
この中ならもう大丈夫だ。……この中からは動けないし、魔法攻撃も出来ないけど。
砂埃が消えると、威嚇により恐怖で逃げる個体、ショックで気絶した個体、そして衝撃波に耐えられずに飛ばされてしまった個体など、多くのペリュトン達は再起不能となっていた。
しかし、やはりここは数の暴力だ。後ろにいて威嚇の効果が届かなかった個体が走り出て来た。
シグラさんは光の粒子を散らせ、大きな火の球を作ると投げ飛ばす。
ペリュトンの断末魔が響き渡る。
―――あ!
『シグラさん!あそこのペリュトン、人が乗ってます!気を失ってるみたいです!』
最初の威嚇にやられた個体なのか、気絶した人間を乗せたペリュトンはうろうろと逃げ惑っていた。
シグラさんもそれを捕捉し、炎の壁でそのペリュトンの行く手を阻み、隙をついて人間を回収した。
人間は長髪のまだ若い女性だった。
「おお、こやつじゃぞ。ペリュトンを率いていた人間とは」
―――この女性が?
見たところ、冒険者でもなんでもない体つきだ。
やがて女性は気が付くと、ぎょろっと目玉を動かした。
『殺す!殺す!殺す!』
『お、落ち着いて下さい』
『貴様は何だ!?アルク家の人間か!?』
『いいえ、しがないエルフです』
『じゃあ消えろ!!用があるのはアルク家の人間のみだああああ!!』
きょ、狂人だ。
『……』
シグラさんは狂う女性を放した。すると女性はふらふらと街の方へと向かって行った。
『し、シグラさん?』
『あれはもうじき死ぬ。魂も残らないだろう。魂が何かに浸食され、ボロボロになっているからな』
『……!』
シグラさんがそう言うなら、確かな事なのだろう。シグラさんは……ブネは、魂を視て交流が出来る能力を持つ名のある精霊だから。
『アルク家とは、アルク伯爵家のことでしょうか』
『さあな』
『あれ?あそこにも人間がいますね』
次々と人間が乗ったペリュトンが走ってくる。老婆、老爺、青年、少女。年代問わずに騎乗していた。
皆、顔は悪鬼のように醜く歪み、突進してきた。
『……全員、魂が汚されている』
突進してくる人間の中に、見知った顔の男がいた。
『あの人、私達が立ち寄るのを止めた街の警備兵ですよ!』
もしかして……!
『この人間たちはあの街の住人達なのでは』
確かにあの警備兵の様子はおかしいとは思ったが。
『こんなに狂うなんて、何があったのでしょう』
「アミーじゃよ。人を惑わすのは、あやつのお得意じゃ」
『それが元凶か』
シグラさんは集中し始める。アミーの気配を探っているのかもしれない。
その間、人を乗せたペリュトン達はシグラさんの横を通り過ぎていく。
10頭はいたかもしれない。
『ペリュトンが街に行きますよ、シグラさん!』
『大丈夫だ。あそこにはルランがいる』
『ル、ルランさんって、ただの人間じゃないですか!』
シグラさんからの加護を得たとは言え、身体能力が少し上がっている程度だろう。
『私の血をたらふく飲ませているからな。奴は心臓を握りつぶされても死なない身体になっている筈だ』
『!』
そうか、シグラさんはドラゴンだ。ドラゴンの血を多く飲んだルランさんは、ただの加護持ち以上に能力が上がっているのか。
『そもそも車には分厚い檻の結界を張って来たからウララなら大丈夫だ』
……何処までもウララさんの事しか考えていない人だな。




