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打ち鳴らされた警鐘

私達がバスコンに戻って暫くしても、まだルランとマレインは帰ってこなかった。


「姉ー、ルランが代表夫妻に引き留められてて、まだ帰れそうにないってさ」

「ルランさんから念話来たの?」

「うん」


もうすぐ夕方になる時間帯だ。

もしかしなくても、この怖い街に車中泊決定……?

憂鬱だなあ。


「……でもだったら、此処に車を停めておくわけにはいかないね。きちんと駐車スペースのある宿屋で部屋を取らないと」

すぐに出発する予定だったので、今停車している場所は門の傍の空き地だった。

「今からだとそれは厳しいかもしれませんね。この街は冒険者の溜まり場ですし、宿屋はいっぱいだと思います」

「街から出て、そのすぐ傍に停車させておけば良いんじゃないか?」

「私達は貴族であるルランさんのお供として街に入っているので、勝手に出る事はできないと思います」

面倒だなあとキララが顔を顰める。それを見たアウロは苦笑してエントランスドアに手を掛けた。

「ナギさんに相談してみますね」

「お願いします」


アウロを見送った後に溜息を吐くと、キララにキャンディーを渡された。

「あ、可愛い。犬の形してる」

「それ、さっき買ったやつで、やる気になるキャンディーなんだってさ。味は蜂蜜味だった」

「へえ。ありがとう」


口の中に入れると、じんわりと蜂蜜の甘い味が広がった。

そして胸の奥がホコホコと温かくなる。

「うわ何これ。本当に何かやる気が出てきた」

「それ、マルコシアスの郷で作ってるんだ。マルコシアスって支援系能力持ってたろ。その力が浸透している水や蜂蜜で作ってるから、効能があるらしい」

「……これ、常習性ないよね?」

「怪しいお薬じゃないから安心しろ。合法だ」


……無性に料理をしたい気分になってきた。


「テンション上がってきたし、今日は手の込んだものにしよっかな。ナベリウスさんの御飯も作らないと!」



■■■



今日のメニューはグラタンとサラダと手作りパン。そしてデザートに生クリーム無しのアイスを作った。

やっぱり手作りパンは自分好みに作れるから美味しいし楽しい。オーブンレンジに発酵機能があるから、結構楽だし。

食事を終えて皿を洗っていると、ダイネットで寛いでいるキララがのんびりと

「姉にこの幸運キャンディーは有りだな。めっちゃ飯が美味くなる」

何てことを言ってきた。

ちなみにあのキャンディーの効能は30分程で切れた。特に常習性はなさそうだ。


そして車中泊場所の件だが、ナギが門番に掛け合ってくれたところ、私達はこのまま門の傍の空き地に居て良いと言われた。

元々この空き地は宿屋に泊まれない冒険者たちに提供している場所なのだという。

窓の外を見れば、ちらほらと荷馬車が停まったり、テントを張ったり、中にはそのまま酒瓶を抱きしめて寝転がっている者も居た。


ただでさえこの街の治安は悪いのに、この辺りの治安は更に悪そうだ。絶対に今夜はもう車の外には出ない様にしておこう。


「キララ、暇ならお風呂に行ってきな。ロナちゃんは?」

「ロナなら寝室でごろごろしてる。食べ過ぎたってさ」


そう言えば、ルランがまたこのバスコンで寝るようになってから、ロナは私とキララと一緒に寝室で寝るようになった。バンクベッドではアウロとククルアが眠り、ダイネットのベッドはルランが使っている。

今は騎士たちが馬車の方を使っているけど、空いたらキララとロナがあそこを使いたいと言っていた。でも子供だけにしておくのは心配なので、アウロかルランにそちらに移ってもらわなきゃいけないだろう。


キララとロナをシャワールームに押し込み、ダイネットに戻る。


そこではお茶を飲んでいるシグラとククルア、そしてキララの教科書と睨めっこをしているアウロがいた。

「どうかしたんですか?」

自分用のお茶を汲んでシグラの隣に座る。

「いいえ、ククルアさんに数式の事で尋ねられまして」

算数や理科ならククルアの為になるだろうと、キララが教えてやっていたようだ。

今アウロが睨めっこしていたのは、二桁で割る割り算の方法だった。

「日常でこんなに大きくて複雑な数字を割ることなんてないので」

「アウロさん、これ筆算にしたら簡単ですよ。……あ、でもククルア君は文字が書けないよね」

算盤があったらなあ……と思っていると、


「おーい、嫁御よ」


急にアガレスの声が聞こえてきて、びくりと肩が震えた。

ちょっと心臓に悪い。


「ど、どうかしたんですか?アガレスさん」

「嫁御に心配を掛けさせたらシグラが煩いゆえ、言うかどうか迷ったんじゃがのう。もうじきこの街にペリュトンの大群が来るぞい」

「え?」


「500頭以上おるようじゃぞ」


一瞬、アウロと顔を見合わせる。

それから少し遅れて震えが来て、隣に座るシグラの腕にしがみ付いた。


「あ、あの……それ本当の話ですか?ペリュトンってペリュトン、ですよね?大群になると狂暴化する鹿と鳥の化け物……」

「間違いないぞ。ペリュトンが猛スピードで走ってきておる」


私の手の力が強くなったのを感じ取ったのか、シグラに抱き寄せられた。……ちょっとホッとする。

しかし少し落ち着いたのも束の間、アガレスに嫌な追加情報を聞かされてしまう。


「それを指揮しておるのは人間じゃが、その裏に居るのはアミーじゃな」


「アミー?」

「大罪を犯して火刑となった者のなれの果てじゃ。悪事が好きな奴でな、命を対価に人間に悪事の方法や魔獣の使役の仕方を教える、困った悪童じゃわい」

「もしかして、名のある精霊の一柱ですか?」

アウロを見ると、頷かれた。

名のある精霊ということは、相当強い存在ではなかろうか。


「まあ、シグラの結界の中に居れば安全じゃて」

「いえ、あの……ルランさんが。私達の仲間が二人、結界の外に出ているんですよ」

そもそもペリュトン500頭が雪崩れ込んで来たら、この街は破壊される。街に居る人達だって、ただでは済まないだろう。


私の心配を聞いたアガレスは笑った。

「街が心配なら、シグラに街全体に結界を張らせればよかろう。物ぐさな男じゃが嫁御の頼みなら一発じゃて」

「駄目に決まってるじゃないですか!シグラは英雄でもなんでもないんですよ?身体を張るような危険な真似、させるわけない!……街の人には申し訳ないけど、私はシグラの方が大事です」


どれだけこの街が大きいと思っているのだろう。ビメとの戦いの時だって、彼に相当負荷が掛かっていたのに。


「嫁御はシグラの力を知らんのか?このドラゴンなら、街はおろか、この国全体に結界を張る事すら容易か……」



ガンガンガンガンッ!!



警鐘がけたたましく打ち鳴らされだした。遂にペリュトンの大群が目視できる位置まできたようだ。


シャワールームに居たキララとロナも慌てて飛び出してきた。

「ど、どうした?敵か!」

「キララとロナちゃんはちゃんと着替えて寝室に入ってなさい」

「お、おお?」

特に反論もなく、キララはロナを連れて寝室へと入った。私の妹は空気が読める子である。



「うらら」


シグラに顔を覗き込まれる。

「うららは、どうしたい?しぐらに、きかせて」

どうしたいかと言われたら……

「シグラに、怪我して欲しくない」

「ほかは?」

「……ペリュトンを、この街に入らない様にしたい、よ」


シグラに危ない目に遭って欲しくはないが、とは言え街の中がどうなっても良いとも思っていない。何とかなるなら、無事であって欲しい。……怖い人達が沢山いて、怖い思いをさせられたけど、死んでほしいとまでは思わない。

「怖い人……そうだ!この街は冒険者たちの溜まり場なんですよね?彼らで防衛できないのかな」

「冒険者たちの質にもよりますが、流石に量が多すぎると思いますよ。それに、アミーさんもいますし」


「うらら、ほかは?うららのきもち、ぜんぶ、きかせて」

「うっ、シグラ……」


―――その気遣わし気な目は止めて欲しい

彼のその目で見つめられると、つい甘えてしまって隠し事が出来なくなる……


「……ルランさん達を助けないと……。で、でも!だからと言ってシグラが身体を張らなくて良いの。貴方がドラゴンになれば、追い払うことなんてきっと容易い事だって私でもわかるよ。でも!……でもそんな事をしたら、貴方は命を狙われる身になる。それは怖いし悲しいし……」

感情が高ぶっているせいか、涙がじんわりと出てきた。

シグラは微笑み、私の頬に頬擦りした後「わかった」と頷いた。そしてアウロとククルアを連れて外に出て行く。


「シグラ!」

「だいじょうぶ。うららは、そこにいて。くくるあは、おすだから、あっちに、つれてく」

「私は貴方に怪我をして欲しくないの!」

「だいじょうぶだよ」


そう言うとシグラは先程の警鐘で馬車から出ていたナギにククルアを預け、何かを指示した。恐らく馬車の中に入っていろと言ったのだろう。


「む、無理をしちゃ駄目だよ!絶対だから!!」

「うん。だいじょうぶ」


シグラとアウロの周りにキラキラと粒子が舞いだした。




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