今回の賢者はフランス人?
名のある精霊・アガレス
とても長寿で、物を振動させる能力を持っている。
空気を震わせることによって、こうして私達に声を聞かせているのだそうだ。私達の声を聞くのも、空気の振動で感じ取っているとのこと。
「アガレスさんの声は空気の流れを遮断させる性能を付与させた檻の結界を張るか、もしくは防音の結界で防げますよ」
と言ったのはアウロだ。
「……ぼうおん、はる?」
「寂しいじゃろうがー!」
ぎゃんぎゃんとアガレスの煩い声が車内に響く。
「運転中は危ないから防音は駄目。寝る前に張ってくれる?」
「そもそも、どうして爺ちゃんは私らに付き纏う事にしたんだ?」
「付き纏うなど人聞きの悪い。クロを苛めた奴の情報収集じゃよ。ブネ……いや、シグラだったかの?クロと同じドラゴンじゃからな、ドラゴンを苛めたい連中が寄ってくるはずじゃ」
……し、シグラを苛めたい人っているのかな。あ、でもジョージはドラゴン討伐は貴族の義務みたいなことを言っていたような……。シグラの家にも勇者の遺品が散らばっていたし、ドラゴンと言うだけで討伐に来る輩は確かにいそうだ。
「でも、だったら別のドラゴンを当たった方が良いですよ。私達はシグラがドラゴンだと極力バレないように行動していますから」
「甘いのう、嫁御。奴らの嗅覚は尋常じゃないぞ?油断しておったら寝首を掻かれるぞい」
「そんな、不安になるようなことを……」
「しゃおうしゃー」
ルランが車に入ってくる。
「作業が終わったみたいですよ」
ルランはマレインとナギと共に昨夜の山賊を馬車に収容する作業をしていたのだ。
23人、入って良かったよ。
そして少し予定が狂うが、山賊の身柄を引き渡すために街に寄る事となった。
「じゃあ、出発ですね」
エンジンをかけると、いつもと同じように音楽が車内に流れ出す。
「ほう!珍しい音じゃわい。何の楽器を使っておるんじゃ?」
「えーっと。このアーティストって何の楽器使ってるか知ってる?キララ」
「え?知らん。ギターとかじゃないのか?」
アガレスは“ふむう?”と不思議そうな声を出した。
「今そこで使っておる楽器じゃぞ?」
「あー……、そっか。アガレスさんは音は聞こえるけど、見えているわけじゃないんでしたね。えーっと……、多分私達と行動を共にしているとすぐにバレると思うので言っておきますね。私と妹のキララは異世界人なんです」
“ほう!”と面白い物を見つけたとばかりにアガレスの声が弾む。
「所謂賢者というやつか。シグラが番にする女人じゃて、ただ者ではないと思っておったが、成程のう」
「なあ、爺ちゃんは日本語が出来るだろ?日本出身の賢者と話した事があるのか?」
アガレスが笑う。
「あるぞい。少し前の……数百年くらい前じゃったか。名は忘れたが、嫁御と同じ歳くらいの娘っ子じゃったわ。そう言えば今嬢ちゃんらが聞いとる音楽と似ておる歌を歌っておったっけなあ」
私達が聞いている音楽と似た歌?
ちなみに今車内に流れているのは、国民的男性アイドルユニットの曲である。
数百年前の女性がこのアイドルユニットの曲を歌っていたのかは知らないが、同じ曲調ならJ-POPであることに違いなさそうだ。
去年亡くなったジョージの祖父は日英同盟の頃の人間……。
「色々な年代の人がいるね。召喚される人は、年代がランダムっぽいね」
「だな」
「賢者と言えば、また王宮で召喚されておったぞい。男じゃ」
「どのような方でしたか?」
「さて。儂も知らん言葉を喋っておったゆえ、わからんのう。日本語ではないし、先代の賢者とも違う言語を喋っておったわい」
英語圏内ではないというわけか。
アガレスの言葉をアウロに通訳してもらったルランが「しゃお……」と口を開いた。
「ルランさんが、錬金術師との会談の後で、王宮で賢者の女官を見かけたそうですよ」
今回の賢者は王族出身でかなり扱いづらいと王太子が愚痴っているらしい、とルランが教えてくれた。
そして女官の姿にも賢者は細かい指定をしたようで、王宮に相応しくない格好をさせられているそうだ。
「布を巻いただけの格好?どんな感じだ?ノートを貸してやるから描いてみてくれ」
布を巻いただけってことは、アジア圏内かな、とアタリを付けていると、やがてキララが「これって」と呟いた。
「アテネかローマ?」
これ、とノートを差し出してくる。運転中なのでちらりとだけ見ると、確かにそういう雰囲気のある服だった。
「アテネは最初は王政だったけど、後から貴族政や民政になっていったから、王族出身者っていうのは少しおかしいかも」
「だったらローマか」
「エンパイアラインのドレスかもよ?だとしたら、フランス革命後のフランスだよ」
ウェディングドレスのカタログにそういうドレスがあったので覚えている。エンパイアラインのドレスとは、革命後のフランスで流行った古代ギリシャをイメージしたドレスだそうだ。
フランス革命後に王族だって触れ回るのもおかしいとは思うけど……。でも王党派は革命軍の恐怖政治に対して度々行動を起こしていたから、おかしい事でもないのかな?
「アガレスさん。その賢者はBonjour、Salut、Merciと言っていませんでしたか?」
「ふうむ。サリュ、というのは聞いたかもなあ」
やっぱりフランスだ。
「フランスかー……」
「ご飯美味しくなる予感がするね。あ、そうだキララ。ルランさんに一応教えてあげて」
「何をだ?」
「今の賢者に先代の賢者がイギリス出身だと知られない方が良いかもしれませんよって。時代によってはフランスとイギリスは仲が悪い可能性がありますからって」
中世の英仏はずーっと仲が悪かったというイメージがある。仮に賢者がフランス革命の頃の人なら、革命戦争とナポレオン戦争の頃だし。
「嫁御達は賢者として揮わんのか?結構な教育を受けておるようじゃが」
「賢者は王宮に監禁されるそうですよ、そんなの嫌です。だからアガレスさん、くれぐれも私達が賢者だと広めないで下さいね」
「うららのこと、いったら、けすから」
「言わん、言わん!一々脅すのは止めんか、シグラ」
そもそも、教育を受けているとはいえ、賢者としてこの国に伝授できることなんて無いよ。
バスガイドの一芸として手品とか演歌とか歌ったりできるくらいだ。
一応話題として歴史や民話とかは知っているけど、この世界で何の役に立つのやら。
そうこうしているうちに、街が見えて来た。




