名のある精霊・アガレス
次の日になっても、パルは戻ってこなかった。
だがルランの都合もあるので、移動をしなくてはならない。
後ろ髪を引かれる思いをしながらも、朝には街から出発した。
「パルがいなくても、道は大丈夫なのか?」
「地図あるし、大まかな所は大丈夫だと思うよ」
標高が高いためか、荒涼とした地が続く。それに今まで通って来た道に比べると凹凸が激しい。もしかして、貧しい土地なのかな。
「うわっ」
「どうしたの?」
「鹿と鳥のアイツがいる」
キララが指さした方には大きな岩があり、その上にペリュトンが佇んでいた。
既にペリュトンは群れにならないとその凶暴性は発揮されないと知っているが、それでも異世界初日を思い出して身が竦む。
「おいはらう?」
「大丈夫。シグラの結界があるし」
「そもそも、ブネとナベリウスの一行に近寄る魔獣は居らんわい」
耳元で年老いた男性の声が聞こえ、咄嗟にブレーキを踏んだ。
「な、何?」
「どうしたんだ、姉。急ブレーキなんかして」
耳に手を当てて辺りを見回すが、バスコンの中には不思議そうにしているシグラとキララ達しかいない。
「あ、ごめん。変な声が聞こえた気がして」
「変な声?」
「ううん、多分聞き間違いだと思う」
きっと勘違いだろう。
すぐに運転を再開させようと体勢を立て直し、サイドブレーキを解除した。
それ以降は特に問題もなく、夕方になるまで車を走らせる事が出来た。
その間、街らしい街は見当たらず、今夜は荒れ果てて大きな背丈の草さえ生えていない空き地で停泊する事となった。
「何だか寂しい場所だね」
食事はテーブルを出して外で取ったが、こんな場所で遊ぶ気にはならないようで、食事が終わるとキララとロナはバスコンへとさっさと入ってしまった。
私は明日のルート確認をする為に、シグラとアウロを連れて外でルランと彼の補佐のマレインとで打ち合わせをしていた。
「ここはペリュトンの生息地だそうですよ。もう少し道を下ったら山賊たちが横行する場所になるそうです。まあ……」
話の途中でアウロはシグラを見る。
「シグラさんの結界があるので、走行の邪魔をされる事はないでしょうが」
「でも、流石に山賊たちがいる場所で停泊はしたくないですね。お昼は停まらずに駆け抜けましょう。そうすれば、夕方までには危ない地帯から出れますよね」
私がそう提案すると、マレインは頷いた。
「この車のスピードなら大丈夫だろうと仰って……」
ギインッ!
鈍い音が聞こえ、全員の視線がそちらを向いた。
私達から3メートル程離れた場所で火が上がっている。よく見ると、火矢のようだ。
もう日が落ちているので、その火は際立って見えた。
「……かこまれてる」
そうシグラが呟くのと同時に、無数の火矢が此方めがけて飛んできた。それはまるで火の雨の様だった。
だが火矢は物理反射の結界に全て弾かれ、結界の周りに落ちた。
「シグラ……!」
傍に居るシグラに身を寄せると、すぐに私の身体に腕が回された。
「山賊でしょうか。結界の中にいる限り安全でしょうが、囲まれると面倒ですね」
「いかくで、けちらす」
「だ、駄目。騎士の人たちが居るんだから、ドラゴン特有の力は使わないで」
ゴーアン侯爵にはバレているような気がするが、それでもシグラの正体を知る人間は少ない方が良い。
「魔法で蹴散らすしかないですね」
魔法を使う前兆なのか、アウロの周りにキラキラと粒子が舞う。
シグラも威嚇やブレスではなく、魔法で攻撃をする事にしたようで、彼の周りにも粒子が舞い始めた。
「何をちんたらしておるのじゃ。こんな奴ら、ブレスで一発じゃろうに」
「ひっ」
また耳元で声がして、シグラにしがみ付く。
私が抱き付いたせいで気が散ったのか、シグラの周りから粒子が消えた。
「ど、どうしたの?うらら」
「お爺さんの声が聞こえるの!ブレスで一発って……!」
今のは絶対に勘違いでも、聞き間違いでもない。
「おじいさん?ねんわ?」
「念話とは何か違うの。頭に響くんじゃなくて、耳元で喋られるような感じで」
「それ……」
シグラは何か心当たりがあったのか、目を見開いた。
そして徐々に表情が険しくなり……。
「あがれす!」
「呼んだかのう?ブネ」
「どこにいる!すがた、みせろ!」
「嫌じゃわい。お主の嫁にちょっかいを掛けたんじゃ。見せた瞬間、お主に殺されるじゃろうが」
ひょっひょっひょっと笑い声が耳元でする。
「それよりもブネ。何故ブレスを使わぬのじゃ」
「わ、私が使わない様にお願いしたから……」
「ふむ?まあ良いわ、儂が蹴散らしてくれよう。儂はブネに用があるんじゃ、しかし煩いと話も出来んからのう」
「……え?」
辺りが不気味に静かになった。
そして地面の石がカタカタ……と震えだす。
どうしたんだろうと思う間もなく、檻の結界の膜が私達を覆い、
―――――ッ!!
次の瞬間にはとてつもなく大きな音が鼓膜を震わせた。
だがそれもすぐに遮断される。シグラが檻の結界に続いて防音の結界を張ったのだろう。
「だいじょうぶ?うらら」
「う、うん」
シグラに声を掛けられて、ほっと力を抜く。
そして彼の腕の中から外を見ると、人も木も岩も、全てが揺れていた。
「じ、地震!?」
身体が震えだし、反射的に手を頭に乗せてしゃがもうとしたが、それはシグラに止められる。
「けっかいのなか、あんぜんだよ。でも、こわかったら、めをとじて」
「安、全……」
確かに私の身体が勝手に震えているだけで、足元はぐらついていないようだ。しかし、だからと言って体の震えは簡単には止まらない。だって、実際に外では地震が起きているんだから!
「落ち着いて下さい、ウララさん。あれは自然現象ではありません。アガレスの能力は、物を振動させる事なんですよ」
「アウロさん……アガレスって……」
「名のある精霊です。名のある精霊の中でも1、2を争う長寿の存在で、数百万年を生きているとか」
「日本語を喋ってました……」
「長生きなぶん、博識でもありますから。賢者の存在も知っているでしょうしね」
「うらら、なかにはいろう」
がくがくと震える私の足がふわっと浮かぶ。シグラに横抱きにされ、そのまま車内へと連れて行かれた。




