今日はもうお風呂入って寝よう
「パルちゃん……!」
「うらら、だめ」
急いで車の外に出て裂け目があった場所に駆け寄る。だが羊の群れに入る前にシグラに腕を引っ張られて止められた。
「うらら、あぶないよ」
「でも、何か手掛かりがあるかもしれないし」
「だめ。……しゃお!」
シグラが声を張り上げると、ルランが駆け寄ってきた。続けてシグラが何かを言い、それを聞いたルランは頷いて羊の群れに入って行った。
「ルランさんが危ないよシグラ!彼には関係の無い事なのに!」
「るらんは、しぐらのかご、あるから、これくらいへいき。うららは、いっちゃだめ」
「ごめん!私冷静じゃなかったよ!もう行かないから、ルランさんを呼び戻してあげて」
それから暫く探してくれたけど、結局裂け目の手がかりは無かった。
ルランに申し訳なくて、車に戻ると、羊の毛まみれになった彼のコートをエチケットブラシで綺麗にする作業をさせてもらった。
「はあ、困ったな。でもパルだから何となく、ひょっこりと戻ってきそうではあるけど」
燃料は満タン、製油所の金庫と繋げた貯金箱もまだ機能している。
パルが繋げてくれた時空はまだ繋がったままだ。
「時空の概念ですから、この時空がある限りは消える事は無いでしょうし」
「そのうち、かえってくるよ」
「……そうだね。時空の概念だもんね」
「元気出せよ、姉」
「何でキララが励ます方に回ってるの……もう……」
はあ、と溜息を吐くと、エンジンを切った。まだ羊の群れは途切れそうにない。
パルの事がなくとも、あと数時間はここに居なければならないだろう。
ルランが騎士達に予定変更の旨を話す為に車の外に出たのを皮切りに、キララとロナとククルアは外に遊びに行ってしまい、アウロは子供達に付いて行ってしまった。
私も外の空気を吸って気分転換したい気分だったが、ここは道の真ん中だ。運転手の自分が席を離れる事は出来ない。シグラも私が動かないので、外に出るつもりはないようだ。
「うらら、だいじょうぶ。しぐらが、なんとか、するから」
私の顔色は相当酷いものなのか、シグラはとても心配そうな顔で此方を見ている。
「心配かけさせてごめんね」
また溜息が出そうになるのを堪えて「大丈夫」と彼に笑いかけた。
「皆も居るし、シグラも一緒に居てくれる、でしょ……?」
一瞬マダオが過り、少し自信が無くなって訊ねるような形になってしまう。
駄目だなあ。マダオに未練は微塵もないが、傍に居るんだろうなと思っていた人が急にいなくなった事は、トラウマになっているみたいだ。それに、パルの事も重なってしまって……。
そんな戸惑いを感じた次の瞬間、視界がぶれた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、ぐりぐりと頬を摺り寄せてくる。
「し、シグラ?」
ちょっと苦しいけど凄く嬉しい。
「うらら、なにも、しんぱい、しないで!しぐらが、いるから!」
羊の群れが途切れたのは、夕陽で空が赤く染まった頃だった。
■■■
先に進むことは諦め、関所傍の街に引き返してそこで一晩泊まる事となった。
宿屋で二部屋取り、騎士たちは其方で眠るそうだ。
私達はその宿屋の馬車置き場に車を停め、車中泊である。
「姉、姉。ナギが言ってたが、この街にも温泉があるらしいぞ」
ナギが宿屋の受付で聞いた話らしい。
「じゃあこの辺りの山も火山なのかな?」
「なあ、行こう!保養地では結局風呂に入れなかったし」
「ドタバタしてたもんね」
キララに手を引かれるまま、宵の時間帯の街を小走りで進む。
後ろにはシグラ、アウロ、ロナ、ルラン、ナギが続く。
ククルアは人が密集するところは苦手との事で、バスコンにお留守番だ。
街を歩く人々をざっと見たところ、ラフな格好をしているが腰に剣を装備している人間が多いようだ。冒険者かな?
キララに連れてこられたのは、コテージのような建物だった。
「赤い屋根の木造の建物って言ってたから、此処だな」
建物の奥の方からほかほかと湯気が立っているので、きっとそうだろう。
「う、うらら?」
「ごめんねシグラ。男女で入り口が違うから、また後でね。アウロさん、シグラの事よろしくお願いしますね」
シグラはまるで捨てられた犬のように、しゅんっとして私の事を見ている。でも、こればっかりは……。
「早く出ようとして、おざなりに入るんじゃなくて、ちゃんと温まってくるんだよ」
「……わかった……」
アウロとナギに背中を押されながらシグラは渋々と言った感じで男性用の入り口を潜って行った。
「家族用の貸し切りお風呂があれば良かったんだけどね」
「は?シグラと一緒に入る気か?私は嫌だぞ」
「ち、違う!もう、私達も行くよ!」
キララとロナを引っ張っていきながら私達も女性用の入り口を潜った。
「はー……、良い気持ち」
乳白色のお湯に浸かりながら、全身の力を抜く。
「シャワーがあるから、風呂はどうでもいいと思ってたけどさー……、やっぱり風呂って良いなあ」
「しゃおしゃおー」
「ロナが今度は風呂造るって言ってる」
「何処に置くの……」
男湯と女湯は壁を一枚挟んでいるだけのようで、男性の声もちらほらと聞こえてくる。
「ここで大声出したら、シグラ達に聞こえるかな?」
「止めなさい。他のお客さん達に迷惑だから」
「しゃおしゃおー!」
「こらロナちゃん、止めなさいってば」
「シグラー!姉のおっぱいでかいぞー」
「止めんか!」
―――キララめ。いつもは大人びている子なのに、ロナちゃんと一緒になったら急に小学生になるんだから……!
それに何だか、ナギと友達になって更に子供度が増したような気がするんだけど……。
でも忙しすぎて、パルの事をあまり考えずに済むのは有り難い事かもしれない。
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若干ぐったりとしつつキララとロナを連れて外に出ると、既にそこには男性陣が揃っていた。
「お疲れでしたね、ウララさん」
「お恥ずかしいばかりです……」
「う、うらら!」
何故か心配顔のシグラが私の傍に駆け寄ってくる。
「どうかしたの?」
「なにが、おおきいの?だいじょうぶなの?」
「え?」
大きい?何が?
オロオロするシグラの顔をじっと見ながら考えていると、アウロが「キララさんがお風呂で言った事ですよ」と教えてくれた。
お風呂?
「……!お、おっぱ……!大丈夫、大丈夫だからね。シグラが気にする事じゃないから」
どうやらシグラは“おっぱい=胸”というのが分らなかったらしい。貴方の枕ですよ、枕。
キララをじろっと見ると、妹は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「すまん、ちょっとテンション上がった。今は反省している」
「とにかく、気にする事じゃないから。ほら、帰ろ」
シグラの背中を押すと、ふわんっと温泉の匂いがした。




