アルク伯爵領にて
次の日も朝から車で移動する。
キララやロナは退屈なのか、寝室でごろごろしているようだ。運転中はシートベルトのあるシートに座っていないと駄目なんだけど、此処は日本ではないし、大目に見よう。
火山を迂回し終えると平坦な道に出た。
しかしそれも束の間、すぐに山脈が見えて来る。そしてあの山脈の手前までがゴーアン侯爵領だそうだ。
山に近づくにつれて道は寂れていき、民家も疎らになる。
『この道を登れば侯爵領と伯爵領の境目の関所があります。関所の近く、ゴーアン侯爵領側には街はありませんが、向こうの伯爵領にはそれなりに大きな街があります』
今日もパルのナビは優秀だ。
「そろそろお昼だし、関所に入る前に車を停めてお昼にしませんか?」
今日はこっちの車に乗っているルランに向かって言うと、アウロの通訳を介し、彼は頷いてくれた。
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「姉、ケーキ作ってるのか?今日のおやつか?」
「違うよ。これはナベリウスさんのご飯」
昼食後の休憩中に、匂いを嗅ぎつけて来たキララが車の中に入って来た。
ナベリウスは私からの施しは受けないと食事を拒否していたのだが、無類の甘党らしく、お菓子類だけは口にしてくれる。まあ、私が作ったことは内緒だし、差し入れに行ってくれるのはシグラなんだけど。
「ナギさんに遊んでもらってたんじゃないの?」
「かくれんぼしてるんだ」
「騎士の方にはこの車に入ってこない様に言ってあるんだから、此処に隠れちゃ駄目でしょ」
「あ、そうだったな」
そう言うと慌ててバスコンから飛び出していった。あの姿を見てるいると、キララも小学生だなあと思う。
「シグラ、もう少しで出来るから、そうしたらナベリウスさんに持って行ってくれる?」
「わかった」
昨日はすっかり忘れていたらしく、深夜に思い出して慌てて差し入れに行ったそうだ。
その際、シグラは寝ていた男性陣を全員車から出すという暴挙に出たようで、アウロから今朝やんわりと苦情を貰った。なので、今日は出来上がったらすぐに持って行ってもらう事にした。
「しぐらが、いないとき、ここから、でちゃ、だめだよ?」
「わかってる」
シグラを見送り、ふと窓に目を遣ると関所が見えた。あそこを通ると“アルク伯爵領”となるそうだ。
アルク伯爵領は標高が高い位置に在り、既に夏の昼なのにちょっと寒い。
「うらら、あげてきたよ」
「食べてくれた?」
「うん」
シグラが車に戻ると、キララやルラン達も戻って来た。
そろそろ出発時間だ。
車のエンジンをかけ、安全を確かめてから道へと戻る。
侯爵家と伯爵家という有力貴族家同士の境目なので関所はかなり混んでいるが、私達は貴族専用入り口を通るので、あまり足止めを喰らう事は無いだろう。
―――こっちが貴族専用だよね
大きな荷馬車の後ろに並び、順番を待つ。
……それにしても随分と大きな荷馬車だなあ。私もバスコンが大きいのは自覚しているけど、それに匹敵するくらいに大きな荷馬車だ。
ぼーっと荷馬車の後ろを見ていると、荷馬車の布がもごもごと動きだし、やがて目の下に線のある女の子が顔を出した。
女の子はきょろきょろと辺りを見回し、そして私と目が合うと、手を振ってくれる。
私も手を振り返すと、女の子は嬉しそうに笑った。だが、すぐに男性の大きな手が布の向こうから出てきて、女の子の頭を掴んで引っ張り込んでしまった。
「あれは奴隷ですね」
ダイネットからそれを見ていたアウロが何気なく言う。
「奴隷ですか?」
「ええ。目の下に線の刺青があったでしょう?あれは奴隷の印なんです」
いるとは聞いていたけど、初めて見た。
やがて順番が進み、私達は何の問題もなく関所を越えた。
■■■
パルが言った通り関所のすぐ傍に街があったが、物資はまだまだ十分なのでスルーする。しかしすぐにブレーキを踏むこととなった。
「ありゃりゃ」
「どうかしたのか?」
「前見て、前」
道を覆う真っ白いモフモフ達。羊の移牧途中に出くわしたようだ。
「これは暫く足止めになるね」
「仕方ないな。じゃあ、引き返してさっきの街で時間潰さないか?」
「駄目だよ」
これは観光ではないので、予定変更は私の一存では決められない。
ルランも“予定していない街に寄ると、補佐に煩く言われそうです”と少し困り顔なので、ここはキララに折れてもらった。
「あの荷馬車、さっきの……」
立ち往生している間に、関所で私達の前にいた荷馬車が追い付いてきた。
彼らも止まるのかと思いきや、
「えっ、嘘でしょ!?」
荷馬車は私達を追い越し、羊の群れに突っ込んでいった。
思わず目を瞑るが、予想した衝突音や羊の断末魔が聞こえてこないので、そろりと目を開ける。
「え?何あれ……魔法?」
私の目に飛び込んできたのは、景色に奇妙な裂け目が現れ、その裂け目の中を荷馬車が進む光景だった。
『あれは』
カーナビがキンっと光り、パルが現れる。
『あの荷馬車は時空に干渉しています。止めさせてきます』
そう言うとパルは車からにゅるっと出て行き、荷馬車へ入っていった。しかしその直後に景色の裂け目は塞がり、荷馬車は消えてしまう。
その一連の流れを見ていた私達は、暫くの間ぽかんとする。
「……パルちゃん……?」
「……いなくなっちゃったな……」
「ど、どど、どうしよう!!」
私が慌てていると、助手席のシグラが心配そうな顔をしながら「うらら、おちついて」と話しかけてきた。
「じくうのがいねん、ひつよう?うらら、こまる?」
「必要も何も、この世界に来てずっと一緒で仲間で……!」
一緒に慌てて欲しいワケじゃないけど、シグラって私が絡まないと結構淡泊だ。
「そんな事より、あいつ居ないと、私らが元の世界に帰れないぞ!」
そうだった!!
おかしな現象とパルが居なくなったことで他の事を考える余裕が無かったが、キララの言葉を聞いて顔が青くなる。
「ど、どうしよう!パルちゃん、帰ってこれるかな?!」
「しぐらが、じくうに、あな、あけたら、あいつ、でてくるかも」
「それは止めて!時空が壊れちゃう!」
こ、困ったことになった。




