異世界生活二日目の朝
次の日、起きて外を見ると湖の周辺は悲惨な事になっていた。
昨晩襲ってきた鹿鳥の化け物・ペリュトンが数頭無惨な姿でその場に打ち捨てられていて、血生臭いったらもう…。
昨夜シグラが駆けつけてきた時に『パン』という破裂音が聞こえたが、あれはシグラによる攻撃音だったのだろう。
私はスプラッタ系は苦手なんだよね…うう、朝から嫌なもの見た。
今日はここから移動しよう…。
車内に入ると「うう~…ん」というキララの唸り声が聞こえてくる。この子、朝は弱いんだよね。夜も弱いけど。
でも昨日はお世話になったし、大目に見よう。
ちなみに寝室に私達姉妹が二人で寝て、バンクベッドにシグラを寝させている。
彼は私と一緒に寝ようとしていたが、そこはきちんと断った。
そういえばシグラの狩りの成果はペリュトンだった。勿論、そこでスプラッタになっているものではなく、別の個体だ。
というより、この森はペリュトンの生息地だそうだ。
シグラの狩ってきたペリュトンは、パルの指導によりシグラとキララが昨日のうちに血抜きをし、内臓の処理をして、今、肉はバスコンの車体に括りつけている。
本当は私も処理に参加するべきだったんだけど、一日に二度も気を失ったからかキララに「また倒れるぞ」とバスコンに押し込められてしまった。
キララが逞しくなっていく…。そりゃ、このキャンプで色々と体験させてあげたいとは思ってたけど、規模が違い過ぎる。
せめて昨日キララが釣っていた魚の下処理だけはしておこうと、キッチンに立った。
朝食に下処理した魚を焼いた。味噌汁にも魚を入れて、魚尽くしだ。
ご飯が欲しかったけど、この異世界に売っているのか、そもそも存在しているのかも分からなかったから、節約することにした。
後でパルに訊いたら、似たモノはあるとのこと。味までは詳しく知らないが主食としている地域があり、形状はタイ米に似ているそうだ。
朝食の席では、ぼーっとしながらもしゃもしゃ食べるキララと、楽しそうにもりもり食べるシグラが並んでいた。あまりにもシグラが沢山食べるので、追加で魚を焼くこととなった。多分食べ盛りの男子高校生5人分は食べたと思う。
確かに彼はドラゴンだけど、今は人間の姿をしているから、胃袋の大きさは私達と変わらないと思ったんだけどなあ。何処に入ってるんだろう?
その後、予備の歯ブラシをシグラに与え、使い方を教えた。
彼は人間の生活が目新しいのか、何をするにしてもにこにこ楽しそうだ。
さて、朝のルーティーンも終わったし、今日は移動しようかな。
宮廷にいるという錬金術師に会いに行くのが当面の目標だけど、いきなり王都に行くなんてハードルの高い事は流石にできないだろう。
ほら、日本だって皇族の方に会いたいからって一般人が急に御所に行って会えるものじゃないでしょ?
ここだって同じことだと思う。不審人物認定されたら会えるものも会えなくなるし、慎重にいかないと。
と言う事で、何をするにしても情報を得るのが先決だと思うんだよね。
なのでまず私達が行くべき場所はとにかく人が住んでるところ!
「ここから一番近い街はどの辺にあるかな?規模とかどんな感じなの」
『ここは山岳地帯ですので、住む人々は皆狩りをする流浪の民です。山小屋はいくつかあります。山道を下れば日本で言う『村』に相当する集落があります』
「じゃあ、その村に行こうか。道はどうだろ?」
『流浪の民が使う道があります。彼らは荷馬車で移動しているので、山道ではありますがそれなりに大きな道があります』
目的地を定め、エンジンを掛けようとした時、
【すみません、誰かいらっしゃいませんか】
「!」
突如聞こえてきた言葉。いや、これは言葉じゃない。頭の中に直接入ってくる感覚だ。
「な、何?」
運転席に座ったまま、きょろきょろ見回す。
シグラに言葉を教える為にサブシートに座っていたキララも聞こえたのだろう、目をぱちくりしている。
一方、シグラは何も聞こえなかったのか勉強道具として渡している漫画本を眺めていた。
『今のは念話ですね。魔法の一種ですので、魔法全般を弾くシグラさんには届いていないのでしょう。また、攻撃魔法ではないので貴女方には届いたのでしょうね』
「ええっと…念話?」
『伝えたい意思をイメージで送る。そうですね…日本でいうところのファックスのようなもです。言葉ではなくイメージが送られてくるので、お互いの言語を知らずとも意思が伝わるのです』
「すご…。でも、一体誰が?」
『さて…そこまでは。私が見てきましょう』
パルはバスコンの壁をすり抜けて外に行ってしまった。
それから待機する事5分。
私はシグラの発する「あ、い、う、え、お」に何となく耳を傾けていた。
「昨日から始めたのに、結構発音とか上達したね」
「うむ。ドラゴンは頭が良いらしいからな」
「そういえばパルちゃんが言ってたけどね、さっきのあれ念話っていうらしいんだよね。魔法の一種らしいけど、それってシグラはできないのかな?」
私の口から出た『シグラ』という単語を聞いて、自分の事を話しているんだと思ったのだろう、シグラは「うらら」と私の名を呼んで笑いかけてきた。それに対して私も笑い返しておく。
まあ、シグラが念話をできたとしても、シグラから私達へ一方的な会話にしかならないんだけど。
私達は魔法なんて使えないし、そもそもシグラに魔法は届かない。
でも、一緒にいるんだからシグラの言いたい事くらいは聞いてあげたい。パルを介すれば良いんだろうけど、なんか直接言って貰った方が伝わりやすい気がする。
「シグラの言葉が聞きたいのか?」
「まあ、出来るなら」
「…ふーん。まあ、どうせなら会話の方が良いだろう。姉も時間があるなら教えてやってくれ」
「そうだね」
それから暫くして、パルが帰ってきた。どうやら念話の相手と少し話をしていたようだ。
『ここから数十メートル程離れたところで、エルフの男性とドワーフの女児がいました』
「エルフ!ドワーフ!」
おお、キララの目が輝いている。
「え、エルフとドワーフっているんだ…。それに数十メートルって結構離れてるね。別に私達宛てに話しかけてきたわけじゃなさそうだね」
「それで?そのエルフ達は何の用事だったんだ」
話の続きをキララが促した。
『エルフとドワーフは父子だと。どうか雇ってくれないかということでした』
「え?雇う?」
思っても見なかった言葉だったので、声が上擦ってしまった。雇うって…。
『彼らはこの山岳の流浪の民に用心棒として雇われていたそうですが、もう用がなくなったからと置き去りにされたそうです』
「よく事情がわからないけど…でも私達は誰かを雇うとか無理だよ。他をあたってもらえる?」
異世界に来たばかりで貨幣なんてものは持っていないし、むしろ雇って欲しい側なんだけど。
「いや、待て姉よ。会ってみよう。生エルフだぞ!良い情報源になりそうだぞ」
「情報ならパルちゃんで間に合ってるんだけど」
「パルは確かに情報量が凄いが、全知じゃない。それに全部見て知った知識だ。私が言っているのは『経験』した上での知識だ。それにエルフだし!!」
つまり、パルは米というものは知っているが、味は知らない。食べたことがないから。
キララが言っているのはそう言う事なんだろう。
「でも雇うことは出来ないよ」
「会うだけで良い。持っている情報を全て吐き出させる。エルフだからもしかしたら『今の』パルには無い情報も持っているかもしれないだろう。ほら、シグラの血とか!魔法とか!!」
何だかなあ。話を聞くだけきいてポイってするって意味でしょそれ。妹が異世界に染まっているような気がして心配になる。
…って、違うよね!!
妹にそんな残酷な提案をさせてるの、頼りにならない私のせいだ。
ここは平和ボケした日本ではない、生きていくためには図々しく…もとい、逞しくならないといけないんだった。
妹を異世界に染めさせてるのは、私がしっかりしていないからだ。
「で、その人たちは何処にいるの?此処まで来てくれた方が助かるんだけど」
『それは無理かもしれません』
「何で?」
『父親の方は動ける状態ではありませんでした。腹部にペリュトンに刺突された傷があり、夥しい血が…』
それ、先に言って!
さっきの念話はSOS信号じゃん!