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狼まっしぐら

「ウララさん、目を閉じて!シグラさんがブレスを吐くみたいです!凄まじい光なので、近くで見たら目が危ない!」


アウロがそう叫ぶと同時に「あおおん!」と狼の声も聞こえてきた。

鳴いたのは白銀の狼ではなく、震えていた緑の狼だ。

緑の狼は、シグラの威嚇の影響が残る身体でふらつきながらも懸命に走ってくると、伏せをしてシグラを見上げた。

これは犬がする敵意が無い、もしくは服従のサインだ。

緑の狼が「あおんあおん」とシグラに話しかけている。それに対してシグラは何の反応もしない。

次に緑の狼はころんっと転がり、腹を見せ「しゃおおう、しゃおおおう」とこの国の言葉を喋りだす。そしてその目線はシグラではなく私に向いていた。

それを見たシグラは目を吊り上げ、緑の狼まで檻の結界に閉じ込めてしまった。


「アウロさん、緑の子は何を言っていたんですか?」

シグラはアウロ達にもきちんと結界を張ってくれていたようで、彼らは先程の攻防に巻き込まれずに済んでいた。ただ、車大工達はアウロの後ろで全員口を開けて呆然としていたので、ちょっと心配だけど。

「緑の狼は貴女に許しを乞うていました。仲間を殺さないでくれと」

なるほど、シグラは誰に頭が上がらないのか瞬時に見抜いたのだろう。

確かに妻側優位の番の関係ではあるけど、しかし私はシグラを抑え付ける事はしたくない。

彼の思う様にして欲しいと思っている。


……でも、あの緑の子を見ていると、酷い事はあまりしないであげて欲しいとも思ってしまう。


結界の中で緑の狼はブルブルと震えながら、今も腹を見せている。


「……シグラ……」


彼の名を呼ぶと、ぴくんっと彼の肩が揺れた。私が何を言うか大体見当がついているのだろう。

「……こいつら、きけん。けしたい。……だめ?」

危険なのはわかるけど。

「もう貴方の結界で無力化してるじゃない。許してあげてくれないかな?」


「……。」


ふわっと陽炎が消え去る。

と同時に緑の狼の方の結界が解かれた。

それを確認した緑の狼は緊張の糸が切れたのか、くったりとその場で伸びてしまった。


シグラは大きく溜息を吐くと此方を振り向き、駆け寄ってくる。


「うらら」


最初は複雑そうな表情をしていたが、それでも私の傍に来ると表情を和らげた。

「無理をお願いしてごめんね」

「ううん、いいよ」

「ありがとう、シグラ」

手を伸ばして彼の頭を撫でようとすると、彼は目を細めて腰を屈んでくれる。そんな彼の肩越しに未だ結界の中にいる白銀の狼が見えた。

「……っ」

命の危機だったのに、白銀の狼はまだ射殺す様な目で私を見ていた。どうしてここまで嫌われているのだろう。犬好きなのに嫌われるとショックだ。


私の視線が狼達にいっている事に気が付いたシグラは「しろいやつ、なべりうす。みどりのやつ、まるこしあす」と教えてくれた。

えっと、ちょっと待って。

「あの狼のこと、知ってるの?」

「どっちも、びめが、しぐらの、すみかに、なげいれてきた、めす」


あ、そういうお知り合い。



■■■



暫くして、緑の狼・マルコシアスが目を覚ました。

くーん、くーんと可愛い声を出してシグラの前まで来ると、伏せの体勢を取った。


ウララ(わたし)を害さない事、ウララ(わたし)に取り入らない事”という条件に従うと誓ったところで、彼女はシグラに許された。

そもそもマルコシアスは私に攻撃を加えてきたわけではない。


問題は白銀の狼・ナベリウスだった。

彼女は私に対して明確な殺意を持っているので、“シグラがうっかり殺してしまいそうだ”という理由で檻の結界に入れたまま隔離ということになった。更にシグラの精神衛生上の為にも彼女の姿が見えない方が良いとして、結界に布がかぶせられている。

しかし、いつまでもそのままではいけないので、何かしら対策を講じないといけないだろう。


どうしてそこまでナベリウスに嫌われているのか。そこが一番の疑問だったのだが、それはアウロがマルコシアスに訊ねてくれた。


「ナベリウスさんはずっとシグラさんの事が好きだったそうです。何でもシグラさんの番になる為に修行をなさっていたとか」


普通ならドラゴンは妻の方が強くないと番関係が成立しない。

彼女の事情を鑑みれば、ぽっと出の弱い女がシグラの妻になった事に激怒するのは当たり前だったという事だ。シグラに言わせれば「しらない、めいわく」だそうだが。


一方、マルコシアスもシグラに好意を持っていると白状した。ただ、此方はどうしても嫁になりたいとか、そういう事ではないようだ。畏れ多すぎて考えた事も無い、遠くから見てるだけで大丈夫という感じらしく、アイドルを愛でる感覚に近いのかもしれない。

今回はナベリウスがシグラに会いに行くと言うので、付いてきただけだったらしい。


そう言いきる彼女は目を輝かせ、伏せの体勢のままシグラに高速で尻尾を振っている。忠犬にしか見えない……。


―――可愛い。触りたいなあ……


マルコシアスがあまりにも可愛くて顔がにやけそうになる。でもそんな顔、シグラに見られたら恥ずかしいから我慢しないと。


「あ、姉!」


呼ばれた方を向くと、頬を赤くしたキララがバスコンのドアから此方を見ていた。


「その狼、触って良いか?」

そう、何を隠そうキララもまた犬派なのだ。

キララはにやけ顔など隠す必要はないとばかりに、全面笑顔である。


「……ちょっと訊いてみるね」


シグラ経由でマルコシアスに許可を貰い、「良いって言ってるー」とGOサインをすると、キララは勢いよくバスコンから飛び出してきた。


「わああい!」


キララはいつになくだらしない顔をしてマルコシアスの背中に飛びつく。

「おおお……もふもふだあ」


ず、ずるい。羨ましい!

でも私は大人の女性だから、そんな子供じみた事は出来ない。しかもシグラの前だし……!

うううう……!


「わ、私も触らせて!」

首辺りをもふっと抱きしめると、もう止まらない。

「か、可愛いよう」

「可愛いねえ、可愛いねえ」

キララと二人で犬が喜ぶ首回りや後ろ足の付け根を重点的に触り続ける。

ああ、可愛い。このモフモフ具合が堪らない!


「あの、2人とも。もう止めてあげて下さい」

「え?」


どれだけ触っただろう?夢中で触り続けていたのをアウロに止められて、我に返る。


「ご、ごめんなさい。あまりにも手触りが良かったから」

「謝罪は私ではなくマルコシアスさんにするべきかと」


アウロは私達に若干引き気味だった。

シグラにも呆れられていないかと慌てて彼の顔を見たが、此方はいつもと変わらず、にこにこして私を見ていた。良かった……。


そして散々もふられたマルコシアスはと言うと。


「く、くぅぅん……」


物凄く恍惚とした様子で横たわっていた。

気持ちよかったのかな?だったら嬉しいなあ。

最後に頭を撫でてあげると、彼女はぱっと目を輝かせて私やキララの上に圧し掛かって来た。

「おおう!くすぐったいぞ」

「わわっ」

ぺろぺろとキララの顔を舐め、そして私の顔も舐めようとしてきたので、それは手でガードする。

残念そうにするマルコシアスに、ごめんね、と謝っておく。

「私、夫以外とそう言う事するの嫌なの」

「うらら、いやなこと、されたの?」

私の言葉に敏感なシグラがすぐに私達からマルコシアスを引き離し、そのまま彼女をぞんざいに放り投げた。

「あ、ううん。未遂だから。怒らないであげてね」

「ほんとうに?がまん、だめだよ?」

「あああ…犬が…私の癒しが……」

「もう触っちゃ駄目です、キララさん」


こうして我々姉妹の至福の時間は強制終了したのだった。


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