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馬車がきた

保養地から戻って一週間後の事。


「な……なにこれ」


ぽかーんとする私を前に、ゴーアン夫人は“ふふふ”と笑った。

「しゃおおしゃおおしゃあ」

「保養地でドラゴンから助けてくれたお礼、だそうですよ」

そんなアウロの通訳もほぼ頭に入ってこない。


目の前には黒光りする大きな馬車が置いてある。


長さはバスコンの半分くらいで、およそ4~5メートルくらいだろうか。

ロンドンの乗合馬車のような形で、二階にも登れるようになっている。


「姉、かなり大きいけど、これ牽引して運転できるのか?」

「これくらいなら大丈夫、牽引免許持ってるし……じゃなくて!」


視線を夫人に戻し「こんな大層な物はいただけません」とアウロに通訳してもらった。

すると夫人は困ったように小首を傾げた。

「命を助けてもらったお礼としては、これでもかなり小さい物で申し訳ない程なのに。それにお礼を受け取って貰えないと、侯爵家の恥となります。どうぞ我らの為と思って受け取って下さいまし、と仰っています」


―――えええー……こんな豪華な物、本当に困るんだけどなあ


戸惑っていると「すみません、ウララさん」とアウロが謝って来た。

「私が馬車を作ると言ったせいですよね」

アウロとロナはキャンピングトレーラーの話をした後すぐに侯爵家の馬車を参考にしようと、侯爵や車大工に話を聞きに行ったそうだ。そこで荷物を入れる車の話になったという。

だからって侯爵も侯爵夫人もいきなり“ぽんっ”と馬車を買ってくるなんて。


ともあれ、これ以上呆然としていたらアウロ達にも悪いので、そろそろ現実を見る事にしよう……。


「いいえ、必要だなとは思っていたところでしたし。気になさらないで下さい、アウロさん。あの、ゴーアン夫人に“ありがとうございます、大切に使います”とお礼を伝えて下さい」


こうして私達はトレーラー代わりの馬車を手に入れたのだった。



■■■



ゴーアン夫人が去った後、3人の体格の良い男性が入れ替わりでやってきた。彼らは車大工で、私達のバスコンに合わせて馬車を改造してくれるそうだ。

一先ず、牽引に使うヒッチメンバーに付属のボールマウント(牽引器具)を付け、ここで馬車と接続できるようにして欲しいと要望しておいた。


馬車の中を見てみると、座席などは無く、がらんどうの状態だった。

ここも車大工達に頼んで改装してくれということだろう。


「広いですね。荷物を置くだけでは勿体ないような」

「人数が増えましたからね。此方にも寝床を作っておいた方がよろしいのでは?」

それもそうか。

ククルアがいるので、ルランが戻って来たら定員オーバー気味だ。

取り敢えず備えあれば憂いなしの精神で、馬車には備え付けの二段ベッドでも設置してもらおう。これなら使わない時は棚として使えるし、無駄にはならないだろう。


「人が寝るかもしれないなら、居住空間と荷物置き場を分ける為に壁がいるんじゃないか?」

「そうだね。それに荷物置き場が狭くなったら本末転倒だから、間取りには気を付けないとね」

壁じゃなくても、襖みたいなスライド式の扉とかどうだろう。あれなら取り外し可能だし。その辺は車大工の人に相談しよう。


外に出るとロナが車大工のおじさん達に囲まれて、意見交換真っ最中のようだった。

「ロナちゃん、はりきってますね」

「こういう事が好きな子なので」

そう言いながら父親のアウロは微笑ましそうに見ていた。


一方、私は少々きつめの日差しを感じ、シグラとキララを連れて一旦バスコンに入る。そしてお盆の上に5つのグラスを用意し、冷蔵庫から冷えたお茶を取り出してグラスに注いだ。

「これ、アウロさんとロナちゃんと車大工の方々に持って行ってあげて」

「りょ」

お世話になるのだし、これくらいはしないと。

でも私が持って行くと下手したら異性を弾く結界が発動するかもしれないので、キララに持って行ってもらった。私に触れようとして結界に弾かれる人が結構多いんだよね。


「あれ?」

ダイネットにちょこんっと座っていたククルアにふと目が行った。

何だか顔色が悪いように見える。


「ねえシグラ。ククルア君に調子が悪いのか訊いてみてくれない?」

「わかった」

シグラが「しゃお」とククルアに話しかけると、彼はこくりと頷き、シグラに何か話かけていた。

話を聞いたシグラは少し顔を顰める。


「ククルア君、何て言ったの?」

「……よこしまな、いしきを、かんじるって」


よこしま?」


私がオウム返しをしたところでククルアは席を立ち、シグラの腰に引っ付いた。

最近この子は調子が悪くなると、シグラの傍に居たがるようになった。

ククルアが言うには、シグラの意識は他の人よりも数段強いらしく、他の意識ノイズを消してくれるらしい。しかもシグラはいつも機嫌が良いそうで、彼の意識が流れ込んでくると、ククルアの心もぽかぽかするそうだ。


ただ、ククルアも男の子なので、私に近寄ると異性を弾く結界が発動してしまう。なので、ククルアがシグラにくっ付いている時には、シグラは私の傍に寄れない。それがシグラはとても不満らしく、すぐにククルアを引き剥がして私の所に来てしまうのがお決まりであった。


今も彼は二分ほど我慢した後、ククルアを引き剥がし、私の傍に来た。

ククルアの顔色も元に戻っているので、くっ付いていなくてももう大丈夫だろう。


「でも邪な意識って何だろうね?シグラは何か感じる?」

「ううん。でも、しぐらの、けっかいのなか、あんぜん。あんしん、してね」

「そうだね」

シグラをククルアの対面側の席に座らせ、私はキッチンカウンターで4つのグラスを用意して、冷たいお茶を注いだ。

「はい、どうぞ。ククルア君もね」

テーブルに4つのグラス。シグラとキララとククルアと私の分だ。


私はシグラの隣に座り、外から戻って来たキララがククルアの隣に座った。

キララはちょっと興奮していた。

「何かな、改装費用は全部侯爵持ちだからってロナと大工のオッサンたちが盛り上がっててさ。あの馬車に豪華な部屋を作る気でいたぞ!」

職人は拘りだすと、とことん拘ってしまう生き物だと聞いたことがある。


「……やりすぎない様に注意しておかないといけないかなあ」


ちなみに後日、高級ホテル並みの豪華な部屋になってしまい、侯爵に謝りに行く羽目になる事を今の私はまだ知らない。


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