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これからの事:ルラン視点

困ったな。

老化は止められるが、成長は止められない。

キララ殿が危惧していた“20歳のしょうがく4年生”というものが実現してしまう。

もういっその事、奥様共々ずっとこの世界に居てくれたら良いのに。


『先程の会話で得られるものはあったのか?』

『ええ、まあ』


錬金術師殿の研究所から出た後、俺は兄と並んで王宮の廊下を歩いていた。義姉上のいる屋敷に戻る前に少し話をしたいと兄に言われたので、王宮にある兄の執務室で話をする事にしたのだ。


廊下では込み入った話をする訳にはいかないので、当たり障りのない会話をする。

それは兄の妻である義姉上のことであったり、俺達の末の弟のテランのことだったり。


『テランは学園を卒業し、社交界デビューも果たした。なのに甘え癖が治らん。お前のせいだぞルラン』

『俺じゃなくて母上のせいだと思うんだけど』

『いいや、お前だ。先だっての辺境地への任務も代わりに行っただろう』

『テランは武官には向いてないんだ、仕方ない』

そこだそこ、と兄に指摘される。

『武官に適性が無くとも、聖騎士になることは決まっているんだぞ』

俺達兄弟の中で唯一精霊付きとして生まれ、精霊魔法が使えるテラン。生来の性格なのか、はたまた幼い頃から精霊が見えた為か、性格がとってもおっとりとしている。女性として生まれていれば、奥様のような貞淑な女性になっただろうに。


ふと目の端に黒髪の女性が映る。奥様の事が頭にあったので、つい目で追ってしまった。

『あれは?』

黒髪の女性は布を巻いただけの格好で歩いていた。この王宮の中では少々相応しくない格好のように思える。

『ああ、あれは先月王太子によって召喚された賢者の世話役の女官だ』


賢者……。


『先代の賢者は昨年亡くなられたからな。今度の賢者は異世界の王族出身の方だったらしく、とんでもなく扱いづらいと王太子は困り果てていらっしゃった』

『それはそれは』

賢者の相手をするのは王室の方々や世話係の女官など限られた人物だけだ。

俺は勿論だが兄も会った事はないだろう。


やがてある一室の扉を潜る。

『お茶を用意させよう』

執務用の机の上にあるベルを鳴らせば、すぐに侍女がワゴンを押しながら部屋に入って来た。

『用意を終えたら下がって良い。後は自分たちでする』

『畏まりました』

侍女たちは部屋の中央に設置してある応接用のテーブルにお茶の準備をしていき、整えるとそそくさと退室していった。


兄に『座れ』と言われ、一人掛け用のソファに座る。対面には兄が座った。

応接用のソファは、寛ぐ用途ではないからか、あまり座り心地が良い物ではない。


『それで、お前。その髪の色と目の色はどうしたんだ』


そう言えばシグラ様の加護を得てから俺の髪色はこげ茶から赤茶の髪に、そして青い目がくすんだ金色の目になったのだった。奥様達は俺の以前の色を知らないから、何も言われなかったが、兄は流石に違和感を覚えたか。

『加護の話は聞いた?』

『ああ。……それのせいか。色素に影響が来るほど、強い力ということか』

『お陰で死ににくくはなったかな。まあ、相変わらず魔法は使えないけど』


紅茶を口にする。良い香りだ。


『お前に加護を与えたドラゴンはブネと聞いたが。それは本当か?』

『……ご存知で』

『お前、フラウにドラゴン一行を置いてきただろう。それで父上が急いで持て成しに行ったんだぞ』

“全く……”と兄が疲れたような声を出す。

『フラウの別宅は性質の悪い叔父家族が管理をしているのを忘れていたのか?一悶着あったようだぞ』

『まさか!あそこには俺の乳母もいるし、乳母兄弟もいる。それにくれぐれも丁重にと言い置いたのに』

フラウは俺の生まれた場所だ。味方は多い。

それに叔父上家族も、義姉上を害そうとした事できつい仕置きをされたと聞いていた。だから、二度と愚かな真似はしないだろうと思ったのに。


『何故侯爵である父上の弟が平民になり、カントリーハウスの管理人をしていると思っているんだ。愚かだからだぞ。愚か者に道理など理解できるわけがない』


『それで、シグラ様と奥様は……』

『ドラゴン夫婦に傷をつけられるなら、カントリーハウスの冴えない管理人等ではなく、今頃王国随一の騎士にでもなれているだろう。ブネも叔父の小細工に対して然程気にしている風も無いようだ。父上は私の妻の件……二度目と言う事もあって、即刻叔父家族を追放したそうだ』

確かにシグラ様は大丈夫だろうが、奥様は人間だ。何か恐ろしい思いをされたのではないだろうか?本当に大丈夫だったのだろうか。


『とにかく、父上からの情報で、ある程度は把握しているつもりだ』


兄は持っていたカップをソーサーに戻した。

『ここ最近、精霊教会の間で話題になっている“人間を番にしたドラゴン”とはブネの事だな?』

『……』

『隠すな。父上が会ったブネはドラゴンではなく人間の姿をしていた。そして、その傍らには女性がいた。この女性はどうみても普通の人間の令嬢だそうだ』


俺は頭を振る。


『確かに人間を番にしたドラゴンとは、俺のあるじとなった方だ』

あるじという単語に兄は少し身動ぎした。

『言っておくけど、これに関して俺は兄上や父上……ゴーアン家、ひいてはこのフィルマ王国の為に動く事はない』

『私はブネに関しては手を出すつもりはない。他国との不利な戦争の最中であれば考えたかもしれないが、……いや、それでも危険だと踏みとどまったかもな。制御不能な強大な力など、恐ろしすぎる』


『恐ろしい?』


不意に奥様にじゃれついているシグラ様の姿を思い出してしまい、思わず噴き出した。

それを見た兄が怪訝そうに此方を見る。


『い、いいや、何でもない。ところで、ブネという名前ではなくシグラと呼んでほしいんだけど』

『番が付けた名前か。まあ、構わんが』


ティーカップに口を付ける。前を向くと、兄も俺と同じタイミングでお茶を飲んでいた。


『お前はまたフラウに戻るんだろう?』

『そのつもりだけど』

『それからどうするんだ?シグラ殿は何か目的があって動いているのか?』


目的か。

俺が聞いたのは、王都へ行って錬金術師に会うというところまでだ。その後の事は知らないので、そこは正直に兄に伝えた。


『なら、お前はどうする。このままシグラ殿に付いて行くつもりか?お前には嫁と爵位を得てもらい、ゴーアン領管理の手伝いをしてもらいたかったんだが』


俺は貴族であることに拘りは無い。結婚もだ。

かと言って父上や兄上の迷惑にならないように、身の振りを考えてはいた。しかし今となっては……。


『俺はシグラ様の加護を得たと言っただろう?』

『……付いていくのか?別に加護を得たとしても、付き従う必要はないだろう。エルフ達も加護を与えてもらった名のある精霊の元から離れて生活をする者は多い』


首を振る。


『加護を貰う為に俺は、シグラ様の血を大量に飲んだ』


ぴくん、と兄の眉が動いた。

『俺は既に、寿命という意味でも普通の人間として生きる事は出来なくなっている筈だ』

『そうか……、そうだな。ドラゴンの血を飲んだんだったな』

兄はカップをソーサーに戻し、そして額に手を当てた。

俺はふうっと息を吐く。

『シグラ様は悪い方ではないよ。ドラゴンだから獰猛だと思うかもしれないが、そんな事は決してない。奥様が穏やかな人だから、獰猛な面を隠しているのかと思ったけど、恐らくそうではないと思うんだ』

『根拠は?』

『興味がないんだと思う。暴れて何かを壊す事にも、生き物をいたずらに傷つけて泣き叫ぶ声を聞くことにもね。勿論誰かの喜ぶ声を聞くことにも興味はないだろう。今までのあの方は眠る事以外に興味が無かった。そして、今は興味の対象は奥様になった』


シグラ様が苛烈な行動をとるのは、奥様絡みの時だけだ。

奥様を得る前は眠るのを邪魔した(勇者・冒険者)を排除してきたという。

それ以外は基本的に放置と、かなり分りやすい性格なのだと思う。


『他のドラゴンも同じような考え方をしているのだろうか?』

『さあ。俺はシグラ様以外のドラゴンとは……あ、そうでもなかった』

シグラ様の妹、ビメ殿の顔が頭を過る。

『シグラ様の妹のビメ殿は、とても活発な方だったよ。シグラ様の住処に見所のある雌を次々と放り込んでいたらしいし、子爵領では……』

あ、キーグでの事は言わない方が良いか?

そう思ったのだが、既に遅かった。


『おい。もしかして子爵領キーグの黒竜騒ぎは、お前達絡みか?』


表情筋があまり仕事をしない兄の顔が不気味に笑っていて、思わずぎょっとした。


『な、何の事だ?キーグで何かあった?』

『私は知っているぞ。ブネの妹、ビメは黒い竜だとな。何故知っていると思う?』

『さ、さあ』


『各地で竜騒ぎが起こったせいで、参議の俺は連日連夜対策会議でほぼ屋敷にも戻れず、竜の資料に囲まれていたからだ。黒竜と呼ばれる竜を片っ端から覚えたぞ。その中に確かにビメの名があった』

ビメ殿はシグラ様の奥様を見に来ただけだったみたいだが、王宮ではかなり大問題になっていたみたいだ。


『やけに西部で竜騒ぎが起こると思ったが、もしかして湖竜もお前達の仕業か?それともコレも知り合いなのか!?』


『違う違う!湖竜はたまたま居合わせただけだよ!奥様が寝惚けて可愛い事を仰っていたから、シグラ様がはりきって湖竜を砂漠に捨てに行っただけ!』

『関わっているじゃないか!そうか、ブネ……シグラ殿は紅竜だったな。湖竜が紅竜に連れ去られたというのはそう言う事だったのか』


はあああ……、という長い長い溜息を吐いた後、兄は一言言った。


『ルラン、お前、絶対に爵位とれ』


『何故』


『シグラ殿がブネルラに戻らないのなら、ドラゴン目撃情報がこれからもどんどん齎されることになる。貴族が一人くらい付いて動向を見ていないと、こっちは必要のない対策会議を延々としなければならなくなる!国の為にブネを懐柔しろとは言わんが、これくらいは協力しろ』

『情報を流せと?それは出来ない!ただでさえドラゴンを番にした人間として奥様は教会から狙われている身なんだ。教会のような考えを持つ貴族も少なからず居る王宮に、我々の所在地を教えるなんて出来る筈がない』


テーブルを挟んで睨みあう。


『王宮側はシグラ殿に一切干渉しない』

『信用できない』

『しかし竜の目撃が相次いだら、本格的に対策本部を立ち上げることになるぞ。そうなれば教会だけではなく、王宮側からも追っ手が差し向けられるぞ』


追っ手か。それは困る。

奥様は平和に暮らしていきたいと思っていらっしゃる。


―――どうすれば良い?




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