剣の行方:ジョージ視点
紅いが、黄色が混じっているドラゴンだ。ウララの傍に居たドラゴンとは色が違う。
別個体だろう。
【ユーケー卿、私がドラゴンの気を引きます。ゴーアン侯爵夫人とイブを連れてお逃げ下さい】
魔道具が震えたかと思うと、アダムからそのような念話が来た。
瞬間的に、胸の奥がカッと熱くなる。そんな事、出来る筈がない!
汗で滑る手で剣の柄を握り直す。
【却下だ。君が逃げろ。戦う事は俺の義務だ】
【お退き下さい、ユーケー卿。貴方様は公爵家の御嫡子の身です】
【貴族とは民を守る存在であると先々代からの教えだ】
このフィルマ王国でもそうだが、イギリスではそれが徹底されていたと、誇らしげに祖父様は教えてくれた。
俺は此処で退くわけにはいかない。
俺の意志が伝わったのか、アダムはもう逃げろとは言わなかった。
【では、一斉に攻撃を?】
【最初は足背を狙う。動脈を斬り、血を噴出させるぞ】
ドラゴンの血を此方で回収し利用すれば、此方が致命的な怪我を負ったとしても、即座に回復できるだろう。
だが、問題はドラゴンの物理反射の結界だ。果たして俺達で破壊できるだろうか?
いや、壊せたとしても。
ウララの傍に居たドラゴンは、高等な檻の結界を瞬時に張っていた。
目の前のドラゴンはアレと同種のドラゴンだ。檻の結界に比べて張り易い物理反射の結界など、壊した都度に新しい物が張られてしまうのではないだろうか。俺達の攻撃は通るのか?
身体強化魔法を幾重にも掛けていく。
アダムとイブの気配も濃くなっていくのを感じる。俺と同様に身体強化魔法を掛けているのだ。
皆が集中していた時に、がちゃん、と音がした。
何だ?
そう思って横目に見て、そして二度見した。
荷馬車の傍にウララと赤毛の男がいたのだ。あの男はドラゴンが擬態した姿だ。
男は一言二言ウララと会話した後、上機嫌で此方に歩いてきた。
俺達には一瞥もしない。
【ユーケー卿、民間人が……、どう致しますか?】
アダムからの念話が飛んでくるが、俺もどうすれば良いか分らない。
俺の眼球は忙しなく動き、ドラゴンと、赤毛の男と、ウララをそれぞれ映す。
どうすれば良い?赤毛の男は味方なのか?ドラゴンなのに?だが、ウララの番のドラゴンだ。どうすれば良い。
冷静になれ。こういう時は最悪な事を想定しなければ。
最悪な事……戦うべきドラゴンが二頭になったことだ。
ごくりと喉が動く。
人間の形をしているなら、まだこいつの方が討伐しやすいのではないか?
―――だがこいつはウララの……
いや、その情報は今は必要ない。またごくりと喉が動いた。
アダムに討伐対象が増えた事を伝…
『!!』
瞬き一度。その一瞬でガラリと置かれている状況が変わった。
俺の目の前に膜があった。いや、俺の周りに……俺に檻の結界が張られている!
驚いて周りを見れば、アダムにもイブにも、そしてゴーアン侯爵夫人にも。
いや、それだけではない。ドラゴンにも張られている!
ドラゴンは結界の中できょとんとした顔をしていた。結界が出来上がる一瞬の間は、ドラゴンすら反応できなかったようだ。
『ユーケー卿!御無事ですか!?』
『ユーケー卿!』
アダムとイブの焦ったような声が聞こえてくる。
この檻の結界の中でも会話は出来るようだ。
『子細ない!』
2人に向けてそう言うと、俺は結界の膜を叩く。駄目だ、身体強化しているのに壊れる気配が無い。
『くそっ!』
この結界を張ったであろう男を睨んだ。
男はやはり機嫌が良さそうに俺達とドラゴンの間まで歩いてくると「あおお」と唸った。
ドラゴンも男と同じように唸りだす。いや、あれはドラゴンの言葉なのかもしれない。
男とドラゴンは暫く唸りあっていたが、やがてドラゴンに張られた結界が解かれる。
それに対して緊張が走ったが、ドラゴンは俺達を気にする事も無く、翼を広げ飛び立ってしまった。
『ドラゴンが、逃げた……?』
アダムが信じられない様に呟くのが聞こえた。
そして今度は俺達に張られた結界も解かれる。
―――どうする?
今、あの男は俺に背中を向けている。あいつもドラゴンだ。
男のうなじに目が行く。この距離……今なら、あそこに刃を突き立てる事も可能だ。
呼吸が荒くなり、剣の柄を何度も握り直す。
「シグラ!」
俺の緊張が最高潮になる前に、女性の声が聞こえてきた。日本語特有の発音、ウララだ。
男は彼女に名を呼ばれると嬉しそうに破顔し、彼女に向かって駆け出していった。
俺は、剣を鞘に納めた。
■■■
『ではご機嫌よう、ユーケー卿』
ドラゴンの襲撃を受けたばかりとは思えない程の優雅さで、ゴーアン侯爵夫人はカーテシーをすると、馬車へ乗り込んでいった。
ウララの乗った荷馬車に引かれながら、夫人の馬車も動き出す。
結局あの後、あの男はウララを抱きかかえてさっさと荷馬車の中へ入ってしまったので、俺はウララと話す事は出来なかった。
アダムとイブはあの男を仲間に勧誘しようと躍起になっていたが、ゴーアン家のエルフに門前払いを喰らっていた。……この2人にあいつはドラゴンだぞと教えたらどんな顔をするのだろうか。
それにしてもウララはゴーアン家と縁を持っていたのか。夫人と雑談していた時に探し人としてウララとあの男のことをそれとなく訊いていたのに、のらりくらりと上手く躱してくれたものだ。
『ユーケー卿』
振り返ると、アダムとイブが立っていた。
少し眉を寄せてイブが言う。
『ユーケー卿の探し人のウララ様は先程のあの男性と共に居た女性だったのでは?』
『ああ。だが、相当嫌われたらしい。一言も喋れなかった』
皮肉気に言うと、イブは首を振った。
『嫌われているのでしたら、あそこで我らに手を貸してはくれなかったでしょう』
『どうだろうな。大義があれば、あのような場面ならば敵でも助けるだろう』
『ユーケー卿……』
イブは困ったような様子だが、アダムは軽く笑った。双子のくせに似ていない兄妹だ。
『その様な事、仰らずに。敵を作る方面でばかり物事を考えていると、そのうち孤立しますよ。気楽に行きましょう』
馬車は魔道具でも付いているのか、あっという間に見えなくなった。
俺はため息を吐くと、アダムとイブと共に踵を返した。




