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再来のドラゴン

シグラに連れられて車の中に退避する。


私が不安そうな顔をしていたからか、車に入るとすぐに抱きしめられ、背中をぽんぽんと緩く叩かれた。

「だいじょうぶだよ、うらら」

「シグラ……」

こんなに優しい存在を、討伐するなんて。


でも


―――“そのドラゴンは君に優しく理性的に見えるように振舞っているだけだ”


ジョージの言葉が頭から離れない。だって、心当たりが多すぎるから。

パル達から幾度となくドラゴンの本能の事や、ドラゴンの雄は番に隷属して逆らえないということを聞かされてきた。実際シグラは言われなくても私が望むことを理解し、それを実行してくれる。


もしも本当に本来の自分とは違う自分を演じているなら、心に負担が掛かるから早急に止めさせないと。

彼の本性が獰猛であっても、それを頭ごなしに抑え付けてはいけない。あ、でもDVは嫌だから、きちんと話し合いをして……!


「どうしたの?うらら」


弾かれたように顔を上げると、シグラが心配そうに此方を見ていた。

彼が傍に居るのに、うっかり自分の世界に入り込んでしまっていたみたいだ。

「ご、ごめんね、シグラ」

「げんき、ない」

そう言うと彼は身体を離し、今度はその大きな手で私の手を包み込むように握ってくれる。

「て、つめたく、なってる」

シグラの手は温かく、彼はその熱を私の指先に与えようと、優しく何度も撫でてくれた。

それをじっと見つめていると、じんわりと胸が温かくなってくる。


この人が好き。

だから、幸せになって欲しい。


「シグラ」

「ん、なに?」

名を呼ぶと、彼は嬉しそうに微笑んだ。

思わず彼が与えてくれる優しさに身を委ねたくなるが、それは駄目だ。

「シグラは、無理してない?」

訊ねられている意味がわからないようで、小首を傾げられる。

「シグラはいつも私に合わせてくれるでしょ?それが貴方の負担になってないかなって」

「なってないよ。うららは、しぐらに、あわせて、くれてるから」

「え?」

きょとりとして彼を見上げた。

どう言う事かと訊く前に、シグラが「ゆうしゃのけはい、きえた」と私の背中を押した。



促されるままバスコンを降りると、そこにはキララ達が戻っていた。


「おーい、姉ー。今な、ナナーから面白い事聞いたぞー」

キララが此方に走り寄ってくる。手には見覚えのない、魔種の花が二輪握られていた。


「親父が魔種の花は花の種類は性格、色は魔力の種類、匂いは今の気分によるって言っていたの覚えているか?」

頷く。ただ、彼はあまり詳しくないとも言っていたが。

「それで、ナナーは結構詳しく知っていてな。それで……」

キララはちらりと私の後ろにいるシグラを見てから、私にしゃがむように言ってきた。

言われるがまましゃがむと、耳に手を当てられる。


「甘い匂いは、恋をしている時の匂いらしい」


「へ?」

「シグラはドラゴンの本能だけで姉の傍にいるわけじゃないかもしれないぞ」

キララを見ると、どことなく満足そうな顔をしていた。

上体を起こし、傍に居るシグラの顔を見る。目が合うと彼の表情は柔らかくなった。


恋をしている時の匂い。


―――もしかしなくても、相手は私?


かあああっと顔が熱くなる。


その後、ナナーに基本的に魔種の花は幸せで気分が良い時は良い匂いがして、その反対の時はドブのような臭いがすると説明を受けた。


キララはリュックサックから残り一つの種をシグラに握らせた。

「もう一度咲かせて見せてくれ」

「ああ、良いですね。私も気になっていたんで是非」

キララとナナーに促され、シグラは魔種の花を咲かせる。前回と同じ、青白い桔梗の花だ。


匂いは……苺に練乳がかけられたような、前回より更に甘い、良い匂いだった。



■■■



この匂い。ナナーの言葉が正しいなら、私はシグラの負担にはなっていない……と思って良いんだよね?


桔梗の花をぽーっと眺めていると、シグラに抱き上げられた。

“ひゃっ”と小さな悲鳴が出た。今は少しの接触だけで、心臓がドキドキしてしまう。

「シグラ?どうしたの?」

「ゆうしゃの、けはい」

それだけ言うとシグラはキララにもバスコンに入るよう促して、再び私達はエントランスドアを潜った。


数分後、彼が言った通り人影が見えてきた。

先程の勇者2人とゴーアン夫人とその護衛達。そして夫人をエスコートするジョージだった。


勇者達に私とシグラの事を見つけられても困るので、私達は小さな窓だけの寝室に移動する。


だがその時、シグラが弾かれたように顔を上げた。


「どうかしたの?」

「どらごんの、きゅうあいの、おとが、する」

「え?」


外で悲鳴が上がる。


キッチンカウンター横の窓を見れば、ゴーアン夫人を背後に庇う護衛達と、抜刀した勇者3人が空を見上げているのが見えた。


そして私の視線に気づいたナナーが、ひょいひょいと此方に来て、窓をこんこんと叩いた。


「奥様、ちょっと待っていて下さいね。ドラゴンの雄が、求愛行動を始めたようなんです」

「求愛行動?誰にですか?」

「さて。ここに居る女性の誰かだと思うんですが」

後ろに居たシグラを見る。

「うららは、ちがう。いま、このくるま、けはいたんちぼうがいの、けっかい、はってる」


「だとしたら……―――ッ!」


ドドン!という地鳴りがして、息を飲んだ。思わずよろけた身体はしっかりとシグラが支えてくれた。

「ありがとう。キララは?大丈夫?」

「お、おおう」

キララは音にびっくりしたようだが、すぐに大きく息を吐いて「大丈夫だ」と頷いた。


「若いドラゴンの雄ですね」

私達とは違って全く動じていないナナーは、のんびりとした様子でドラゴンを見ている。


「……あれ?」


ふと窓から見えたそのドラゴンは、赤にところどころ黄色が混じった色をしている。


「あのドラゴン、ビメさんの3番目の息子さんじゃないの?」


教会の追っ手から逃げる為にノルンラの街を出て、森で出会ったあの若いドラゴン。顔では判別がつかないが、色味がとても似ていた。

私がそう言うと、シグラもそのドラゴンを見て「ほんとだ」と頷いたので、間違いないだろう。

「あいつ、シグラに泣かされて住処に帰ったんじゃなかったのか?立ち直り早いな」


ビメの息子と聞いてナナーは「ビメさんの……」と呟いて気の毒そうな顔をした。

「ブネさんみたいに、ビメさんによって強そうな雌を住処に放り投げられているんでしょうね。一応ドラゴンも強いだけじゃなくて、好みの雌の気配とかもあるみたいですし。好みじゃない雌を投げ込まれるのが嫌で婚活を必死にしているのでは」

「な……何だか可哀想……」

シグラと同じ目に遭っていると思うと自然とぽろっと出てしまった。


それにしても、誰に求愛をしているのだろう。

ドラゴンを見ていると、彼はきょろきょろと辺りを見回していた。もしかして見失ってる?


ドラゴンに対峙する形で陣形を取る勇者達は迂闊に手が出せず、じっとドラゴンを睨み付けていた。

此方はまるで呼吸の音すらも立てる事が出来ないような、そんな極限状態のようだ。


アウロとロナはバスコンの中には居ないが、ナナー同様、シグラの結界の範囲内には辿り着けているようなので、取り敢えず大丈夫だろう。


「おい」


シグラが面倒そうにナナーを見る。

「きゅうあい、されてるの、おまえ」

「……かもしれませんねえ」


そうか、ナナーは今シグラの結界の中に居るから、あのドラゴンはナナーの気配を見失っているんだ。

この人、シグラの旧友かなとは思っていたけど、ドラゴンに目を付けられるくらい強いんだ。


「ブネさん、助けて下さいよ。あのドラゴンくらいなら私でも攻撃を凌げれるでしょうが、それだと番認定されちゃいます。かと言って女性を……ゴーアン侯爵夫人をほうって逃げる事なんて出来ませんし」

「おまえ、けっこん、したがってた。ちょうど、いい」

「私が欲しいのは婿じゃなくて嫁です!そ、そうだ、助けてくれたら、何でも一つだけ言う事聞きますから!」

「ひつよう、ない」

「嫌ですーー!男なんかと結婚だなんて、ショック死します!そうしたら私の加護持ってる子達から加護が消えますよ!」


シグラは“はあ”と溜息を吐くと、私の名を呼んだ。

「ちょっと、いってくるね」

「あ、シグラ……」

車から降りようとする彼を追う。一度追い払ったことのある相手ドラゴンだから、危ない事にはならないだろうけど……でも少し心配。


扉を開けるとそこにはアウロとロナが震えながら立っていた。彼らは扉を開ける音を立てることすら怖くて、車の中に入れなかったらしい。

「う、ウララさん。車の中に入って良いですか?」

「しゃお……」

「勿論どうぞ」

ゴーアン夫人も中に入れてあげたいが、ちょっと位置が離れていて無理かな。

アウロ達を車内に入れると、エントランスドアを閉める。それを「うらら?」とシグラは驚いたような顔で私を見た。

「あぶないから、しぐらの、けっかいの、なかで、まってて?」

「うん。だから、ここに居る」

「くるまの、なか……」

「え?だって、車にはアウロさんが居るから。私はここで貴方を待ってる」

シグラは自分が居ない空間に私と雄が居る事を嫌がるから。そう思っての事だったのに、シグラは虚をつかれたように目を丸くした。

しかしすぐに「わかった」と笑顔になった。


そしてバスコンと私にそれぞれ檻の結界を張ると、彼はドラゴンに向かって歩き出した。

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