表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/347

暴れ馬

歓楽街に続く道には戻らず、展望台から別の街に続く階段を降りて行く。

階段には手摺が無く、横に踏み外したら真っ逆さまの仕様だ。更に古い石畳で躓きやすく、シグラは私を歩かせるのを嫌がっていたが、これくらいは大丈夫だと言い聞かせた。


私達の後ろにはジョージが付いて来ている。傍に来ないでくれと言ったのに、聞かない人だ。


降りた先も石畳が続いていて、広場のように開けていた。そこにいくつもキッチンカー、もしくは屋台のようなものが集まっていて、沢山の人が食事を楽しんでいた。


私達は朝ご飯がまだなので、気になった物を買い食いしながら、歩いていく事にした。


「ねえシグラ。ジョージさんはドラゴンを討伐するって言ってたけど、彼は強い人なのかな?」

シグラは串焼きの肉をもぐもぐ食べて、飲み込む。

「あいつ、ゆうしゃ。こりゅう、くらいなら、ひとりで、かてる」

勇者……。シグラの家にあったドロップ品が頭を過りそうになって、頭を振った。それにしても湖竜くらいならって、それって相当強いんじゃないかな。

「こりゅうは、じゃくてん、あるから」

「弱点?」

「こりゅうは、ましょうめん、みえない。そこから、こうげきを、すればいい」

確か、湖竜はワニに似てるんだっけ。

「でも、こりゅう、めんどうくさい。あいつ、おこったら、てんき、わるくなる」

「あの嵐は凄かったよね。私は殆ど寝てたけど」

シグラは湖竜を砂漠に捨てに行ったけど、あの後砂漠ではどうなったんだろう?雨、降ったのかな。


ハムや野菜を巻いたおかずクレープを齧ってみる。照り焼きのタレとマヨネーズの味が口いっぱいに広がった。

「これ美味しい!一口食べてみて」

シグラはふふっと笑って一口齧った。

「おいしいね」

「キララも好きそうな味だし、今度作ってみるね」

完全再現はちょっと難しいかもしれないけど、似た物なら作れると思う。

何だかジャンクフードを食べていると、ハンバーガーやポテトも食べたくなってきた。歴代賢者の中にアメリカ人の賢者はいないのかな?


「うらら」

“何?”と返事をする前に、ひょいっと抱きかかえられる。

すると私が立っていた足元にザーっと何か赤黒い色をした丸い物が大量に転がって来た。


「しゃおおー」


中年の女性が2人、慌ててその丸い物を回収しているが、道が少し坂になっているので、更に丸い物は転がってしまっていた。

「何あれ?」

「さあ?」

[あれは酒の実だな。保養地の酒はあれを潰して造られているらしい]

昨日のお酒での失態を思い出し、うっと顔を顰める。それを見たジョージに、ふっと鼻で笑われた。

[そう言えばウララは昨日は酒を飲んで動けなくなっていたな]

[私は別にお酒が飲めないわけではありません。此方のお酒が合わないだけです]

彼は“何!”と反応した。

[だから俺も酒に弱いのか]

揶揄ってきたくせに自分も弱かったんかい。でも確かに彼は地球人のクォーターだから、仮に地球人がこの世界のお酒に弱い遺伝子を持っているのなら、お酒に弱くても仕方ないのかもしれない。

[今朝も見知らぬ女性達に言い寄られて、困ったんだ。昨日の約束を守れだのなんだのと……俺にはさっぱり記憶が無いのに]

もしかしてタンコブや頬の平手打ちの痕って……。


「シグラはお酒強いよね」

彼はノルンラの屋敷で出されたお酒を飲んだ後もケロッとしていた。

「しぐら、よわないよ。だから、あんしんして、うららは、よってね」

「シグラにだらしない所ばっかり見せたくないから、やだ」

女としての矜持もあるけど、それ以上にシグラに愛想尽かされるのが恐い。絶対に気を付ける!そう決意を固める横でシグラは“よわないの?”と少し残念そうな声を出した。


ガシャン!ガラガラガラッ


道の先で大きな音がした。

[軽い事故だな]

荷馬車が馬に対して変な角度で止まっていて、積み荷が一部散乱しているようだ。その荷馬車の傍には先程の酒の実を追っていた女性2人もいた。

「もしかして、酒の実を踏んで滑ったのかな」

馬車は横転していないようだし、そこまで深刻な事故ではないようだが……。


「……何かおかしくない?馬が暴れてる」


馬は2頭いてどちらも頭を振りながら、その場で何度も足踏みをしている。遠目から見てもその様子は異常に見えた。

そしてとうとう暴れ出し、馬装も外れてしまい、此方に駆け出してきた。


[酒の実が潰れて、そのアルコールで馬が酔ったんだ!止めなければ!]

暴れ馬2頭は屋台の方へ行き、たちまち阿鼻叫喚となる。


[くそ!]

ジョージは碌な装備もしていないのに走りだし、馬一頭の首に飛び掛かった。

そのまま振り回されつつも、その場にいた人間にロープを渡され、彼は器用にハミを含ませるように馬の口にロープを通した。

何とか1頭の馬を制したところで、もう1頭の馬が屋台を離れて道を駆けだしてきた。

滅茶苦茶な進路で何処に行くか分らない暴れ馬だ。怖くてシグラの腕を掴むと、彼は口を開こうとして……止めた。

「いかく、しちゃ、だめ、だったっけ」

そう言った次の瞬間、暴れ馬に檻の結界が張られた。


暴れ馬は結界の中で狂ったように暴れていて、見ているだけで怖い。


「し、シグラの結界?」

「うん。いかくで、しっしん、させようと、おもったんだけど」

彼の視線はジョージに向けられた。

ジョージはドラゴンの力を感知するので、彼の傍では迂闊には力を使えない。

そのジョージは駆けつけてきた荷馬車の持ち主に馬を渡し、此方に駆け寄ってきた。


[お前達、怪我はないか?]

[大丈夫です。ジョージさんの方は大丈夫でしたか?]

彼は頷き、そして結界を見た。

[この膜は檻の結界か。シグラは精霊付きか?]

[……まあ、そんなところです]

[それにしても結界の構築が早かったな。相当手練れでないとこうはいかない]


そうなんだ?

比べる人がいないから、知らなかった。

キララがアウロの結界に守られたと言っていたから、後で結界のスピードを訊いてみようかな。

もしもシグラのスピードが人外のそれなら、あまり人前で使わない方が良いと思うし。

そんな事を考えていると、


「しゃおおん?しゃおしゃおしゃおお」

ジョージが英語からこの国の言葉に切り替えてシグラに話しかけていた。

すると、シグラが物凄く不機嫌な顔になる。

「シグラ?ジョージさんに何を言われたの?」

「うらら。しぐらの、うしろに、いて」


シグラがそう言った途端に馬を閉じ込めていた結界が消える。

「し、シグラ?!」

馬は怒りのままシグラに突進してきた。一方シグラは慌てる事も無く、腕を伸ばして馬のこめかみに指をあてた。

その途端馬は上体を崩し、派手な音を立てて倒れてしまった。どうやら失神しているようだ。


シグラは“ふんっ”と鼻を鳴らしてジョージを見た。それに対してジョージも一歩も引かずにシグラを見返している。


な、何だか二人の間で喧嘩が勃発している予感がする!

“ドラゴンとドラゴン討伐を掲げる勇者”という天敵同士だから、気が合わないんだろうなあ。



「けっかいしか、はれないなら、うららを、まもれないぞって」


あの時ジョージに何を言われたのか、と帰り道の途中で訊けばそんな言葉が返って来た。何だそんな事か。

「そんな事ないのにね」

背伸びをしてシグラの頭を撫でると、彼は嬉しそうな顔をして腰をかがめた。

私はスプラッタ系やバイオレンス的な物は好きじゃない。だから、穏やかに解決できるのであれば、それに越したことは無いのだ。

「シグラは私の事を考えて動いてくれただけだよね。だから、あまり気にしちゃ駄目だよ」

「うん」

「守ってくれて、ありがとう」

「うん」


それにしても、相変わらずジョージは私達の後ろを付いてくる。もしかして彼はずっと付いてくるつもりなのだろうか?


向こうがそのつもりなら、ゴーアン侯爵夫妻に相談した方が良いかな。でもひょんな事から夫妻に私やキララが賢者だってバレるのは困る。そしてジョージの方にシグラがドラゴンだって事がバレるのも厄介そうだし。


―――困ったなあ。


石畳の階段を上がりながらそんな事を思っていたのが悪かったのか。横からの突風に対処出来ず、体勢を崩してしまい……


「あ」


運悪く、ぼろっと階段の端が崩れた。少し後ろを歩くジョージの方ではなく、階段の横に落ちる。

地面まではおよそ4メートルほど。


「うらら!」


投げ出された私の身体を、シグラが咄嗟に掴んだ。そのせいで彼もまた飛び降りる形となった。

私の危機に、シグラも慌てたんだろう。


思わず紅い翼が出てしまったのだ。


地面には怪我も無く降りる事が出来たのだが。


「……。」

「……。」

「……。」


3人ともぽかんと、お互いの顔を見た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ