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卵生

フラウ滞在一週間目。

今日は久しぶりに車を動かしていた。

定期的に動かしていないと、バッテリーの問題もあるし、何より私もキララもじっとしていられる性分ではない。

社会人として『報連相』をきっちりと遵守し、ゴーアン侯爵にその旨を伝えたところ、だったら数日ほど保養地にでも行ってみたらどうかと提案された。

フラウは元々そういう側面があるので、カントリーハウスも建てられたそうだ。

それを聞いて私も行きたいと名乗りを上げたのはゴーアン夫人だった。

侯爵は胃の辺りを抑えていたが、夫人の我が侭には弱いらしく、結局夫人も同行する事になってしまった。


流石にバスコンに夫人を乗せる事は出来ないので、いつぞやのように(あの時は荷車だったが)馬車を牽引することとなったのだが……。

荷車に襲撃者を乗せて牽引した時には、それなりに注意したものの結構気軽だったが、流石に侯爵夫人を適当に扱って怪我させるわけにはいかない。

恐る恐る馬車を繋げてみたが、杞憂だったようで、案外馬車は頑丈だった。タイヤもゴムで出来ているし、ガタつき防止のサスペンションもある。

同行者としてナナーと女性騎士が夫人の傍に付くようなので、何かあった時もこれで安全だろう。



今日は晴れているのだが、雨が降るという狐の嫁入りのような空模様だった。


バスコンの助手席にはいつものようにシグラが座っていて、ダイネットにキララ、アウロ、ロナ、ククルアが座っている。ククルアはこの車に移ってからは偶に塞ぎ込む事もあるようだが体調を崩す事は無く、普通にキララやロナと遊んでいるようだ。


『そろそろ目的地ですよ』

ダッシュボードの上に座っていたパルがそう告げる。

屋敷から出発して40キロ程の速度で30分というところだった。

もうちょっと走っていたかったんだけどなあ。


見晴らしのいい丘に車を停め、シートベルトを外して運転席側から降りようとしたが、その前にシグラに引っ張られて、助手席側の扉から彼と一緒に降りさせられた。

「どうしたの?」

何となく強引さを感じて彼に尋ねると、彼は困ったような顔をした。

「ここ、おすが、いっぱいいる。しぐらの、そばから、はなれないで」

「うーん、まあねえ」


ここは負傷兵の保養施設も兼ねているらしい。なので、男性率は高めなのだろう。

シグラが男性を警戒する一方で…

「はあ…保養地って良いですね。いつもよりだらしない姿の女の子が沢山いらっしゃる」

ナナーはラフな姿で歩く女性を見て、うふふと笑っていた。


「此処って温泉地なのか?硫黄の臭いがする」

少し顔を顰めながらキララがナナーに問うと「ええ、そうですよ」とナナーは頷いた。

「フラウは避暑地として有名ですが、私は冬こそ本番だと思うんです。寒い時期になると雪が降りまして、雪遊びが出来るんですよ。冷えた身体を温泉で温めて…!贅沢ですよねえ。私、これが目当てで郷から出てゴーアン家の使用人をしているんですよね」


保養地の建物に入ると侯爵夫人の一行として熱烈な歓待を受けたが、私達は侯爵夫人とは違い、此処に宿泊はせずに車中泊の予定である。


そしてその侯爵夫人は部屋へ行くと言うので、ここで分かれて別行動となった。


雨がしとしとと降っているので、気軽に外を散歩する気にはなれず、屋根のある回廊を歩く。

そこはクロアチアにあるドゥブロヴニクの修道院のような、アーチ形の美しい回廊だった。庭には林檎の木が植えてあり、その下にアンティーク調のベンチが置いてある。

晴れた日はあそこに座ると気持ち良さそうだ。

「綺麗だねー。回廊も庭も」

「流石貴族御用達の保養地だな」

キララはぱしゃぱしゃとスマホで写真を撮っている。


歩を進めると、今度は温泉が見えてきた。

そこには雨だと言うのに数名の男女が入っているようだ。

「しゅ、酒池肉林か」

キララがぽかーんとしてそれを見ていたので、慌てて目を塞ぐ。

子供には刺激が強すぎる!


そうこうしているうちに、前方から胸を肌蹴た格好でフラフラしながらやってくる女性軍団の姿があった。

彼女たちはお酒でも飲んでいるのか、頬を赤くしながらきゃっきゃと笑い合っている。

キララから手を離し、今度はシグラの目を塞ぐ。

「うらら?」

私がじゃれ付いたと勘違いしたのか、シグラは楽しそうに笑いながら、すりすりと身体を寄せてくる。


な、何だこのカオスは…!


女性軍団が通り過ぎて行った後、少し遠くにいたアウロが苦笑しながら歩いてきた。

「保養地なんてこんなものですよ」

「た、爛れてる」

うちの純粋なシグラとキララを連れてきてはいけない場所だったんだ!

「姉、細かすぎだぞ」

「しゃおー」

キララはロナとククルアと手を繋いで回廊を先行していく。

「こ、こら。子供達だけで行かないの!ひえっ!」

今度は上半身裸の男性軍団が現れた。水着ならまだ良いのだが、彼らは下半身にバスタオルしか装備していない。慌ててシグラの陰に隠れて彼らが通り過ぎるのを待った。

「シグラって男性の気配には敏感な癖に、いざ半裸男性と遭遇した時にどうして私に防視の結界とか張らないの?」

シグラは不思議そうに首を傾げた。

「しぐらが、そばに、いたから」

「だって半裸だよ?」

「おそらくシグラさんには半裸とかは関係ないんですよ。そもそもドラゴンは常時裸ですから」

その言葉に“はっ”と気づく。

「も、もしかしてシグラって女性の裸に興味なかったりするの?」

シグラはやっぱり不思議そうな顔をした。質問の意味すらわかっていないようだ。

「だ、男性はほら。女性のお尻とか胸とかを見るのが好きなんですよね、アウロさん」

「そこで私に話を振らないで下さいよ」

アウロが困ったように笑う。何かごめんね。

そしてシグラから爆弾が投下される。


「どらごんには、にんげんの、めすのような、むねは、ないよ」


「え?無いの?」

ビメにはあったよね。いや、あれは人型の時か。ドラゴンには……無い?

「え、母乳は?」

「ウララさん、ドラゴンは卵生です」

卵生。

「た、卵なの!?」

卵生である鳥類や爬虫類は母乳で育てないので、乳房…というより乳首が無い。

まさかドラゴンもそうだったなんて。

此処に来て種族間のギャップを感じるとは思わなかった。

ああ、そうか。だから私の胸に痣が出来た時に舐めて治すと大真面目に言っていたのか。

こっちは顔から火が出そうになるくらいに恥ずかしかったのに。


「うららの、むね、しぐらの、おきにいり」

彼は(とろ)けるように笑う。

「ふわふわやわらかくて、きもちいい。しぐら、すぐ、ねちゃう」

アウロも居るのに何を言ってるの!とアワアワしたのも束の間。それ枕の感想だから。

彼にとっては自分を1分で眠りに誘うくらいの価値はあるらしい。

「何だかなー……」

人間の女としてのアイデンティティが崩されそうになりつつ、私達はキララとロナを追ったのだった。



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