夫人からの贈り物
そもそも名のある精霊とは何か。
アウロが魔法の事について教えてくれた際、少し聞いた覚えはあったが、自分には関係ないだろうと深くは聞かなかった。
侯爵夫妻と話を終え、ククルアを迎えに行く道すがらに、やたらと精霊について詳しかったナナーに話を聞いてみる。
「“精霊”とは言いますが、精霊魔法の精霊とは全く異なる存在ですよ。単に別格の強さや能力を持っているだけの生き物で、それがエルフや人間によって“全ての生き物の上位種”として勝手に敬われているだけです」
そう言うと、ナナーはシグラを指さした。
「関係ないような顔をしてますけど、ブネさんも名のある精霊の一柱ですよ」
「え、そうなんですか?」
シグラを見ると、彼はふるふると首を振った。
「しぐら、そんなの、しらない」
「あくまで勝手に敬われているだけですからね。どうせ自分の住処が“霊峰”って言われてる事すら知らないでしょう?ブネさんの場合はビメさんが面白がって人間の相手をしてあげているみたいですよ」
シグラの妹のビメ。
強引な人だなと思っていたけど、面倒見が良い人なんだろう。
……兄の住処に見所のある女性を投げ入れるくらいだし。
そう言えば私にも毎日飲んで強くなれ、と自分の血を大量にくれたっけ。
「でも、だからシグラはルランさんに加護をあげれたんだね」
「名のある精霊の加護は特殊能力が使えるかどうかが醍醐味でしょう。でもそれは名のある精霊の力に浸食された地で生まれたエルフにしか使えないんです。胎児の段階で特殊な能力を使いこなせる器に変わるんですよ。それ以外のエルフや人間は、加護を貰っても精々身体能力の向上くらいなものでしょう」
あ、そう言えばアウロがそんな事を言っていたかも。
「加護と言うのも、エルフや人間が勝手に言っているだけで、ちっとも良い物じゃないですよ?実際は、自分より強い存在の力や血を一気に大量に摂取する事により、その存在に支配されるだけですからね。隷属的な意味で」
逆らえなくなると言う事は、つまりそう言う事なんだろう。
「奥様、お気を付け下さい」
「え?」
「名のある精霊と言われる存在以外でも、それなりに強い力があれば加護を与える事はできるんですよ」
くるりと振り返ったナナーは、人差し指を噛み切り、血を垂らすそれで私を指さした。
「普通の脆弱な人間である奥様は、ただのエルフの血ですら加護を与えられてしまう可能性があります」
シグラが私の手を引き、背中に隠した。
「もしも奥様が誰かの支配下に下れば、ブネさんは貴女を介してその支配した者の命令には逆らえなくなります。ブネさんの為にも、どうぞお気を付け下さい」
背中に冷たい物が走った。
私が気を付けないと、シグラにも迷惑を掛けてしまう。それだけは避けないと……。
ナナーはにこっと笑うとまた歩き出した。
案内された部屋にはククルアの他にアウロとロナも居て、二人はどっさりと荷物を持っていた。
「どうしたんです、それ」
よく見れば、足元にもまだ数箱置いてある。
「それが…急にゴーアン夫人が来たかと思ったら、ほいほいと持たされちゃいまして」
ロナは前も見えないような有様だったので、見かねたシグラが荷物を代わりに持ってあげていた。
あはは、とナナーが笑う。
「ゴーアン夫人が大量にお土産を持ってきたみたいなんですよ。夫人の真心なので、どうぞ受け取ってあげて下さい」
「はあ…」
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ダイネットを展開させてベッドにすると、そこに夫人からの贈り物を積み重ねた。
「とんでもない量だな…」
少々うんざりした様な声でキララが呟いた。
押し入れに入れる様な衣装ケースが6つ。そしてそのケースの半分くらいの箱が3つ。どれも美しい螺鈿細工の意匠が施されていて、使い捨てにするような物ではない。
衣装ケース4つには美しい反物や毛皮などがどっさり入っている。もう2つには食器や茶器が入っていた。
そして小さなケースの2つにアクセサリーや小物が、もう1つにはお茶の筒がぎっしりと入っていた。
キラキラと神々しさを発する贈り物を前にして、私とキララとアウロは心が一つになった。
“豪華すぎて気軽に使えない”
「しゃお~」
ロナが毛皮を持ちあげ、きゃっきゃと触りまくっているのを、アウロが慌てて止める。
それを横目に、キララは「これどうするんだ」と取り敢えずスマホで写真を撮っていた。
「お茶は飲んでも良いよね」
茶筒の蓋をきゅぽんと引き抜くと、ふわっと慣れ親しんだお茶の匂いがした。
「これ、番茶だ」
「うちの家のお茶の匂いだな」
ケースの螺鈿細工にしても、このお茶にしても、そして反物にしても。
「完全に日本ぽいよね」
「な。っぽいよな」
はあ、とキララと一緒に溜息を吐いた。
ニホン公爵の娘であるサクラコ・キョート・ゴーアンさん。
顔立ちは東洋人とは似ても似つかない、迫力のある美人だったが、どう考えても“日本”に所縁があるだろう。
「うらら?」
私達の溜息が気になったのか、シグラが心配そうな顔をして顔を覗き込んできた。
「そう言えば、後で説明するって言ったよね」
贈り物を今すぐ使えそうな物と仕舞っておくものを仕分けながら“日本”について話していくことにした。
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「それだけ共通しているということは、パルさんは否定していましたが、やはり時空の妖精に頼んで召喚儀式をしているというのはまるで嘘でもなさそうですね」
贈り物を仕分けし終え、それぞれ収納してダイネットを元の形に戻す。
少し休憩しようと、貰った番茶を淹れた。
「変わった匂いですね」
「私達からしてみれば、懐かしい匂いですよ」
シグラはじっとお茶を見ながら「うらら、なつかしい、におい…」とぽつりと呟いた。
「しぐら、いってみたい。うららの、せかい」
パルがぎょっとしたような顔でテーブルからにゅっと出てくる。特異点と呼ばれるシグラには、行こうと思えばすぐに異世界へ行けるだけの力があるので、冗談に聞こえなかったのだろう。……冗談だよね?
「今はお前との追いかけっこで時空がボロボロなんだから、これ以上痛めつけるなよ。それにシグラは一度地球に来ただろ。そこで姉に求愛したじゃないか」
キララは贈り物の中に入っていた宝石箱から、緑の石がついたイヤリングを取り出してロナに渡す。
「それ、もしかして念話の?」
「多分。色は違うけどデザイン一緒だし」
渡されたイヤリングをロナはいそいそと付けると、石を弾いた。
ロナはいつもキララと笑い合っているので、念話が出来るのかと思っていたが、そうでもなかったみたいだ。きっと共感力の強い子なんだろう。
キララもルランとのものとは反対側の耳につけ「おお」と声を出したので、念話は成功したようだ。
「……シグラが来たのってオートキャンプ場だったから、この世界にある森の風景とそう変わらかったかもね」
彼の気を逸らそうと思い、ポケットからスマホを取り出し、少し前に探し出していたケーブルでテレビに接続してみる。
ぱっと映し出されたのは、私がまだ学生だった時に友達と一緒に撮った写真だった。
「えーっと。確かここに…」
スマホを操作していく。
夏祭りの写真や、キララが小学校の友達とプールに入っている写真。お父さんが寝ている写真。
成人式で私が着物を着ている写真。
短期大学の卒業式で私とお母さんが一緒に映っている写真。
その後からは、観光地の写真が次々と映し出される。
「私が仕事で行った場所とか、個人的に旅行した場所だよ」
アウロやロナから「おおお」と声が上がった。
「DVDで見た光景と同じですね。あれは本当に実在する世界だったんですねえ」
アウロは偶に日本のドラマ映画のDVDを観ていたから、感慨深いものがあるのだろう。
ロナも千葉の夢の国の写真を見て「しゃお、しゃお!」としきりに声を出していた。
「ウララさんは色々な所に行っていたんですね」
「そうですね。私の両親が外に出たがらない人なので、その反動があるんだと思います」
シグラはじーっと私の手元のスマホを見ている。
「どれか、見たい写真でもあった?」
彼にスマホを渡し、操作を教えるとすぐに器用に使いだす。
映し出されたのは、桜の木の下でバスガイドの制服を着ている私とキララの写真だった。
「うらら、かみ、ながい」
「切ったのはつい最近だからね」
「どうして、きったの?」
「……何となく」
シグラの指が動くと、画面に写される写真が変わる。
「げっ」
キララが声を出した。マダオの写真が出てきたからだ。
一応婚約者だったので、それなりに写真の量は多い。婚約破棄した時点で近場でのデート写真は消したけど、観光地に行った写真は残していたのだ。と言っても、マダオは偶然写り込んでいる程度のものだが。
特にコメントは無いのか、シグラは無言でスマホを操作し、やがてウェディングドレスを着た私の写真が出た。
「しゃお~」
ロナが目をキラキラさせている。
「……私達の世界では結婚式に着るドレスです。ちょっとした理由で特別に着せてもらった時の写真です」
衣装合わせで着させてもらった時に、両親に見せる為に撮ったものだ。この直後に破談になったので、今となっては苦々しいものである。
それにしても、ウェディングドレスには憧れがあったので、マダオにどうしても教会での式が良いと我が侭を言ったけど……。今は、シグラと結婚出来るならドレスじゃなくても、何なら普段着でも全く構わないなあ。
そんなシグラは「けっこん…」と呟いて、ぼーっとその写真を見ていた。




