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そして屋敷は抉られる

ふにっ


必死で叩いていた壁が急に柔らかくなる。その感触に我に返ると、誰かの手が私の手を包み込んでいた。

「……え?」


「うらら。てを、いためるよ」


耳元で温和な声がしたかと思うと、身体をぎゅうっと抱きしめられた。


「し、ぐら?」


震える声で名を呼べば、こめかみ辺りにスリスリと頬擦りされる。赤い髪の毛が私の視界に映った。

「こわかったね、ごめんね」

「シグラ!」

強引に振り返って彼の顔を見ると、考える前に身体が動いた。

「うううう…しぐらぁ」

「ごめんね、うらら」

遠慮も無く力一杯に抱き付いているのに、シグラはびくともせず、優しく私の背中を撫でていく。

それは恐怖で強張っている私の身体から力が抜けるまで続けてくれた。


少し落ち着くと、シグラに夢中になって仕事を放棄していた脳が、一気に動き出す。そしてその違和感を認識した。


「外の音…シグラ以外の声が全然聞こえないけど、結界張った?」

気がついたら、私を恐怖させた男達の暴力の音が全く聞こえなくなっていた。

「うん」

「私を囲んでいた男の人達は?」

音が聞こえないどころか、部屋には私とシグラ以外の人間がいなくなっていた。

「……おいはらった」

追求されたくないのか、不安気な声だ。

別にシグラを責めたいわけではないので、その事に付いては私もそれ以上は何も言わないようにする。

「あのね、それと…」

もう一つ質問をしようとしたところで、ぽたりと私の胸元に何かの雫が落ちた。

「え?」と顔を上げて改めて彼の顔を見ると、眉が頼りなく八の字になり、目元には涙が浮かんでいた。


―――あ


私は自分の事でいっぱいいっぱいだったが、彼もまた傷ついている事に漸く気がついた。

慌てて手を伸ばしてシグラの頭に手を置き、撫でてやる。

「ごめんね、シグラ。助けにきてくれてありがとう」

「……ううん……、しぐら、おそくなった……あんな、おす、うららに、みせたく、なかった」

気が緩んだのか、彼の目からぽろぽろと涙がこぼれだした。

「遅くないよ。それにシグラの結界が守ってくれたよ」

シグラの頭を胸に抱き込み、あやそうと背中をぽんぽんと叩く。

だがすぐに胸元からくぐもった声で「ねちゃう…」という声がしてきたので、慌てて手を放した。

ここで寝られるとちょっと困る。


「あ、あのね。それでちょっと訊きたいんだけど」

「なに?」

涙がおさまってきたシグラに、先程訊こうとした質問をしてみる。


「どうして天井が無くなってるの?」


そう、ここは薄暗い部屋だったのに、今は太陽の光が降り注いでいた。

これはもしかしなくても、シグラが暴走してしまったのではなかろうか。……最悪、ドラゴンだとバレるような行為をしてしまったのなら、すぐに逃げないといけないかもしれない。


私の問いにシグラは言い難そうに「……ろ、ろのうぇが、こわした」とぽつりと呟いた。


「ろのうぇ?」

何処かで聞いたことのある名前だなあと思っていると、ふわっと風が舞い込んできた。

その風は急に勢いを増して旋風となり、私の身体はシグラと共に浮き上がった。

「竜巻!?」

「しぐらに、つかまってて」

風は私達を上へ上へと押し上げ、やげてふっと消える。そんな風に慌てることなく、私を横抱きにしたシグラはバランスを崩さずに着地する。着地した場所は……地上だった。


「うらら、いるのに、きゅうに、まほう、つかうな」

シグラが苛立ちながら振り向くと、そこには髪の毛が所々焦げ、多数の擦り傷を作ったナナーが、疲れたような顔で立っていた。

彼女は何か言っているようだが、防音の結界をされている私には何も聞こえない。そんな私の様子に気づいたらしいナナーは、シグラに対して何か抗議をはじめたようだ。


「……から、どうするつもりだったんです!奥様はブネさんがドラゴンであることを隠したがっていたでしょう!」

途中から彼女の声が聞こえだす。シグラが結界を解いたのだ。


「あの、ナナーさん。事情が良くわからないのですが、どうしてシグラを責めているんですか?」

「あ、防音の結界が消えましたか。奥様、コレをやったのは私ではないですからね!冤罪です!」


ナナーが指さした先は、半分抉られた屋敷のなれの果てであった。



■■■



シグラが私の異変に気付いたのは、割と早い段階だったらしい。

私に張った結界が微量の魔力を感知した瞬間に気付いていたようで、それはきっとスライム爆散の時だろう。

「水みたいなスライム?……それは多分人工(じんこう)スライムだと思いますよ」

人工スライム。キララが買ってきて、バスコンのトイレの番人をしてくれているアレかな。人体くらいの固いものは溶かさないと言っていたけど。

「ええ、おトイレ用に売られているやつです。あいつらは柔らかい材質は溶かしますからね、シルク素材は多分溶かされますよ。今奥様が身に付けられているワンピースもシルクですよね?」

スライムは私が着ている服に触れた途端に溶かそうとして、魔力を使ったのだろう。それでシグラの結界に弾かれたようだ。


「それで、奥様に魔法攻撃が加えられたと知ったブネさんがキレちゃって、ドラゴンになろうとしたんですよ。流石にそれは拙いと思い、決死の覚悟で私が止めに入りまして。そのせいで救出が遅れたことは申し訳ありませんでした」

ナナーの焦げ痕や擦り傷ってまさか。

「まあ、奥様の『助けて』って声が聞こえた瞬間にブネさんが人間のままブレス吐いてぶっ壊しちゃいましたけど」

「けっかい、はったから、だいじょうぶ」

「確かに張ってましたね。このお屋敷を覆う檻の結界を。だから被害は外に出ていませんが、このお屋敷の惨状どうするんですか……」


壁が無くなったエントランス部分には、ロロットとメイド達が泡を吹いて倒れているのが見えた。

更に周囲を見れば、やじ馬たちが集まりつつあるのがわかった。


「…………。」


シグラはじっとナナーを見て、「おまえ、なんとかしろ」と言いきった。


「私に丸投げですか?冗談ですよね。ブネさんの仕業じゃないですか」

「おまえ、しぐらのこと、じゃました。ゆるさない。それに、しかけてきたの、おまえの、しゅじん」

「お嬢様が仕掛けたのは否定しませんが、むしろ私は助けたじゃないですか。ブネさんがドラゴンになってたら、もっと大変な事になってたんですからね」


「しぐら、しらない。かえる」


シグラはナナーを無視することにしたようで、私を横抱きにしたまま歩き出す。その足はバスコンの前に着くまで止まることは無かった。



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