??視点
『ねえねえ、聞いた?』
『あ、あのお客様達の話?今日はどんな事されてたの?』
業務を終えたメイドの皆が、きゃっきゃと騒ぎながら与えられた部屋に戻っている。
『お客様達の荷馬車でお昼の間ずーっと過ごされていたらしいの!』
『やだ、本当?』
『しかも出てこられた時は旦那様が奥様を横抱きにされていたって…!歩く事ができなかったみたいで!』
もう「きゃー」ではなく「ぎゃー」の域だなあと苦笑する。
こんな田舎の静養地では話題も乏しいし、それも仕方ないのかもしれないね。
『あ、ナナー!』
おっと、見つかった。
『ナナーはあのお客様達のお世話役でしょ?何か面白いお話ないの?』
キラキラした目で皆が私を見てくる。可愛いね。
『そうですねー。旦那様の方が相当嫉妬深いみたいで、女の私でも奥様に近寄るなと煩いんですよ』
部屋の扉を開けると、一斉に同室の女の子達がベッドに転がった。
『良いな~、良いな~』
『私も平民で良いから、あんな旦那様が欲しい!』
『あら、あの人達は平民ではないと思うわよ?近くに行くとわかりますが、あの方達の髪や手は綺麗そのものでしたもの。あれは平民の手ではないわ』
そうだね、ドラゴンだからね。ドラゴンは多分手荒れも肌荒れもしないよ。
でも私のアウロちゃん親子はまだしも、ウララさんやキララさんも綺麗な手をしているし、性格もひん曲がっている様子は無かったから、相当育ちが良い気がする。ブネさんは何処から攫ってきたんだろう!
羨ましいなあ~。
『確かに、恩人とは言え、ルラン様の彼らに接する態度は高貴な方に対するそれよね。そもそもルラン様に平民のお知り合いはいらっしゃらないわね』
ルランさんの名前が出ると、彼女たちは一斉に溜息を吐いた。
『もっとごゆっくりされると思ってたのに』
『ね~』
憧憬の気持ち8割、真の雇用主であるゴーアン侯爵家の方に仕えられる喜び2割ってところかな。
本当、管理を任されているロークは最悪だもんねえ。
ロークの性格が悪すぎて、彼の奥さんは完全に心を閉ざしているし、長男さんも可哀想なものよ。そして極め付けに性格最悪長女。あれは駄目。女の子が大好きな私でも無理。
『ルラン様のお話はあまりしない方が良いわ。……何処でロロットお嬢様が聞いているかわからないもの』
一人のメイドがそう言うと、皆一斉に辺りを見回す。
『ふふふ、大丈夫だよ。防音の結界張ってるから』
私の言葉に、皆がぱああっと表情を明るくさせた。
『流石エルフー!』
『頼りになる!愛してるわ、ナナー!』
『ふふふ、私も愛してるわ、今夜は一緒に眠りましょう?』
『それは嫌ー。ナナーっていやらしい所触ってくるもん』
きゃっきゃ、と笑い合う声。ああ、やっぱり女の子って良い~。
『そういえば、ロロットお嬢様と言えば』
防音の結界を張っているって言っているのに、皆は顔を寄せ合い、声を顰める。
『お客様の…あの旦那様を狙ってるって聞いたんだけど、本当?』
『えー、嘘ー。ルラン様やテラン様を狙ってるのに、此処にきて新しい男?しかも既婚者!』
『セラン様も狙われてたわよね。全く相手されてなかったけど』
セランさん、ルランさん、テランさん。ゴーアン侯爵家の3兄弟。
セランさんは御嫡男だし、ルランさんは爵位を貰えるくらいの功績は残せそうな人材。テランさんは精霊付きで、聖騎士の素質アリ。どれをとっても優良物件というやつだ。私は女の子の方が良いけど。
『あの奥様も災難ね。最初はルラン様の恋人かと疑われて、部屋に閉じ込められてたんでしょう?』
『そうそう。子供もいたのに、酷い事をするわよね』
『でも、大丈夫かしら』
ふう、と一人の女の子が息を吐く。
『お嬢様はローク様と同じでとんでもなく性格が悪いわ。このカントリーハウスにセラン様の奥様…当時はご婚約者だったけど。その方が遊びに来られた時のこと、覚えてる?』
『ええ、覚えてるわ。錬金術師から買った魔道具で魔獣を召喚して嗾けたのよね』
『魔道具の暴発事故だった!って最後までシラを切っていたけど、あれは確実にロロットお嬢様の仕業だったわ』
魔獣かあ、怖いなあ。でもまあ、ブネさんならあっさりと蹴散らすだろうけど。
でも普通の人間は駄目。齧られた場所が即死場所じゃなくても、ただのショックで死んじゃうくらい脆いのを私は知っている。
しかもか弱い女の子は自分が齧られたわけじゃないのに、他人が齧られるところ見ただけで心が壊れちゃうこともあるって言うし。本当に可愛い。女の子大好き……。
夕方に忠告しておいたけど、もう一度念押ししてこようかなあ?
キララさんやウララさんがまだお風呂に入ってないなら、また浴室に押しかけちゃおう。
■■■
『それ以上ウララに近づくなら、首から上を焼失するか、首から下を焼失するかを選んでからにしろ』
『え、やだ。どっちも死んじゃうじゃないですか。近づかないので勘弁して下さい』
防音の結界を使って忍び込んだのに、寝室に入る一歩手前でブネさんに捕まってしまった。
ブネさんはその場に座ると、私にも座れと言ってきた。リビングに行けばソファセットがあるのに、何故地べたに座れと?
考えた事をそのまま問うと、物凄く睨まれた。
『貴様、私にウララの傍からこれ以上離れろと?』
『普通のドラゴンは平気で番から離れてますけどね』
よっこいせ、と私もその場に座る。
『何をしに来た』
『昔馴染みのよしみで少々忠告を。ブネさん、ここのお屋敷のお嬢様から好かれてるみたいですよ。あ、好かれてるってわかります?ドラゴン的に言えば自分のモノにしたいって事ですよ』
ブネさんは眉間に皺を寄せる。
『それで、ウララさんに嫉妬して魔獣を嗾けてくるかもしれません』
『魔獣か。それはアイムか?』
『さあ、詳細まではちょっと。でもご存知だったんですか?』
既に嗾けられていたのかな。アイムと言えば炎を吐く猫ちゃんだ。
『不発だったがな。本にアイムを召喚する魔方陣が描かれた紙が挟んであった』
紙を開いた途端にアイムが召喚される仕組みだったのかな。……でも不発?
『車内に持ち込んだ際、車に張っている害意を弾く結界は動かなかった。つまりその時には既に壊れていたのだろう。書斎で私が本を持った瞬間に魔方陣が壊れたかな』
『へえ。ああ、車ってあの荷馬車ですか?』
『迂闊だったな。ウララにあんな汚い紙を見せてしまった』
おお、あのブネさんが落ち込んでいる。怖いな、天変地異の前触れかもしれない。
『でもブネさんが読むような本に挟んであったんですね。ターゲットがウララさんなら、女性が好みそうな本に挟めば良いのに』
阿呆なのかな。まあ、あのお嬢様だもんなあ。
『本は昨年流行った恋愛小説だ。ロナが言っていた“おはようのチュー”とやらが良く分からなかったから、時空の概念に訊いたらそれを勧められた』
『ぶほう!!』
去年の恋愛小説のベストセラーなら、恐らくあれかな!異国の王子様と侍女の身分違いの恋に悩むやつ。禁断の愛というのが受けて、御婦人に売れに売れたんだよね。勿論私も読んだよ!
それをブネさんが読むとか。こんなに笑ったの、千年ぶりかも。
『魔方陣の紙はその本のもの以外にも、この部屋の至る所で見つけた』
『あのお嬢様はねちっこいですからね』
恐らく、この部屋以外にもまだあるだろう。メイドの女の子が間違って開いて怪我したら大変だ。
私も今夜は撤去作業しようかな。女の子達の為なら、徹夜なんてどうってことないし。
『気を付けて下さいよ、ブネさん。ウララさん自身はブネさんの結界で傷一つ付かないでしょうが、目の前に魔獣が現れたり、他人であっても人が魔獣に食い殺される瞬間を見るだけで、心は簡単に壊れますから』
頑丈なドラゴンは疎いからなあ。
しかし意外にも“ふん”とブネさんは鼻を鳴らした。
『知っている。ウララは身体も心も全てが柔らかい』
『ほう!柔らかいのですか』
良いなあ。女の子可愛いなあ。
『おい貴様』
ガシリとブネさんに片手で頭を掴まれる。
『い、痛いです。痛い痛い!ちょっと何なんですか!』
『私のウララで変な妄想したら、脳みそを蒸発させるぞ』
『止めて下さい、私ドラゴンじゃないんだから、死んじゃいます!私が死んだら郷の皆が悲しみます!』
ぎりぎりと締められる、痛い痛い。ちょ、本当にヒビ入ったかも。
『さっさと郷に帰れ。エルフに姿を変えまでして……貴様の加護を持つエルフが迷惑しているだろ』
『良いじゃないですか、ちょっとくらい。私だって偶には羽を伸ばしたいんですよ。ブネさんだって住処から出てるじゃないですか!』
『雄ドラゴンの住処は番になった雌の傍だ』
『ブネさんはあと一万年は独身だと思ってたのに!くーっ!私もお嫁さんが欲しいです!』
数千年前にビメさんにブネさんの住処に放り投げられ、死ぬ気で逃げたのは今となっては良い思い出だ。可愛い女の子だからとホイホイ付いていくものじゃない、という教訓にもなっている。
それにしても……あれから偶に郷の子達の為にブネさんに血を貰いに行ったのに、いつも寝てたからね、このドラゴン。本当、何処で奥さん見つけてきたんだろう。
『貴様の場合は婿だろ』
嫌だ嫌だ!可愛い女の子じゃないと、守りたくない!
『アウロのような雄にも加護を与えているだろ、その調子でどこぞかで雄を拾ってこい』
『アウロちゃんも昔はすごく可愛い子だったんです!か弱い乳飲み子な男の子なら愛せますからね』
『ならば乳飲み子を婿にすれば良い』
『大きくなるじゃないですか、無理です』
あれ?忠告にきただけなのに。何かブネさんに結婚相談してる気分。
埒が明かんな、とブネさんに首根っこを掴まれて思い切り投げ飛ばされた。私、一応女の子なのですが。
『粗暴だから、奥さんのお胸に手の痕がべったり残るんですよ!』
『あれはビメの仕業だ』
うわ、ビメさんか。
『とにかく、ウララには指一本触れるな。消失させるからな』
『骨くらいは残して下さいよ』
『残したければ、貴様の気合で残れ。私は容赦しない』
雄のドラゴンってこんなに嫉妬深かったかなあ。確かに彼らは番の雌に異性を弾く結界は張るけど、あれは雌を奪われない為であって、執着しているわけじゃない。
『用事が終わったならさっさと消えろ、ロノウェ』
 




