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第六話:シグラ

 陽が落ちたので車内の照明を付ける。

 テレビもつけ、DVDをセットした。


 このDVDは母から持たされた餞別で、色々なジャンルの物がまだまだ大量にある。多分毎日観ても数年間は尽きない量だ。父からも大量の漫画本と雑誌を餞別に渡されたけど、旅に行くと言ったのに室内で時間が潰せるものを持たせるとは……流石インドア派な両親だ。

 夜は暇だろうからと持ってきた私も私だけど。


 ちなみにキララも両親から餞別を貰っていた。……ゲーム実機とソフトだ。

 梨太郎電鉄とパインクラフト。時間つぶしには持ってこいだと言って父が餞別にくれたそうだ。

 リアルで旅とキャンプをするのに、どうしてこのゲームをチョイスするのかとツッコみたいところである。


 閑話休題。


 このバスコンにはソーラーパネルで充電できるサブバッテリーを4基搭載しているが、外部電源からの充電が出来ないこの状況では、電気を節約しないといけないだろうかと、一抹の不安を覚える。


 しかし今夜だけは贅沢に電気を使って、気を紛らわしたい。だって“彼”の存在が怖すぎるから。


「あおうおう?」

「あいうえお、だよ」


 ダイネットのテーブルで、妹のキララに日本語を教えてもらっている特異点(ドラゴン)

 ちなみに腰にバスタオルだけというのはあまりに可哀想で此方も目の遣りどころが無いので、シーツを切って貫頭衣にして着せている。


 確かに暴力的な行為はしてこないし、私を見る彼の目はとても優しい……気がする。

 しかし、あいさつ代わりに炎を吐いてくるドラゴンに対して、恐怖心が無くなる事はないと思う。


 キララは既に慣れてしまったのか、全く物怖じせずに彼に接している。子供の順応力すごいなあと思ったけど、もしかしてキララはストックホルム症候群になってる?大丈夫かな……。


 とにかく私がしっかりしないといけない。そう気を張っていたのだが、正直、精神がいっぱいいっぱいになっている自覚がある。


 癒しが欲しい……お風呂入りたい……。


 バスコンにはシャワーがついているが、電気同様水も有限だ。


 窓からちらりと湖を見る。

「あの湖さ、飲料水になるくらい綺麗だったりするかな」

『毒はありませんが、飲むのなら濾過と煮沸をおススメします』

 その程度の水ということか。綺麗な水じゃないならバスコンのタンクに入れるのは待った方がいいだろう。

 売り物じゃなくて自然の水だったら概念に頼んで給水タンクと空間を繋げてもらうのも良いなって思ったんだけどなあ。


「姉ー。ちょっといいか?」

「どうした妹よ」

 窓のカーテンを閉めて、キララ達の方に目を向ける。


「特異点の名前を決めないか?あと、その概念にも」

「ん、ああ。確かに特異点はないよね。というより、特異点さんは親に付けてもらった名前とかはないのかな?特異点さんに訊いてみてくれる、概念ちゃん」

 概念に頼むと『あった気がするけど、忘れたと言っています』と言う回答が戻って来た。

 なんだそりゃ。


「じゃあ、私達で勝手に付けて呼ばせてもらっていい?」

『良いって言ってます』

 ふーむ。


「特異点は英語でシンギュラー・ポイント、シンギュラリティ、シングラリティ……。シギュラか、シグラくらいが呼びやすいかな」

「じゃあシグラにしよう。小さい『ュ』をまだ教えてないから」

 結構簡単に決めちゃったけど、そんなので良いのかな。

 とは言っても、私達姉妹の名前からわかると思うけど、私達はキラキラネームを付けた親の血を引いている。そんな私達があまりにも深い意味がある名前を付けようとすると、とんでもない荘厳な名前になりそうだから、これくらいでいいのかもしれない。

「概念はどうする?」

「概念ちゃんは名前、勝手につけてもいいの?」

『別に構いません。私は本来なら形もなき概念。お好きなようにお呼び下さい』

「じゃあ、並行宇宙のパラレルワールドからとって、パルとかどう?」

「安易だがわかりやすい。それでいいぞ」

『では、『パル』という言葉は私を指していることを覚えておきましょう』


「し、う、ら」

 特異点改めシグラのたどたどしい言葉に、キララが「シグラだよ、し、ぐ、ら」と教え込ませていく。


「しぐら、うらら、きらら」


 シグラは指をさしながらそれぞれの名前を言い、キララがこくんと頷いたのを見て嬉しそうに笑う。

「うらら、うらら」

 私の方を向いて何度も名前を呼ぶから、私もシグラを指さし「シグラさん」と呼ぶ。

「……?」

 何か不思議な事があったのか、シグラは首を傾げた。

「さん付けしたから混乱してるんだよ、姉」

「ああ成程。……シグラ」

 改めて名前を呼ぶと、今度は嬉しそうに笑った。

 人懐っこい子犬みたい。


 これが彼の素の性格なのなら、そのうち彼への恐怖心も薄れてくれるかもしれない。


 それから暫く勉強の様子を見ていたが、アラーム時計が鳴ったので我にかえる。


「6時だ。そろそろ晩ご飯にしよう」

「ごあん」

「ご、は、ん。今日は何食べるんだ?」


 冷蔵庫を開けて、肉を取り出す。ついでに道の駅で買ったトウモロコシとトマトも出す。

「今日はバーベキューの予定だったけど、どうする?」

「おお~!さんせーい!」

「あんえーい」

「さ、ん、せ、い」


 お米については炊飯器も一応あるけど電気の消費を抑えたいので、今日は外で飯ごうで炊こう。

 ランタンを持って外に出ると、キララとシグラも車から降りてくる。

「パルが言っていたがシグラは雑食だそうだぞ」

「雑食って……言い方おかしいでしょ、動物じゃないんだから」

「ドラゴンだけどな」


 キララは車の後ろに回り、外部収納の扉を開けて釣竿を取りだした。


「米が炊くまで食材を捕る」

「あはは。期待してるよ」

「任せろ。釣り漫画は読んだことがある」


 私は外部収納から折り畳み式のバーベキューコンロを引っ張り出し、火を入れて飯ごうの準備をする。飯ごうは私とキララの分で一応2つ持ってきていて、1つで最大4合まで炊ける。シグラがどれだけ食べるかわからないけど、私達は二人合わせて1合くらいしか食べないし、流石に4合炊けば足りるだろう。

 なので、今日使う飯ごうは1つのみにした。


 さて、飯ごうは火に掛ける前に夏場なら30分ほど米を水に浸しておかなければならない。

 それを待つ間、外部収納から折り畳み式のキャンプテーブルとアウトドアチェアを取りだす。チェアを置いてテーブルを組み立てたら、一度車内に戻って食材と食器を持って降りた。野菜はカット野菜だし、肉も焼き肉用にカットしてあるので、これ以上何もやる事は無い。

「後はお米待ちかなー」


 周りを見回すと、キララは一人で釣りをしている。

 シグラは?ときょろきょろ探していると、パルが森の方を指さした。

『肉を焼いて食べると説明したら、狩りに行きました』

「え?狩り?」

 月明かりしかない森の中は真っ暗で、目を凝らせば何かがいそうな気がして思わず体が震える。


「あ、のさ。今更だけど、この周辺に危険な動物とかいる、かな?」


 風に吹かれた木々がざざざっと音を立てる。


『ペリュトンという動物は知っていますか?』

「………知らない」

『鹿の頭と足で、体は鳥。翼を持っていて空を飛びます』


 鹿と鳥かー……可食部が多そうな組み合わせだなあ。


「それ、危険なの?」

 鳥は猛禽類だとやばそうだけど、鹿は臆病な草食動物だ。


『人を殺す習性を持っています』


「キララー!!車に戻ってーー!!」


 すぐにキララのところに走り寄り、脇に手を差し込んで強制的に立ち上がらせる。

「邪魔をするな姉。今良いところなんだぞ」

「車に乗ってな!何かヤバそうな動物がこの辺に生息し……って、すっごい大漁だね!?」

 バケツの中に積み重なるように入れられた魚がぴちぴちと元気よく跳ねている。

 やだ、うちの妹天才!って、それどころじゃない!


「危ない動物がいるらしいから、車に入ってて!」

「何がいるんだ?」

「鹿と鳥の危ない奴!」


 え?とキララは訊き返してくる。


「それってヤバい奴だったのか?」

 キララをエントランスドアに押し込み、自分も一緒に乗り込む。

「それってって…キララは知ってたの?ぺなんとかっていう動物」

「いや…名前は知らんが、湖の向こうに一頭いてこっちを見ていたぞ」

「は?」


 バッと振り向いて窓に貼りつき、湖を見る。

「ごめん。明かり消して。外が見えない」

「ん」

 ぱっと照明が落とされると、月明かりに照らされただけの外が不鮮明だが見えた。

 湖を眺めると、確かに翼の生えた鹿が一頭いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] あの…話がこのパートまで進んだ時点で概念にパルという呼び名が付いたようですが、だとすると >第三話:時空の概念【キララ視点】 の最後の行 >恥ずかしいから口に出さなかったのに、ぱ…パル…
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