屋敷の管理人家族
翌日、応接室のような場所で朝食をとらせてもらい、その後ルランに『紹介したい人物がいるのですが』と打診をされた。
恐らくこの屋敷の管理を任されている叔父夫妻だろう。押しかけた上での一宿一飯(朝も頂いたので二飯か)のお礼を言わないといけないので、了承した。
私が頷いたのを見たルランはアウロに何か言った後に席を立ち、部屋から出て行った。
「連れてきますね、と」
「え?」
私達の方から会いに行くのだろうと思っていたのに。
やがて現れたのは、お互い40代前半の夫妻と、ルランにどことなく似た大学生くらいの青年。そしてお姫様のような格好をした中学生くらいの女の子だった。
シグラは興味なさげに彼らを一瞥したが、四人の後にナナーも入室してきたので、きゅっと眉間に皺を寄せた。
どうしてシグラはこんなにナナーを警戒するんだろう。確かに昨日の浴室での出来事は酷かったけど。
対面に座っていたキララとロナが私達の方に席を移ると、キララ達が座っていた場所に夫妻達4人が座った。
アウロは私達の座るソファの後ろに立ち、ナナーも同じように夫妻の後ろに立った。通訳の為だろう。
ルランはシグラの傍らに立ち、喋りだした。夫妻に私達の事を紹介しているようだ。
「ウララさん、彼らはこのカントリーハウスの管理をゴーアン侯爵から委託されているご家族です。旦那さんはゴーアン侯爵の弟さんでローク・ゴーアンさん、奥さんはジョット・ゴーアンさん。息子さんはクック・ゴーアンさん。娘さんはロロット・ゴーアンさんだそうです」
ロークは小太りで神経質そうだ。その妻ジョットは能面のような表情の無い人。
クックはおどおどした様子の男性で、ロロットは……何故か私を睨み付けている。
「ミドルネームは無いんですね」
「貴族ではないからでしょう」
アウロの言葉にキララが首を傾げる。
「でもゴーアン侯爵の弟なんだろ?」
「長子相続なんじゃないの?」
財産の分散を防ぐために爵位も領地も全て長子が受け継ぐので、他の兄弟には何も残らない。そして爵位を持っていない者は貴族ではなく平民だ。
「確かにこの国は長子相続ですが、大貴族の縁者で平民というのは珍しいですよ、奥様」
対面側にいるナナーがにっこり笑いながら話しかけてきた。それと同時にシグラの目が鋭くなる。猫が威嚇してるみたいで可愛いと思ってしまった。
「大抵は武官か文官になって適当な功績を上げて爵位を貰うものなのです。それが難しいなら教会の神官になります。平民になったと言う事は、それすら出来なかった人間、となりますね」
ナナーは穏やかな顔でかなり辛辣な事を言い始める。
仮にも雇い主を前にして悪口だなんて…と心配していると、彼女は笑みを深くした。
「ご心配頂き、嬉しゅうございます。しかしご安心下さい。私達が何を喋っているのか、彼らには理解する術がありません。仮にわかった所で、彼らに私を解雇する権限はありません」
ナナーを雇っているのはロークではなく、ゴーアン侯爵のようだ。
自分達が蚊帳の外になっていると感じたのか、ここでロークが声を上げた。
「しゃおしゃお?しゃおしゃしゃおおしゃ。しゃおおしゃしゃお」
「何を話している?エルフは通訳の仕事すらできないのか。やはり劣った亜人といったところか」
アウロは淡々と通訳をする。
どうやらロークはエルフへの偏見を相当持っている人らしい。そんな人間の下で働くナナーはさぞストレスを感じていることだろう。先程の悪口も、嫌いな上司にこっそり雑巾の絞り汁を混ぜたお茶を出すOLみたいな感じなのかもしれない。
ルランが咳払いをすると、ロークは口を閉じた。
今度はルランが話し出す。
「ウララさん。ルランさんは王都に行くために、このカントリーハウスを近日中に発つそうです」
「王都」
錬金術師の件だろうか。
「その際、ウララさん達にはこのフラウに残ってもらいたいのだと」
「え?」
驚いてルランを見ると、彼はイヤリングを弾いた。
「姉」
キララが私の耳に手を当てる。ルランの念話はナナーに聞かれては少々拙い内容のようだ。
「異世界人である私達が王都に行ったら監禁される恐れがある。だから、自分が錬金術師に話を聞きに行くとルランが言っている」
「それは有り難いけど、流石にルランさんに迷惑じゃないかな」
「……、いや、私達が監禁されたら、シグラが激怒して王宮壊すだろうから。逆に自分だけを行かせてほしいってお願いされてるんだが」
確かにシグラならやりかねない。
でも、やっぱり私達の都合で他の人を走らせるのは心苦しいなあ。
ふと視線を感じて前を見ると、ロークと目が合う。
「……はあ」
いろいろと思うところもあるが、ローク家族の前で「いえいえ、そんな」という応酬をするのもアレなので、ひとまず「わかりました」と引き下がろう。もしかして私が遠慮すると思って、ルランはわざと此処でその話題を出したのかもしれない。
「キララ、ルランさんにありがとうございます、と伝えて」
「りょ」
キララから念話が届いたルランは私に向かって一つ頷くと、視線をローク家族に向けて、また話し出した。
「この方々は俺の大事な恩人です。くれぐれも失礼のないように、よろしくお願いします、と」
それに対してロークは深々とルランに頭を下げていた。
叔父と甥の関係だが、ルランの方が立場は上なのだろう。
話が終わり、ローク家族が席を立った。
ロロットは結局終始此方を睨み付けていた。初対面なのに、何処に怒りのポイントがあったのやら。……もしかして、昨日意地悪をしたのは彼女だったりして?
何だかあまり関わり合いたくない家族だなというのが、第一印象だった。
「あ、一宿一飯のお礼忘れてた」
「ルランに言っとけば良いんじゃないか?」
ローク家族が去った後ナナーも退室しようとしたが、その前に、と振り向いた。
「あお、あお…」
「え?ドラゴンの言葉?」
一気に背筋が冷たくなる。
―――彼女はシグラがドラゴンだと知っていた?
この場所に降り立った時に見られたのだろうか。それとも別の理由で知った?
そんな私の戸惑いに気づいたのか、ナナーは「ふふ」と笑った。
「警戒なさらないで下さい奥様。念話が届かない相手なんてドラゴンくらいなものなので、偶然知っただけですよ」
「だ…誰かにシグラがドラゴンだと言いましたか?」
「いいえ。このような大事、ゴーアン侯爵様かルラン様に指示を仰いでからではないとと思いましたので」
「……シグラがドラゴンだということは、黙っていて下さいませんか。ルランさんの命令が必要なら、彼にもそのようにお願いしますから」
「畏まりました。既にルラン様からはそのように伺っております、ご安心下さい」
ナナーは一礼すると、今度こそ部屋から出て行った。
ナナーというエルフの性格がいまいちわからない。本当に内緒にしてくれるのだろうか?
彼女を見送ってから隣のシグラを見ると、彼はとんでもなくしょんぼりとした顔をしてた。
「シグラ、ナナーさんは何て言ったの?」
「やさしく、さわれって」
「はい?」
どういう事?とアウロを見る。
アウロは何と言って良いのか、と苦笑しながら会話ではなく念話で教えてくれた。
【ウララさんの胸にくっきりと手の痣があったと。なので、ウララさんが大事なら優しく触らないと駄目ですよ、と】
「勘違いしないで下さい!あれはシグラじゃなくて、ビメさんの手の痕ですからね!」
昨日の浴場での攻防で、胸の痣をナナーに見られていたみたいだ。変な誤解をしているみたいだから、訂正しないと。
と、その前に。
「まだ、あざ、なおってない……。うらら、やわらかい……しぐら、うらら、こわすの、やだ」
私に触るのを怖がりだしたシグラをフォローしておかないと!




