緊急会議:セラン視点
セラン・ゴーアンラ・ゴーアン。それが私の名前だ。
ゴーアン侯爵家の嫡男として生まれ、今は儀礼称号として父の保有する二番目の爵位、ノーク伯爵を名乗っている。
参議をしており、黒竜騒ぎの為、王宮に詰めていた。
その黒竜だが、現れたものの、聖騎士により退けられたと報告が来たため、警戒する必要もないだろうという結論に達した。
今日は屋敷に戻れると思ったのだが。
『西部に湖竜出現?成体の黒竜が出たという報告があったばかりなのに!』
『黒竜を退けたという聖騎士は何処の教会に所属している聖騎士なんだ?!湖竜の出現地は黒竜が出現した場所から近いだろう!』
『領地こそ子爵領と伯爵領と分かれていますが、距離からすればかなり近い位置ですね』
湖竜出現の一報に、王宮の会議室に参議が集まり、円卓を囲んでいた。
『陛下は何と?』
『早急に鎮圧せよと。そのうち湖竜出現地の伯爵…テン伯爵ですな。テン伯爵が上奏に来られるでしょう』
鎮圧しろなど、言うだけなら容易い事だ。どう鎮圧すべきか。
湖竜は下手に接触すると、怒り狂い、津波を起こす。忽ちその場が湖と化すために湖竜と呼ばれるドラゴンの一種だ。
ドラゴンなど滅多に人里に降りてこないと言うのに、何故こんなに立て続けに。
ふと頭に西の辺境地にいるであろう弟の顔が浮かぶ。そう言えばルランは無事なんだろうか。
母上から魔道具を介して大慌てで連絡が来たが、混乱していたのか、ぐちゃぐちゃでさっぱり読めなかった。……まさか殉職でもしたか?―――そのうち適当に武功をたてさせ、陛下から爵位を戴けるようお膳立てしようと考えていたのに。
精霊付きでもないのに無理を言って聖騎士として辺境地へ行ってしまった、私のすぐ下の弟。
本来なら他の兄弟が行くはずだったのだが、ルラン以外の兄弟は私も含めて皆、武芸はからっきしだからな。
『ノーク卿』
名を呼ばれて顔を上げる。最近髭を生やしだした同僚が此方を見ていた。
『聖騎士として卿の弟君が西の辺境地へと任務に行かれておられますな』
『ええ。精霊オリアスの聖騎士として派遣されております。それが何か?』
『その任務内容、ご存知か』
恐らくは、と頷く。
弟は何も言わないし、教会からも詳しい話は聞かないが、あの辺境地における懸念事項など決まっている。
『御落胤とその生みの親の監視でしょうね』
同僚は頷いた。そして声を低くする。
『御落胤というのも眉唾ですがな。あの女は畏れ多くも陛下とは別に男がいた。その男だが、錬金術師だと聞く』
『……それがドラゴンの話と何か関係が?』
今はドラゴンの対策会議をしているのだ、世間話なら暇な時にして欲しい。
『あの錬金術師、どうも良からぬことを企てているらしい。あの女に生活費として毎月それなりの金が支払われているでしょう?それを使って秘密裏にドラゴンの素材を買い漁っているそうで』
ドラゴンの素材か。
滅多に出回らない素材だ。血の一滴すら莫大な金で取引されると聞く。
『その錬金術師がこのドラゴン騒ぎに加担しているとでも?』
同じ西部ではあるが、それは流石にないだろう。
『無い、とは言い切れますまい。実際、弟君が派遣された辺境伯爵領内でも不可思議なドラゴンが目撃されているではありませんか』
『は?』
思わずぽかんと同僚の顔を見た。
『ご存知無かったので?どうもそのドラゴンは人の姿を取り、人間の女を妻にしていると。多くの精霊教会の間で情報が回っているようです』
この同僚の家が教会の中に放っている密偵からの情報だろう。
だとすれば、私の家も同じ情報を掴んでいる筈だ。
……もしや母上の報せにあったのだろうか。面倒がらずに、あの字を覚えたての幼児が考えたような文章を解読しておくべきだったな。
『恥ずかしながら、情報の行き違いがあったみたいです。しかし、それは真で?』
『さて。真偽はまだなんとも。ですが、教会は血眼になっているようですな』
『でしょうね。人間の女がドラゴンの番など、黄金姫の再来でしょう。上手く利用すれば莫大な資産が手に入る』
しかし、教会の話が真実ならば、この短い間で3度ドラゴンが現れたとなる。特に、曰く付きの錬金術師がいる場所での目撃例は放置できない。
まさかとは思うが、その錬金術師が人間の女がドラゴンと番になる術を編み出した可能性もある。
情報が足りないな。
『仮に、その錬金術師の企てだとすれば、大変な事になりますね』
『ええ。精霊オリアスの信託も実に気味が悪い』
―――この国の辺境の地にて希望の種が死に瀕している
名のある精霊なら、もっと具体的な事を言えばいいのに。不明瞭な情報に嫌気がさす。
同僚と頷き合っていると、扉がノックされた。
そして湖竜が紅竜に連れ去られたという、更に混乱するような情報が届けられたのだ。
■■■
はあ……
溜息しか出ない。
黒竜、湖竜、紅竜。そして人間の女を番にし、人の姿になっているというドラゴン。
どれをとっても厄介な事この上ない。
未成体のドラゴンすら人間には討伐が難しいのだ。成体のドラゴンが現れれば、それは国の滅亡と同義だと言っても過言ではないだろう。
湖竜の件は、湖竜が本格的に暴れる前に紅竜に連れ去られたので、被害はそこまで出ていないという。
テン伯爵も一先ずは安心しただろう。
会議が終わり、久しぶりに王都の邸宅に戻ると、妻が出迎えてくれた。
『お帰りなさいませ、セラン様。良い情報と混乱する情報、どちらを先に聞きたいですか?』
『胃がいたくなるような言い回しは止めなさい』
家に帰ってまで、うんざりする事は聞きたくなかった。
妻と執事を引き連れて書斎に入る。
執事から留守中の報告を聞き、私のサインが必要な書類を渡された。
『お茶をお持ちしますか?』
『いや、いい。もう下がれ』
そう言って執事を下がらせると、妻が徐に一枚の書類を渡してきた。
『ご実家から、魔道具を介しての連絡です』
手紙でないのなら、かなり急ぎの連絡か。
そう思って書類に目を落とす。
―――ルランがフラウに戻って来た
―――ルランがドラゴンの加護を得た
書類を丁寧に折りたたむと、机のランプの火をそれにつける。
燃えるそれを灰皿に捨て、最後まで灰になるのをぼーっと見た。
『この連絡はゴーアンラの本邸にいらっしゃる義弟のテラン様から届きました。ああ、そう言えばお義母様が混乱していて、お義父様が手を焼いているとか』
『私も混乱している』
『いつも通り、冷静に見えますが』
『これは地なんだ』
今日一日で、何度ドラゴンという単語を聞いたことか。
ルランが生きているなら、ルランから話を聞かねばならないだろうな。




