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優先順位

「ちょっと外の様子見てくる」

「シグラの結界があるからって、知らない人に付いていっちゃ駄目だよ」

「子供扱いしないでくれ」


キララが席を立ち、一人になった私は紅茶をくいっと飲み干す。

手元のスマホを見れば、そろそろ11時半になる頃だった。


「そろそろお昼ごはん作ろうかな」

「うらら…?どこ…」

「え?しぐ……」


彼の名前を呼ぶ前に伸びてきた腕に捕まり、寝室に引きずり込まれた。

「うらら、ひどい」

シグラは「ううう…」と小さく唸りながら私の身体を後ろから抱きしめてくる。

少し苦しいが、嬉しくて胸がドキドキしてしまう。


「もう起きたの?」

「ずっと、しぐらのそばに、いた?」

「ずっと此処に座ってたよ。さ、髪を結ってあげるから背中向けて」


寝室の隅に置いてある鞄から櫛と髪ゴムを取り出す。紅い髪の毛を丁寧に梳かして三つ編みに結い、ついでに首のリボンタイも結んでやった。

それだけで彼の機嫌はすっかり直ったようで、にこにこ顔になってくれた。


「お昼ごはんを作ろうと思ってて。シグラは何が食べたい?」

「うららがつくるなら、なんでも、いいよ」

「何でもは困るなあ」

そう笑いかけると、シグラは本当に困った顔で「なんでも、おいしいから…」と呟いて、布団のシーツにのの字を書きだした。

シグラって偶に女の子みたいな思考だったり仕草をするけど、やっぱりアニメのDVDとか雑誌の影響なのかな。手持ちのDVDにはハリウッドや香港の映画、日本のドラマなどのハードボイルド物もあるんだけど、アニメ系はキララが好きそうなものしかないもんなあ。

ただ、あまり彼にアニメ以外を見せたくない気持ちもある。だって女児キララ向け以外の映画って、スナック感覚でラブシーンが入ってるから。

何だか過激なテレビ番組に対して物申すPTAの心境だわ。


溜息をついたら、シグラがおろおろとし始めるので「気にしないで」と手を振った。


「猪のお肉が余ってるから、トンカツ…シシカツでもしようかな」

私がそう提案すると彼は「うん」と笑顔で頷いたのだった。



■■■



「はああ~、やっぱりウララさんの御飯は美味しいですね」

お昼になり、キララに頼んで昼食の準備が出来た事を念話でルランに伝えてもらうと、アウロとルランはさっさとバスコンに戻って来た。ちなみに納屋の人達は、朝食を先程食べたばかりだから、と昼食は辞退してきた。

どことなくホッとした様子のアウロに首を傾げると、キララが「朝飯は親父が作ったって言ったろ」と話してくれた。

「親父は作れる物がスープくらいだったから」

「そうなんですよ。しかもそれをお貴族様に出すとなれば、ねえ?…変に緊張してしまって」

ねえ、とルランに同意を求めるが、ルランは日本語がわからないので曖昧に笑うだけだ。

「お貴族様って、ルランさんのことですか?」

「え?あ、ああ。そう言えばルランさんもそうでしたね。いいえ、私が言っているのは納屋の方々ですよ」

ああ、納屋の人ってやっぱり貴族だったんだ。特にあの男の子は身形がよかったもんね。

「気難しい方だったんですか?」

「対応は全てルランさんがされていたので。でも、何と言いますか…傍で聞いているだけでも肩が凝りましたよ」

へえ…。私もちょっと遠慮したい感じだなあ。まあ、言葉が通じないんだから、相手をしろとは言われないだろうけど。


隣でサクサクと美味しそうにシシカツを頬張るシグラを見た後、アウロに視線を向ける。


「ところで、道が使えないと聞いたんですが」

「ええ、まあ。水は引いているんですが、そこら中にゴミの山ができていましてね。浸水していたので地盤が緩んでいる可能性もありますし」

昨日、本当に大変だったんだなあ。

「でも困りましたね。そろそろ買い出しをしたいんですよ」

肉はまだ余裕あるんだけど、野菜や米はそろそろ無くなりそうだった。

「うらら、だいじょうぶ」

「うん?」

ごくん、と口の中にあったものを飲み込んでから「しぐらにまかせて」と笑顔でシグラが言った。

「どらごんになって、くるまを、もっていくよ」

「えー、駄目だよ。目立っちゃうでしょ」

「よるなら、めだたない」

そう言えば昨夜はドラゴンの姿で飛び回ってたんだっけ。

今になって思うけど……

「昨日のシグラ…誰にも見られてないよね?」

「さあ?」

さあって、そんな。ドラゴンがいるとわかったら、大騒ぎになるんじゃないかな。教会にバレるのも嫌だけど、シグラ討伐隊とか組まれるのはもっと嫌だ。

「大丈夫ですよ。嵐の夜に外に出る人間なんてそんなにいませんから」

キララの箸が落ちる。

どうしたんだろう、と其方を見ると、妹はシグラにじとーっと見られていた。

「……キララ?もしかして昨日…」

「大したことない!シグラの結界があって、車の外1メートル以上離れれなかったし!すぐにルランが迎えに来たし!」

「車の外には出てるじゃん!」

妹がご迷惑を…、とシグラとルランに頭を下げていると、「ロナも一緒だったんだが」とキララが言ったので、アウロも一緒に二人に頭を下げる羽目となった。


「ですが真面目な話、シグラさんに連れて行ってもらわないと、数週間は動けないと思いますよ」

「じゃあ、申し訳ないけど……シグラに頼んで良いかな?無理のない範囲で良いから」

シグラは「まかせて」と嬉しそうに頷いてくれた。


「それで行き先なんですが……」

アウロは少し言い難そうにしてから「あのですね、」と話し出す。

「納屋の方々ですが、あの方々の乗ってきた馬車が昨日の嵐で吹き飛ばされてしまいましてね。それで、この車に同乗させてくれないかと言われたんですよ」

「はあ。3人でしたっけ」

それくらいなら問題は無いんだけど、でも……


「貴族の方、なんですよね?」


ルランも貴族だが、加護の影響でシグラを絶対に裏切らないという安心感がある。しかし、他の貴族と言う事になると……。

「王宮に私達の事が下手にバレると監禁されるかもしれませんし、それに教会のようにシグラを使って何か悪さを企む可能性もありますよね」

困っているなら助けてあげたいが、優先順位というものがある。シグラやキララに危害が加えられるかもしれないならお断りだ。


アウロは頷く。

「実はルランさんが彼らを同乗させるのは反対されているんですよ」

「それは…また何で。理由はあるんですか?」

ルランに視線をやれば彼も私を見ていたようで、すぐに目が合う。その途端、ルランはご飯が気道にでも入ったのか、顔を赤くして咽だした。

「だ、大丈夫?」

私にはシグラの男性を弾く結界が張ってあるので、ルランの隣に座っていたキララに彼にお茶を出すよう頼んだ。


少しして咳が治まったルランにアウロが「しゃおしゃお…」と話しかけると、ルランは少々疲れたように「しゃお…」と呟いた。


「彼らは何かを隠しているようだと」


何か訳ありということか。

長年貴族社会にいるルランが「止めておけ」と言うのなら、止めておいた方が良いだろう。

「納屋の人達には申し訳ないんですが、断りましょう」

「そうですね。では食事を終えた後にその旨を伝えることにします」


そして食事を終え、食後のお茶を飲んでいる時だった。


女性の悲鳴が響いてきたのだ。



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