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嵐の夜3:シグラ視点

「……あ?」


気がついたら、まだ薄暗い室内だった。

どうやらまた眠ってしまっていたようだ。ウララは魔法が使えないと言っていたが、多分嘘だ。ウララの匂いを吸いながらあの手に背中を叩かれると、眠気に抗えない。しかしおかしいな…私には魔法は効かないのに。


上半身を起こして目を凝らすと、エントランスドアが開いている。

誰かが出たのか。檻の結界を張っているから、その外には出られないが。


寝室のカーテンをはぐると、ウララが一人で眠っていた。

キララがいない。

気配を探ると、どうやらバンクベッドで寝ている筈のロナもいないようだ。

そう言えば寝る前にキララとロナは一緒になって、はしゃいでいたな。

放っておいてもすぐに戻ってくるだろうが、放っておいた事がウララに知られたら、失望されるかもしれない。何せ、ウララは妹達を大事にしているからな。


―――騒ぎでウララが起きてしまうかもしれない、防音の結界を張っておこう。


ダイネットに行くとルランが幸せそうに寝ていたので、何となく腹が立って額にぐりぐりと拳を押し付けた。

『いだだだっ!あ、シグラさま…どうしました?』

『子供たちが外に出たらしい』

『え?あ、すみません。気付きませんでした』

『私は他のアウロが居る空間でウララの傍から離れることは出来ない。子供たちは結界の中に居るから、お前が連れ戻して来い』

ルランは欠伸を堪えながら頷くと、ブーツを履いて外に行った。


それからすぐに話し声が聞こえてくる。何を手古摺っているのか。二人まとめて抱えて来ればそれで終わりなのに。


やがて面目なさそうにルランが戻って来た。

『見てるだけだから、放っておいてくれと』

『……はあ』

この嵐の何が面白いのだろうか。ウララの傍で眠る方がはるかに価値があるのに。


ふと、近くに在る納屋に視線をやると、今にも吹き飛ばされそうなほどに傾いているのがわかった。

あの中には人間が避難していたな。ウララも朝になったら手助けをしようとか言っていた。

ならば、あの納屋が吹き飛ぶとウララが心を痛めるな。


『膜が……もしかしてあの納屋に檻の結界を張られたんですか?』

『ああ』

『あの、このような心配は失礼かもしれませんが、シグラ様の御身体は大丈夫なんですか?檻の結界というのは、かなり力を使うと学園で習った覚えがあります』

『この程度で。そもそもビメの際は、ドラゴンのブレスに耐え得る頑丈な結界を作ったせいで、消耗が激しかっただけだ』

ただの自然現象程度を防ぐ結界なら、そこまでの頑丈さはいらない。


ぼーっと嵐の外を眺める。

更に激しくなったような気がする。

横転した馬車などはもうとっくに、何処かに飛んでいってしまっていた。


『あの、シグラ様。これってただの嵐なんでしょうか?少々激しすぎませんか?』

『知らん。私は滅多に人里などに下りた事はないからな』


目の前を根を付けたままの大木が通り過ぎていく。


「ひぎゃあああ!!」


キララとロナが悲鳴を上げながらエントランスドアに走り込んできた。

「し、シグラ!水が来てる!!」

「みず?」

「結界があるからこの中に水は来てないんだけど、結界の外!やばい!」

取り敢えずキララとロナの首根っこを掴むと、ぽいぽいと車の中に投げ入れておく。

『何だあれは…津波!?』

ドアのすぐ外に居たルランがぎょっとしたように声を荒げる。

ひょいっと扉から顔をのぞかせてみると、キララの言う通り、確かにここ一帯に水が流れ込んでいるようだ。更に遠くに淡い光の壁のような水が押し寄せてくるのが見える。

『あれは湖竜こりゅうの使う力だな』

『こ、湖竜ですか?』

湖竜とは竜族の中で一番小さな種類の竜だ。

奴が怒ると天気が悪くなり、辺りを水没させるのだが……。


『面倒だな』

はあ、とため息を吐く。

私の溜息に何を思ったのか、ルランは表情を強張らせた。

『湖竜はシグラ様にとっても厄介なものなんですか?』

『いや、雑魚だ。この結界の中に居れば何の被害もない。だがな、アレが暴れればこの辺りが湖になるだろう。そうなれば道がなあ……。ウララが悲しむかもしれない』


湖竜を何処かの山に捨ててくれば良いんだが、そうなれば他の雄共がいるこのバスコンから私が離れなければならない。許容できない。


致し方ない。


『放っておくか』

『ほ、放っておくんですか!?この辺りの集落が消し飛ぶのでは?』

『ウララが悲しむ()()()()()()事と、ウララの傍を離れなければならない事を天秤にかけたまでだ』


道がないのなら、無事な所まで私が車を運べばいいだけだ。

そうと決まれば、さっさと寝ようと踵を返す。しかし、そこには…


「しぐらー…、なんかね、きららが、はやくにげないと、みずがくるって…」

寝起きというより、ほぼ寝惚けている状態のウララがキララに手を引かれながらやってきた。

くっ、防音の結界を張ったところで、その結界の中で大声を出せば意味がない。キララめ、余計な事を。

「うらら、ねてて、いいよ」

「寝てる場合か!早く逃げるぞ姉!高台に行くんだ!」

「あばっばっば、ちょ、シャ、シャツ掴んで、がくがく揺らさないで」

ああああ、そんなにウララを粗末に扱うなキララ!慌ててキララからウララを奪う。


「それで、どうしたの?」


「ウララ……、このちかくに、どらごんが、いる」

「ドラゴン!?」

寝惚けているウララではなく、キララがくわっと目を見開く。

「こりゅう、という、どらごん。このあらしは、そいつの、せい」

ウララはぼー…っと私を見ている。そして、首を傾げた。

「じゃあ、逃げなきゃ」

運転席に行こうとするウララを慌てて止める。


「しぐらのけっかいの、なかにいれば、だいじょうぶ」

「シグラに負担ばっかり掛けてられないから」

「だいじょうぶ。こりゅう、よわいから、ほうっておけば、だいじょうぶ、だから」


ウララが手を伸ばし、私の頭を撫でた。

「シグラはいっつも大丈夫だって言う。ドラゴンが相手ならシグラも大変でしょ?わざわざ相手にしなくても逃げればいいんだから」

「……」

他の者に言われれば「私を侮るな」と憤慨するのかもしれない。だがウララに言われると、胸がきゅうっと締め付けられた後、体の中が春が来たように暖かくなる。


よし、さっさと彼女の憂慮を取り払おう。


「うらら、いっしょに、きて」



■■■



一瞬だけ車に張っていた檻の結界を解き、ウララを入れた檻の結界を抱えて外に出る。

そこは湖竜の影響で既に私の腰の辺りまで水嵩があった。


少し歩いたところでドラゴンの姿に戻る。

一応自分にも物理と魔法を弾く結界を張ってみるが、殆ど意味を成さない。

攻撃の意志が無い自然現象は、檻の結界ではないと防げないのが面倒だ。


「雨が凄いけど、シグラは寒くないの?」

ウララに張った檻の結界は空気の流れを遮断していないので、声が聞こえてくる。

「だいじょうぶ。とぶから、こわかったら、めをつむってて」


ウララを入れた結界を落とさないように両手で持つと、地を蹴り、水の壁の方へ飛び立った。




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