嵐の夜2
子供達がシャワールームから出ると、次に私がそこを使わせてもらった。
「ふう…今日も一日運転したなー…」
この世界で買った石鹸は私達の世界のものと遜色なく、綺麗に泡立つ。
その泡を肌に滑らせていると、ふと鏡に目がいった。
「うわー…」
胸に手の痕がくっきりとついていたのだ。これはビメが鷲掴んだ時についたものだ。
容赦なく掴んでくれたものだと溜息が出る。
「全く…シグラにも胸を鷲掴みなんてされたことないのに」
それにしてもドラゴンの握力半端ないなあ。シグラは乱暴な事はしないが、うっかりミスくらいあるだろう。それに備えて私も少しは鍛えておいたほうがいいかもしれない。
「筋トレ、しようかなあ」
ドラゴンが相手なんだから焼け石に水のような気もするけど。
Tシャツにパーカーを羽織り、下はジャージをはいて、シャワールームから出る。
ダイネットに行くと、既にキララもロナも居なかった。
「お先でした」
「あ、はい。じゃあ次は私が入らせていただきますね」
アウロを見送り、私は冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注いだ。
シートではシグラがルランに何か教えてやっているようだった。
「何してるの?」
「もじ、おしえてる」
「あしゃ、いしゃ、うしゃ……?」
あいうえおの発音だろうが、ルランはかなりたどたどしい。こうしてみると、シグラは相当頭が良いのがわかる。
「そういえばシグラ、体の調子はどう?」
「ちょうし?」
「どうせ今もバスコンに檻の結界を張ってくれてるんでしょ?」
シグラの額や頬に手を当てるが、特に熱は無いようだ。でもまた夜に様子を見た方がいいかな。
ビメとの戦いで負荷が掛かり過ぎて鼻血を出したのを見たからか、前にも増してシグラが無理をしていないか心配になる自分がいる。
ドラゴンの姿であれば調子を崩さないのなら、いっそドラゴンの姿のままでも構わないとは思うんだけど……。
うーん、やっぱりダメか。目立つよね。それにこうやって隣に居る事ができないし。
「うらら、それ、どうしたの?」
「え?」
シグラがある一点を凝視している。その視線を辿ると、私の胸元に行きついた。そこは乾ききっていなかった髪の毛から水の雫が滴り、濡れたシャツがうっすらと肌を透かせていた。
「うっ」
腕を交差させて胸元を隠し、ぱっとルランの方を見たが、彼は雑誌に夢中で此方を見ていなかった。
―――よ、良かった…!
ほっと息を吐く。
「シグラも恥ずかしいからあまりジロジロ見ないで」
「あざが、できてる。それ、どうしたの?」
「っ、見えたの?これはビメさんが掴んだ時についた痕だよ」
「…………」
室温が一気に冷えた気がした。恐る恐るシグラの顔を見ると、彼は不機嫌そうに窓の外を見ていた。
しかし、ぱっとこっちに視線を戻した時には、その表情は一転して切なそうな顔だった。
「ごめんね、なおすから」
「治す?」
「なめたら、なおるから」
「!!」
ぼんっと音が出たかと思うほど、一気に顔が熱くなる。痣がついてるの胸の広範囲なんだけど!
「一足飛びに大人の階段を駆け上りすぎだよ!ルランさんもいるし!」
私が大声を出したから、ルランは雑誌から視線を上げ、不思議そうな顔で此方を見ている。
そして目の前のシグラもきょとんとしていた。
「かいだん?」
「と、とにかく!心配しないで。二日くらい放っておいたら治るから」
「え……!」
シグラはショックを受けたような顔になった。
治療を拒否したのがまずかったかな、と思ったが。
「ふ、ふつかも、かかるの?」
今度は泣きそうな顔になる。
「うらら、ぜったい、ぜったい、しぐらのそばから、はなれちゃ、だめだよ」
どうやらこの程度の痣が消えるのに数日かかるというのがショックだったらしい。
と、そこに「しゃおしゃお~」というのんびりした声と共にアウロがダイネットに現れる。
「しゃお…っと、ウララさん……また結界増えましたねえ」
……どうやったらシグラの負担にならないように済むんだろう。取り敢えず今日から筋トレを始めようと思う。
■■■
一寝入りした後。寝室の明かり取りの窓から外を見ると、土砂降りの雨になっていた。
道のコンディションはどうなってるんだろう。明日、ちゃんと移動できるかな?
ふと、目の端に桔梗の花が映る。
二度寝をする前にシグラの調子を見に行ってあげないと。
キララを起こさないように身を起こし、カーテンを開ける。
シグラは腕枕をしてぼーっと天井を眺めているようだった。
「シグラ、眠れないの?」
声をかけると、首だけ動かして此方を向いた。
「うららが、くるかと、おもって」
「何それ」
音を立てないように階段を下り、シグラの枕元に座る。
「ちゃんと寝ないと。私の事が気になるなら、もう様子を見に来るのは控えるから」
「それはだめ」
シグラは勢いよく起き上がると、ずいっと私に顔を寄せてきた。思わず後ずさると、キャビネットに背がついた。
シグラはキャビネットの扉に両腕の前腕をつけ、私を閉じ込める。こ、これは所謂壁ドンというやつだろうか!?
「し、シグラ…」
ドキドキしながら彼の顔を見上げる。
「うららが、きてくれるまで、しぐら、ねない」
大真面目な顔で「がんばって、ねない」と、まるで駄々っ子のような事を言うので、緊張していた体から一気に力が抜けた。そして、可笑しくなる。
「頑張らなくていいよ。仕方ないなあ」
あの雪山の住処ではずーっと寝てたくせに。
身体の位置をずらし、添い寝をする体勢をとる。
「無理するなって言ってもするんだから、夜くらいはちゃんと休まないと駄目だよ」
私がそう言うと、嬉しそうに顔を綻ばせて「うん」とシグラは頷いた。
それからぐいぐいと私の胸元に頬を押し付けてきた彼だが、背中を緩く叩くと、1分くらいで体の力が抜ける。
「寝つき、本当に良いよね」
心霊系のテレビ番組を見て眠れなくなったキララだって、こうやってあげても暫くは眠らないのになあ。




