魔種の花
竜族は強い者に憧れ畏怖する生き物で、ビメはシグラの子ならばシグラ以上の強者になるだろうと楽しみにしていたそうだ。
尤も、子供以前にあの求愛方法のため、妻になる雌すら存在しなかったわけだが。
それがシグラが番を持ったと知ったビメの歓喜は凄まじいものだったろう。
だがいざ会いに行ったら、番となった雌は夫の後ろでびくびく震える人間だったわけだ。
正直、申し訳なかった。
ビメはシグラの様子を見て、どうしようもないと思ったのか、もう文句を言う事はなかった。
ただ、私の事をじろじろ見るのは止めず、その度にシグラに威嚇されていた。
「これを毎日欠かさず飲めと仰っています」
ビメは住処に戻る前に、私に瓶を差し出した。それには……赤い液体がなみなみと入っていた。
凄く既視感です。
「あの…これ、血ですよね」
「ビメさんの血だそうです。……ウララさんには強くなって貰わないと困ると仰っています」
嫁が弱いなら少しでも強くしたらいいじゃない、ということか。そもそも血を飲んだら強くなるのかな?……確かにルランは身体強化されているみたいだけど。
「申し訳ないんですが、ドラゴンの血は間に合っていまして」
「のまなくていい」
ずいっとシグラが私とビメの間に割り込んできた。
「うららには、しぐらのちを、あげるから」
「シグラの血も今は飲まないよ?まずは錬金術師の人に訊かないと」
「しゃおお!」
ふいに声をかけられ、その場にいた全員の視線が其方に向く。
そこには軍服を着た女性が立っていた。
「しゃおおしゃお!しゃおおうしゃおうあしゃ、しゃおうしゃおしゃ」
何だかかなり高圧的だが、軍人ならそれも仕方ないか。
「彼女は何と?」
「広場でドラゴンが出たので、民衆が混乱している。申し訳ないが、治安維持の為にこの街の者ではない旅の者は身分証提示に協力してくれ、と」
思わず張本人のビメに目を遣ると、彼女はかなり不機嫌そうな顔をして軍服の女性を睨んでいた。アウロの通訳は優しい言い回しだが、実際はもっとキツイ言い方なのかもしれない。一方、シグラはどこ吹く風で興味自体が無さそうだ。私と目が合うと嬉しそうに笑顔になったけど。
ドラゴンにも色々な性格の個体がいるんだろう。まあ、当たり前か。
ルランが身分証と懐中時計を見せた途端、軍服の女性は態度を一変し、腰を低くしながら去っていった。この世界、本当に貴族強いなあ。
それから一言二言交わすと、ビメも私達の元から立ち去った。
ちなみに彼女の血の入った瓶は強制的に持たされてしまった。これも間違って飲まない様に可愛くラッピングして冷蔵庫に仕舞っとこう。
その日の午後、軍服の女性の言葉通り民衆がパニックになり暴徒化した為、店は軒並み閉まってしまっていた。
「食料はすぐに尽きる程でもないし、次の街で買えばいいよね」
「シグラの靴とかも買ってやらんとな」
「そうだね」
ドラゴンになったので、あの時シグラが身に付けていた物は全て再起不能になった。
「シグラの着替えは皆より沢山用意してあげないといけないね」
■■■
―――――次の朝
今朝もまたルランは懐中時計を見ている。何か理由でもあるのかなと思っていると、ダイネットに居たアウロが「あれは」と説明をしてくれた。
「あれは魔道具ですよ。念話用の魔石を砕いた砂が入っていて、対となる念話魔石が発する信号を感知してメッセージが浮かび上がるんです。…っと、身分証が発行されたとルランさんが仰っていますよ」
念話はイヤリングタイプだと精々10㎞圏内でなければ使用できないが、特殊な加工で砂にする事によって精度が上がり、質の良いものなら500㎞はカバーするらしい。ただし頭の中に響くのではなく、魔石の砂が受け取ったメッセージの形になる。しかも文字ではなくモールス信号のような線と点の羅列だ。日本でいうところの電信か。
かなり上級者向けの魔道具と言えるだろう。
じーっと見ていたのに気づいたのか、ルランが懐中時計を見せてくれる。百合と鳥の意匠の紋章をあしらわれた蓋を開けると時計が現れ、その時計をスライドさせると青い砂を閉じ込めたガラス容器が現れた。この青い砂が魔石の砂なのだろう。
「…この蓋の紋章はルランさんの家の?」
アウロの通訳を聞いて、ルランが頷いた。
「ゴーアン家に王家の姫が降嫁した際に記念で作られた紋章だそうですよ。この鳥はグルルと呼ばれる神鳥で、この国の王家の紋章なんだそうです。そして百合は姫を表す、と」
「王家のお姫様が降嫁するなんて、大きな家なんですね」
雲上人だなあ、と思っている私に、ルランは苦笑してアウロに話す。
「ドラゴンを夫にするよりは大したことないです、と仰ってますよ」
「いや、私のは殆ど成り行きで……」
「過去、一度だけこの国の姫がドラゴンを婿にしたことがあるそうですよ」
「え?」
ドラゴンを夫に?
もしかして、王家の人には薄いだろうけどドラゴンの血が入っているのかな。
王家から姫が降嫁するゴーアン家の人間であるルランにも?
いや、それよりドラゴンとの生活はどんな感じだったんだろう?そのお姫様は夫のドラゴンに何をしてあげていたんだろう?
何をしてあげたらシグラが喜んでくれるのか、知りたい。
しかし、その事を訊ねるとルランは申し訳なさそうに首を振った。
「随分と昔の事で、資料が殆ど残ってないと仰ってます」
「そうなんですね」
残念だなあ。
朝食後。
私達は早速移動しようと思ったのだが、それは叶わなかった。
昨日のドラゴン事件を受けて、この街を離れようと多くの人間が門へ押しかけていたのだ。
貴族専用門から出ればいいのだが、如何せん、人が多すぎて道が混沌としており、そこに辿り着くまでに時間が掛かりそうだった。
「そのうち駐屯兵が交通整理をするでしょうから、少し待っておきましょう」
「そうですね」
ダイネットでまったりと食後のお茶を飲んでいると、キララが「あ」と何か思い出したような声を上げた。
「だったらこれやってみてくれ」
キララはリュックサックを手繰り寄せ、中から袋を出した。
「ああ、人工魔種ですね」
袋からころんころん、とアーモンドチョコくらいのサイズの茶色い種が10粒出てきた。そのうち1粒は真っ二つに割れている。
「どうして割れてるの、これ」
「んー?中身がどうなってるのか、見てみたかったから」
種の断面は、アーモンドと変わらないようだった。
アウロは「どれ」と1粒手に取り、ぎゅっと握った。
ぱあっと虹色に光ったかと思うと、しゅるるるる、と一気に伸びてガーベラのような花が咲いた。色は虹色だ。
「「おおお~」」
私とキララは思わずぱちぱちと拍手してしまう。
「綺麗ですねー」
アウロから受け取り、匂ってみると柑橘系の匂いがする。
「しゃお!」
ロナの小さな手が伸びて、種を1粒取る。
父親の真似をしてぎゅっと握ると、今度はオレンジに光った。
「しゃおしゃお~」
ロナの作りだした花はコスモスのような花だった。色はオレンジ。
受け取ったキララは鼻を近づけると「うっ」という顔をした。
「これ、ユリみたいな匂いする」
良い匂いだけど、キララには少し匂いがきつかったみたい。
ルランも同様に種を握るが、彼は魔法が使えないらしく、花にならなかった。
そう言えば彼は聖騎士ではなかったんだったっけ。
そしてシグラの加護も魔法ではないのだろう。
「シグラは?」
シグラに1粒渡し、握らせる。
彼の光は青白かった。
「青白い、桔梗に似た花だね」
「うらら、きにいった?」
「うん。可愛いね」
シグラは嬉しそうに「よかった」と微笑み、私に花を差し出してくれた。お礼を言って受け取ると、それの匂いをかぐ。
「苺の匂いに似てるかな」
それから3人にはもう1つ種を握って貰ったが、先程と同じ色の同じ花が咲いた。
「花の種類とか色にはどんな意味があるんですか?」
「そうですねえ。花の種類は性格、色は魔力の種類、匂いは今の気分によると聞いたことがありますが、私は興味がなかったもので詳しくは…」
花もそうだけど、性格診断とかは女性が好むものだしね。
魔種の花は水を必要としないらしく、注がれた魔力が無くなるまで咲き続けるそうだ。なので、ドライフラワーのように紐で縛って飾る事にした。
「桔梗は寝室に飾るのか?」
「私は苺の匂いが好きだから」
「それ、初めて聞いたぞ」




