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黒竜

「おはよう、うらら」

「おはよう……」

カーテンを開けると、階段下に敷いた布団の上で胡坐をかいたシグラが笑顔で挨拶をしてくれた。

彼を見ると頬が熱くなる。

「どうかした?」

「ううん、何でもない。ご飯作るね」

ダイネットへ行くと、既に着替えたルランが懐中時計を見ていた。

私の視線に気づいたのか、ぱちん、とそれの蓋をしめて懐に入れる。そして「しゃおしゃ」と笑顔で頭を下げてくる。多分朝の挨拶だろう、私も「おはようございます」と頭を下げた。


宿から出てきたキララ、アウロ、ロナとバスコンで合流してから朝食にする。

朝だから、メニューはパンと目玉焼きとスープだ。パンは沢山あるし、スープも具だくさんなので、そこでシグラもロナも腹を満たしてくれるだろう。

「今日は何します?」

「少し食料の買い出しをして、あとは特に何もないですね」

「じゃあ観光しよう、姉!」

観光かー。

「私もしたい気持ちはあるけど、うろちょろ歩き回って大丈夫かな?教会のこととかあるし……」

「教会には既に通信用の魔道具で連絡は回っているでしょうが、教会の人間でウララさんの顔を知るのは今のところレオナさんとカーヤさんだけです。追っ手として彼女らが来ない限りはまず大丈夫でしょう」

「一々気にしなくてもシグラがいるから大丈夫だろ」

「キララ」

じっとキララを見る。“シグラを都合よく使おうとするな”と言いたいのが伝わったのだろう、妹は唇を尖らせた。

「騒動は起こさないに限るの。騒ぎになったら、観光もできないよ?」

「……わかった。ごめん」



■■■



「うわー…」

用途はわからないが、金魚鉢のような大きめのカラフルなガラスの器がいくつも紐に吊るされている、レンガ畳の通路。ふよふよとシャボン玉が浮かび、アコーディオンに似た音が私の知らない音楽を奏でている。昨日歩いた商店街の道とはまるで雰囲気が違い、とてもアンニュイとした空気だ。


キララとロナは手を繋いで、きょろきょろしながら私達の前を歩いている。

途中、綿飴に似た菓子を売っていたので、それを二人に買ってやった。

美味しそうに食べる二人の様子が可愛かったので、今日は持ってきていたスマホで写真を撮る。

「うらら、それは?」

「うん?ああ、これスマートフォンって言ってね。写真や動画が撮れるんだよ」

主な使い方はネットや電話機能なんだけど、この世界にいる間は意味を成さない機能だから、説明は省いた。

「しゃしん」

「この世界にはあるのかな?」

性能的な部分はわからないが、多分あると思った。だって、ピンホールカメラなんかは小学生の夏休みの工作の定番になるくらいには仕組みはとても簡単だから、賢者がいるなら伝授されているだろう。

「写真湿板というものがある、とルランさんが仰ってます」

ガラスに写すやつだよね。坂本龍馬や西南戦争の写真がそれだったはず。

「そんな鮮明な写真は初めて見ます、とルランさんが」

「まあ、スマホで撮ってもプリンターという機械が無いから、実際に写真として飾れれないんですけどね」

そう言いながら隣を歩くシグラをぱしゃりと撮り、アウロとルランのツーショットを撮った。

もしかしたらテレビの附属品でスマホと繋げるケーブルがあったかもしれないなあ。だったら、テレビで見る事はできるかも。バスコンに戻ったらちょっと探してみようかな。


レンガ畳の道の先は、大樹がある広場だった。

「おや、この樹は」

何かに気づいたのか、アウロは樹に向かって走り寄る。

「どうしたんですか?」

アウロは樹に手を当て、懐かしそうな目で見上げていた。

「この樹は精霊ロノウェが守護する地にある樹と同じ株ですね」

「へえ。よくわかりますね」

「樹は全ての記憶を内包しているのです。この樹の記憶にも精霊ロノウェの力や故郷の空気がありますよ」

「アウロさんには、その記憶を見る事が出来るんですか?」

「私は精霊ロノウェの力を感じとれるにすぎません。精霊ウァサゴという名のある精霊が鮮明に映像を視る能力を持っています」


精霊のいる世界か。私達の世界のように機械化されていないが、それでも不自由なく生きて行ける世界なんだ。


この瞬間もこの樹は覚えているのか…と見上げていると、シグラに抱き寄せられた。

「……え?」

「しゃおお!しゃおしゃ!!」

シグラが叫ぶと、ルランが走りだした。

ルランはキララとロナを抱えると、広場の端にスライディングする。


何?と思った瞬間に、轟音。

土埃が襲いかかってきたが、シグラの結界がそれを弾いた。

「……ッ!」

何処か、聞き覚えのある獣の咆哮に、思わず耳を塞ぐ。そうだ、これはシグラの咆哮と似たそれだ。

心臓がばくばくと早打ちし始める。酸欠で眩暈を覚えたが、シグラの腕の中でそれを見上げた。


「ドラゴン……」


昨日の森で見たドラゴンとはまた違う、黒々とした身体のドラゴンだった。その雰囲気からして、昨日の森のドラゴンよりも数段格が上のドラゴンだと私にもわかった。


キイイン、という音がしたかと思うと、黒いドラゴンの周りに何かが砕けたような破片が散る。

それと同時にシグラが舌打ちする。もしかしてシグラの攻撃が弾かれたの?

またキイイン、という音と共に破片が散っていく。それを幾度か繰り返した後、ドラゴンは再度咆哮を上げた。

「ああああうあうがあうああ!!!」

「ああおあうああ!!」

ドラゴンの叫ぶ声に、シグラが何かを言い返す。


怖い。


「シグラ…」

震える声で名を呼ぶと、彼の表情から険しさが消え、私に微笑みかける。

「だいじょうぶ。ちょっと、まってて」

私の身体を樹の方へ押す。

するとすぐに目の前に膜の壁が出来た。よく見れば、その膜は広場全体に及んでいる。そして膜の中にはドラゴンとシグラだけだ。

この膜には見覚えがあった。シグラの住処に行った時、落下を怖がる私に付けてくれた結界だ。

「広範囲の檻の結界ですね。この中に居る者は、結界を破らない限り外に出られません」

「檻?」

「檻の結界はあらゆるものを遮断する性質の結界です。分りやすく言えば、透明な頑丈な壁ということですね。性能によっては、空気も、焦土と化すような力であろうとも漏れません。しかし、これほどの広範囲の檻の結界…しかもドラゴンを閉じ込める程の強固な物となると、流石のシグラさんでも骨が折れる筈です」

「あ……」

シグラは鼻を擦っている。鼻血だ。とてつもない負担が彼に掛かっている!

「結界、止めさせないと…」

「いけません。結界が無くなればこの街は消え去るかもしれません。何せ……ドラゴン同士の戦いなんですから」


中を見ることは出来るが、音は一切聞こえない。

ドラゴンが何か喋った後、大きな口を開いた。ブレスだ!

「シグラ!!」

一瞬光ったが、それをシグラが掻き消す。

その反動で結界の中は暴風が吹き荒れているのだろう、シグラの赤色の長い髪の毛がそれを物語っている。

「しゃお!」

子供達を抱えてルランが走ってくる。

目の前まで来たかと思うと、何故かルランに抱えられていたロナの手が私の目を隠した。

「え?ちょ、ロナちゃん!?何を」

「しゃおう!」

「ロナが、動かないで、と」

「遊んでる場合じゃないでしょ!!」

思いきり頭を振ってロナの手から逃げ、そしてシグラの方を見ると。

「いや…嘘でしょ?」

結界の中が青白く光っていた。直視すると目が痛くて、すぐに目を閉じてしまう。

「シグラは!?シグラは!?」

「安心して下さい、シグラさんの結界が生きている間は彼も生きています」

「そんな言い方しないで!!」


光が弱まったのを感じ、瞼を開ける。まだ中は光っていて、彼の姿を確認する事はできない。

しかし、ドラゴンの巨体が立っているのは分かる。


「あ…違う」


ドラゴンは黒ではなく、赤かった。


その姿を確認できたことが嬉しくて笑みが浮かぶ。

赤いドラゴンが此方を向いた。

「シグラ!」

膜の結界が消え、一瞬熱気に襲われる。そして焦げ臭さが周囲を漂う。

黒いドラゴンは煙を出しながら赤いドラゴンの足元に蹲り、ぴくぴくと動いていた。


「……うらら」


「無事で良かった……!」

シグラの元に駆け寄り、その顔を見上げる。

彼はすぐに人の形になり……申し訳なさそうな顔をする。

「どうしたのシグラ?怪我…?」

「……うらら、みせちゃった」

「え?」


「どらごんのすがた、こわいのに、みせちゃった」


ぽかんとした後、すぐに彼に笑いかけた。

もしかすると、ロナが私の目を覆ったのは、シグラが指示を出したことだったのだろうか。


「シグラのことは怖くないよ。優しい事知ってるから、どんな姿でも怖くない」




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