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マダオからのメッセージ

「あの宿屋、風呂がついてない」

皆でボタン鍋を囲んで食事を済ませたあと、キララは着替えを入れたリュックを背負い、アウロとロナを連れて宿屋へ行ったのだが、すぐに一人で帰ってきた。


一方バスコンに残る組の私達は3人でインド映画をBGMに、ルランが持ってきたカードゲームで遊んでいるところだった。

このカードゲーム、トランプとそっくりなのだ。……やっぱり賢者の仕業なのかな。

「トランプ、私もやりたい。今何やってるの?」

「ポーカーだよ。キララ、ババ抜きと神経衰弱くらいしか知らないでしょ」

「大富豪知ってるし!」

むーっと唇を尖らせると、キララはシャワールームへ行った。

「うららは、あそびかた、たくさんしってる?」

「うーん。まあ、それなりにね。あ、ゲームじゃないけど手品できるよ」

こう見えてもバスガイドだ。お客様を飽きさせない余興は色々と心得ている。

トランプをシャッフルし、一番上のカードを二人に見せる。

「この数字、覚えていて」

「はーとの8」

「ふふ。では、このカードは適当に真ん中くらいに入れて…と。真ん中に差した8のカードよ、上に戻って来ーい」

ぱちん、と指を鳴らし、シグラにトランプの一番上を見てみてと差し出す。

「はーとの8だ」

『しゃお?』

二人とも目を真ん丸にしている。シグラはわかるけど、ルランまで。もしかしてこの世界には手品ってないのかな?

「うらら、これ、まほう?」

「違うよ。手品なの。誰でもできる手遊びだよ」

ルランは不思議そうにトランプを裏表にしながら眺めている。


他にもいくつか手品を披露したところで、キララがシャワールームから出てきた。

「じゃあ、私あっち行くわ」

「一人じゃ危ないよ」

「こっちに来た時も一人だったから大丈夫だ」

「駄目だよ、送ってく」

私が外に出ようとしたのがわかったのか、ルランが立ち上がる。

「ルランが送ってくれるってさ」

念話が来たのだろう、キララはそう言うと一人でバスコンから降り、それをルランが追った。

何だかルランを小間使いにしているようで申し訳なく思う。彼は貴族なのだから、こういうのはあまり慣れていないだろうに。ストレスが過剰に溜まらないように気にしてあげないといけないな。

「シグラ、お風呂行ってきて」

「わかった」

一人になりダイネットを少し片付けていると、手早く済ませたのか、シグラがシャワールームからすぐに出てくる。

「きちんと身体洗ったの?」

「うん」

ぽたぽたと髪の毛から水滴を垂らす彼に新しいバスタオルを差し出す。

「ちゃんと乾かさないと、また調子が悪くなるよ」

シグラは笑みを深くする。

「しぐら、ちょうしわるく、なりたい」

「何言ってるの。拭いてあげるからそこ座って」

シートではなく、アウトドアチェアに座らせ、彼の髪の毛を拭いていく。気持ち良いのか、目は閉じ今にも眠りそうだった。

だが、ぴくんと瞼が震えて目が開いた。


するとすぐにエントランスドアが開く。ルランが戻ってきたのだ。


ああ、そうか。シグラが早くお風呂から出てこなかったら、私はダイネットでルランと二人っきりになっていたのだ。シグラはそれが嫌だったんだろう。

シグラの事がとても可愛く思えて「ふふふ」と笑いが零れる。

「シグラ、ルランさんにシャワー行ってくるように言ってあげて」

「……しゃお、しゃおおしゃ」

億劫そうにシグラが言うと、ルランはぺこりと頭を下げてシャワールームへ行った。



■■■



キララのいない寝室は、かなり広い。

元々大人3人は余裕で眠れる広さなので、キララが居ても広いとは思っていたけど……。

枕元に置いていた鞄を手繰り寄せ、自分のスマホを取り出す。

ここに来てからは全く使っていないが、一応充電は欠かさずしている。


「あれ?」


異世界に来る前に何かメッセージを受信していたようだ。

開くと、それはマダオだった。

「………」

嫌ーな気分になるが、一応見る。

『やり直したい』

『優しいお前なら許してくれるよな?』

『俺が本当に愛しているのはお前だけ。お前も俺の事好きだろ?嬉しいだろ?』

その次からは駆け落ち相手の社長令嬢への愚痴と、私への愚痴が綴られていた。


要は『俺は悪くない。悪いのは俺を誘惑した女であって、俺を蔑ろにしたお前だ。俺は優しいから許してやる』と言う事だ。


そして『キスすらさせない、お高くとまった女』『お子様』と罵倒するメッセージやセクハラじみたメッセージが続く。

「うっ」

思わずスマホを投げる。自撮りのキス顔や自身の下半身を写真で送ってきていたのだ。

「気持ち悪い…」

彼はしばしばこのような写真を送りつけてくることがあった。私をその気にさせようとしていたのかもしれないが、送られてくるたびに彼に対する思いは目減りしていた。少し前までは、夫になる人だから気持ち悪がってはいけないと思っていたが、今となっては気持ち悪い以外の何物でもない。


「うらら?」


カーテンの向こうからシグラの心配したような声が聞こえてくる。

「どうかした?きもちわるい?」

「な、何でもないよ」

カーテンをはぐって、シグラが心配そうな顔を覗かせた。

「ほんとうに?かおいろ、わるい」

間接照明しか灯していないのに、と思う。

「顔色なんて見えないでしょ?」

「わかるよ。うららの、ことだから」

伸ばされたシグラの腕に捕まり、引き寄せられる。

「ちょうし、わるかったら、いわないとだめ」

頭を抱きこまれ、頬が胸板に押し付けられる。それから背中をぽんぽんと叩かれた。

「あ…」

これ、昨日私がシグラにしたことと同じ…。


胸の底から嬉しさが込み上げてきて、彼に思いきり抱き付いた。そしてぐりぐりと彼の胸に額や頬を擦り付ける。同じ石鹸を使っている筈なのに、彼は特別良い匂いがする。


「シグラ…」

「なに?」

「………………なんでもない」



無性にキスをして欲しかったが、それを言う度胸はまだ無かった。



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