子爵領キーグ
今私達はノルンラの街から南東に向かっている。ゴーアン領に行くには途中で男爵領4つと子爵領1つ、そして伯爵領1つ越える必要があるそうだ。
既に昨日の時点で男爵領3つを越え、今は子爵領を走っている。この世界には関所のような物があり、旅人が領地を越える際には身分証と通行許可書がいる。しかし昨日越えた男爵領3つと子爵領については、完全にスルーできた。というのも、この男爵家と子爵家はノルン辺境伯爵の分家のようなもので、有事の際に円滑に動けるように領地の行き来が自由なのだそうだ。
ただ、これから入る伯爵領は違う。
ルランは懐中時計の蓋をパチンと閉じると、懐に仕舞う。
「あと2日、この子爵領に留まる必要があると、ルランさんが仰っています」
「2日ですか」
身分証を発行するのに3日くれと彼が言っていたのを思い出す。
やはり身分証がないと伯爵領には入れないのだろう。
昼を過ぎてから伯爵領との領境にある街へと入る。それなりに大きな街で、全員分の身分証の提示が必要だったようだが、ルランの身分証一つでパスできた。
庶民と入る入り口も違い、貴族はかなり優遇されているのが垣間見えた。
その代わり貴族として街に入るのなら、必ずその街の代表に会わないといけないらしい。
辺境の山麓の村とは違い、それなりに都会的な街なので勝手に駐車するのは良くないだろうと、一旦宿屋を探す。宿屋には馬車を止めて置けるスペースがあるそうだ。
「さて」
バタンっと運転席の扉を閉める。
探した宿屋は素泊まり専用で、一室を二日借りる事にした。宿屋に泊まりたい人は其方で寝て、他はこのバスコンで寝ればいいだろう。
「なあ、宿屋は私が泊まって良いか?一度こういう所に泊まってみたかったんだが」
「ん?良いよ別に。でも子供だけだと危ないからアウロさんかルランさんに着いて行ってもらうよ」
「じゃあ親父な。ロナも泊まれるかな?」
「ベッド二つあったから、キララがロナちゃんと一緒に寝れば大丈夫でしょ。人数が増えたら別料金がいるかもしれないから、宿屋の人に訊いてみないとね」
エントランスドアから全員が降りたのを確認し、ロックをかけた。
此処はキーグという街だそうだ。
これからルランはここの代表者に挨拶に行く。
その間、私達は買い出しだ。
トイレットペーパーや石鹸類を仕入れておきたい。人が増えたから、出来ればお皿とか食器も欲しいなあ。
「ということで雑貨屋に行きまーす」
「おー!私も行きたいぞ!」
宿屋の前でルランと別れ、私達は商店街の方へと向かった。
街並みはドイツのプレーンラインに似ていて、とても可愛い街だ。
キララはスマホを持ってきていて、ぱしゃぱしゃと写真を撮っている。私も持ってくればよかったなあ。寝室に置いてる鞄の中に入れっぱなしだ。
「あそこが雑貨屋ですね」
アウロが指さしたのは、白い漆喰の店だった。店先に花が飾られている。
中はごっちゃりとしていて、カラフルだ。
キララが以前買ってきた人工スライムや人工魔種もある。
「そういえば、人工魔種ってどうなったの?」
買ってきたぞと聞いてから、その名前を聞いていない。
「だって、あれ私には使えなかったからな」
「何に使うものだったの?」
「水や栄養の代わりに魔力を吸って花になるらしい。そのうち親父にやってもらおうと思ってたけど、ゴタゴタしてて忘れてた」
ははっとアウロは笑う。
「性格や魔力によって色や種類が変わるんですよ。精霊魔法が使えるエルフは虹色の花になりますよ」
「へえ、綺麗ですね。シグラはどうだろ」
そう言えばシグラはどんな魔法が使えるんだろう?威嚇もブレスも魔法じゃないし。結界魔法だけなのかな?
「しぐら、けっかいいがいのまほう、つかったことない。でもたぶん、つかえるとおもう」
「そうなんだ」
「ドラゴンはブレスが強力ですから、魔法なんて使う場面がないんでしょうね」
お目当ての落とし紙(トイレットペーパー)を見つけて手に取る。千枚入ってて日本円で500円くらいか。どうしよう、嵩張るけど6セット入ってるこの箱買いしようかな?……取りあえず持ち運ぶのも大変だから、先に他の物を見よう。
「姉ー、石鹸あるぞ」
「本当だー。いっぱい種類あるね」
色とりどりで可愛いものばかりだ。匂いは色によって違うみたい。
「シャンプーはあるかな?」
「こっちだな」
こちらは3種類だ。流石に成分表示は無いが、容器の絵柄に海藻の柄、バラの柄、椿のような花の柄が描かれていて、何となくどの成分が入っているのか見当がつくようになっている。
ちなみに石鹸は数百円そこそこだったが、シャンプーは日本円で3000円と結構お高い。そう言えば以前アウロが風呂は贅沢品だと言っていたっけ。石鹸は台所でも使うけど、シャンプーは風呂で使うので、贅沢品ということで高いのだろう。
「私は椿の匂いが良いなあ」
「私も別にそれで良いぞ」
「しゃおー」
ロナもこくこくと頷いている。シグラとアウロを見たが、二人とも特に反対意見はないらしい。
「石鹸と言えば、洗濯石鹸も欲しいんだよね。あと食器とか…」
「それならこちらですね」
「食器はあっちにあるぞー」
石鹸を数個、シャンプーを2本。洗剤や洗濯石鹸。それから食器と忘れずに落とし紙も買い、合計は銀貨1枚と銅貨7枚だった。やっぱりシャンプーが高かったなあ。
6人いるから、その分大目に買ってるせいもあるんだけどね。
荷物は男性2人が持ってくれているが、箱買いした落とし紙が嵩張るので、一旦バスコンに戻ることにする。
「姉、夜は何食べるんだ?」
「猪肉の……何が良い?」
昨日アウロとルランが狩りをしてきてくれたものが大量にある。
冷蔵庫にすべて入りきらず、今は精霊魔法で凍らされた肉がキッチンカウンター傍のクーラーボックスの中に詰められていた。それでも入りきらず、足がぴょいんと出ると言う異様さだ。
ちなみに昼は猪肉のバーベキューだった。
2回連続でバーベキューはちょっと胃にもたれそう。
「鍋で良いんじゃないか?」
「ボタン鍋かー。そう言えばこの前買ってきてくれた中にお味噌あったよね。みりんもお酒もあるし」
この国には案外地球に存在していた調味料があるし、服の模様も見覚えのあるモノが多い。
パルは否定していたが、本当に『賢者』という人たちがいて、異世界の知識を齎せているのかもしれない。
「出来れば大きな鍋が欲しいなあ」
「じゃあ、金物屋に行きましょうか。雑貨屋の傍に在りましたよね」
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金物屋から出ると、既に辺りは暗くなっていた。街灯がぽつぽつと灯っていて、幻想的だ。
「お。」
キララがぴくんと反応する。
「今ルランから念話が来た。今から戻りますって」
「そう。私達も早く戻ろうか」
日が暮れた街の道は人通りが多くなっている。キララと逸れないように手を繋ぐ。
そしてやっぱりもう一方の手はシグラに繋がれた。
「この街には色々な人種の人がいるね」
「そうだな。格好とかも色々だ」
観劇をするような姿の女性もいるし、頭にターバンを巻いた男性もいる。豪華な装いだが顔を布で完全に隠して、従者に手を引かれて移動している人もいる。あ、冒険者みたいな格好の人もいる。
伯爵領との領境だから、色々な人が居るのかもしれないなあ。
偶にすれ違う人にじろじろと見られる。一応この世界に溶け込もうと努力しているけど、やっぱり私達のことも、不思議な団体だなって思われてるのかもしれない。
アウロやロナはともかく、異世界姉妹とドラゴンだもんね。
「しゃおおお~しゃお~」
ぱっと目の前に見知らぬ男性が現れ、声をかけてくる。何と言っているのだろう?
アウロとロナは少し前を歩いているので、私達のことは気付いていないようだ。どうしよう。
「しゃお」
シグラが短くそう言うと、彼は私の肩を抱きよせて歩き出す。
「今のなんだったの?」
「きにしなくて、いい」
「姉、後でルランか親父に聞こう」
スマホを片手ににやりと笑うキララ。ああ、ボイスレコーダーか何かのアプリを機動したのね。
ちなみに後でルランに訊いたところ、性質の悪い悪戯だったそうだ。捻くれた男が仲の良い夫婦を見かけたから冷やかしたのだと言っていたが、詳細は教えてくれなかった。
アウロに至っては苦笑して「よくシグラさんがその男性を燃やしませんでしたね」としか言わなかった。
何と言ったのか気になって、パルに訊いてみたところ。
『酷い女性ですね、昨夜あんなに愛し合ったのに別の男と歩いているなんて、と男が言った後、シグラさんが消えろと言っていますね』
だったそうだ。
聞かなきゃよかったなあ。夫以外の男性とだなんて気持ち悪くて想像もしたくないのに。




