若いドラゴン:シグラ視点
まだ夜中だったが、ウララが動く気配がする。
「うらら?」
「あ、ごめん。起こした?」
起き上がって見上げると、カーテンを開けてウララが寝室から出てくるところだった。
彼女は階段に腰かけ、私の額に手を当てた。柔らかくて仄かに温かい。
「熱は無いみたいだけど、気分はどう?しんどくない?」
「だいじょうぶ」
胸がまたきゅうっと痛くなるが、ウララを心配させてはいけないので顔に出さないように努める。
だが、その違和感を敏感に感じ取ったのか、ウララの表情が心配そうに歪む。
「シグラは何を言っても大丈夫しか言わないから、心配になる」
「だいじょうぶだよ」
「……」
少し逡巡した後、ウララは手を伸ばして私の頭を抱き込んだ。
頬に柔らかい感触が当たる。
ウララは私を抱きしめたまま寝床に横になった。
「シグラが嫌じゃないなら、眠るまでこうしててあげるから」
堪らず擦り寄って柔らかさを堪能し、思いきり匂いを肺に入れる。
幸福で満たされるのを感じた。眠るまでこれが許容されるなら、一生眠りたくない。
しかしウララが私の背中をとんとん、と優しく叩く。これは駄目だ。眠りたくないのに、瞼が重くなっていく。
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はっと目を開けると、既に明るかった。
「よく寝てたけど、調子は戻ったのか?」
ウララが腰かけていた階段には、キララが座っていた。
寝て……しまった……
「うおっ!姉、まだシグラの調子悪そうだぞ。何か泣きそうな顔してる」
「えー?」
キッチンカウンターに立っていたウララがひょいっと顔を覗かせる。
「シグラ大丈夫?今日も一日休んだ方が良いかなあ」
「!」
そうだ、私の調子が悪いとウララは昨夜のような事をしてくれるのかもしれない。
別に調子は全く悪くないが、ここは頷いて……
「ん?何か今ルランから念話が来たんだが、男だから分かるが、シグラの症状は放っておいても大丈夫だってさ」
「そうなの?まあ、男性が言うんだからそうなんだろうね」
ルラン貴様……
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運転席に座ったウララをぼーっと見る。
彼女は楽しそうに運転をしている。そんなに楽しいのだろうか?
運転席には色々な装置が付いているが、ずっと運転するウララを見ているせいか大体把握してしまった。
多分私もこの車を運転することは出来るだろう。
まあ、ウララのものだから手は出さないが。
「!」
ひゅううん、と独特の音が聞こえてきた。
咄嗟に窓を開けて上空を見上げる。くそっ、なんと腹立たしいことか!
敵側に気配探知妨害結界を無視する能力持ちがいるので、結界を張らずにいた結果がこれか。
「どうしたの、シグラ」
「うらら、とまって」
「え?う、うん」
不思議そうにしながらウララが車を停めた場所は、森に囲まれた道だ。
「ええええ!!ドラゴン!?」
ウララの驚いた声。さっさと威嚇して追い払えば良かったんだが、私が車から降りるのが一足遅く、ソレは私達の前に降り立った。
赤にところどころ黄色が混じった身体のドラゴンだ。
≪貴様、私の番に求愛などふざけた真似を≫
≪お、雄のドラゴン!?番がいたのか!≫
ソレが力を示す前に全力で威嚇する。
私の威嚇を受けて格の差に気づいたのか、ソレはひゅるるるるんと小さくなる。
≪申し訳ありませんでした!雌の気配と強力な結界を感じて、強い雌に巡り合えたと思ってしまい…!≫
≪去れ。それとも私と番を取り合いたいか?≫
≪滅相もございません!ここまでの力の差があるのです、本当に申し訳ありませんでした!≫
ソレは瞬時に元の大きさになると、翼を広げて飛び去って行った。
車に戻ると、運転席で震えるウララがいた。他の者達も運転席の方に来ていたが、それは放っておく。
震えを止めてやりたくてウララの手を握る。
「だいじょうぶ、おいはらった」
「い、今のは……シグラのお友達?」
「ううん、しらない、どらごんだった」
私にあんな弱いドラゴンの知り合いはいない。あれは恐らく500歳くらいの若いドラゴンだ。
「何かデジャブを感じるんだが。もしかして今、求愛されかかったのか?」
嫌そうに言うキララに「うん」と頷く。
「もうこない。だいじょうぶ」
「う、うん。ありがとうシグラ」
ぶるるん、と音を立ててまた車は動き出す。
ドラゴン除けの為にも気配探知妨害結界を張っておくか。
ドラゴンのブレスは魔法ではないから面倒だ。それ用の結界を張っておけば防げないものではないが、少々力を使う。(ら抜きどころか れプラス?)
すん、と私の中から少しだけ力が抜ける。この車体とウララに結界がついたようだ。一日寝れば治る程度の消費だ、気にする事はない。
「ウララさん、ドラゴンにモテますね」
「私が惹き寄せたわけじゃないと思うんですが。キララやロナちゃんだっているし」
「うらら、こどもにきゅうあい、しないよ」
今のドラゴンは私の力を感じて来たようだが、雌の気配も感じていた。つまりウララの気配も好ましかったのだ。苛々する。




