丘でのひと時
昼食中のこと。
どうも朝からシグラの調子が悪いようなので、今日はもう移動を止めてこの丘でキャンプをすることを提案した。
教会からの追手は不気味だが、ここまで来ればそこまで心配する必要は無いというのはルランの意見だ。
この世界の人間社会で一番速く遠くに行くことができるのは、空を駆けるペガサスに騎乗するペガサス騎士なのだそうだ。ペガサスは穏やかで清らかな乙女しか受け付けない性質の為、主に式典の賑やかしに使われるだけで、戦いに投入される事はないとのこと。駿馬に神社の巫女さんが乗ってるイメージかな。
そのペガサス騎士以外はこのバスコンの移動力に追いつく足は人間には無いそうだ。
「名のある精霊に瞬間移動の力を持つ者がいますが、移動先を特定させなければ発動しない能力だと聞いたので、これも脅威ではないでしょう」
もくもくと炊き込みご飯を食べながら、アウロも頷く。
「シグラがいるんだから、脅威も何も無いと思うんだが」
「またシグラにばかり頼って!……でも、そのシグラの調子が悪いみたいなの。今は治まってるけど、たまに胸が痛くなるみたいだから、少し休ませてあげたい」
キララはふーん?と言いながらシグラを見る。
「教会はウララさんを狙っていますからね。ウララさんに何かあれば、シグラさんは身動きがとれなくなりますよ。ここは慎重にいきましょう」
「……各教会ではお尋ね者状態なんですよね、私」
はあ、と溜息をつく。アウロは言わないが、多分ドラゴンを番にした方法は教会以外の勢力も欲する情報なのだと思う。
「シグラに何もしないなら、別に情報くらいは開示しても良いですけどね。パルちゃん…時空の概念に助けてもらってドラゴンの一発を防ぎました~…って」
「え。」
アウロのフォークがかちゃん、と落ちる。
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてませんよ。ああ、そうだったんですか。私はてっきり異世界の知識を用いてシグラさんを番にしたのかと思いました」
「まさか!私はしがないバスガイド兼運転手です。シグラの力を防ぐ方法なら、パルちゃんに訊けばいいんですよ」
『時空に穴を開け、そこにブレスを逃し、バスコンに当たらないようにしました』
にゅるんとテーブルに現れたパルはそう説明する。
「直接当たってなかったんだ。でもバスコンはずっと揺れてたよ?」
『あれは反動です。あれで治めるのが私の精一杯でした』
「教会も誤算でしょうね」
アウロは苦笑する。
「時空に干渉する能力を持つ名のある精霊はいますが、時空に穴を開けるなんて大それたことは出来ない筈です。やはりドラゴンを簡単に番にできるなんて、夢のまた夢のこと」
キララがイヤリングを弾く。パルを見てぎょっとしているルランに会話の内容を説明してやるつもりなのだろう。
「しかし人間との番を増やせないとなったら、今度はシグラさんが注目される事になりますね」
「やはり、シグラの身体を素材として?」
いいえ、とアウロは首を振る。
「シグラさんを使って他のドラゴンを狩ってこいと言いだすと思いますよ」
要はドラゴンの素材が多く欲しいだけなのだ。そして、シグラにはそれが出来るだけの力がある。
「同族殺しですか。竜族はそれは平気なんですか?」
「竜族は知能が高い為か、滅多に同族殺しはしないと聞きます。たまに求愛行動で雌を殺してしまうことはあるみたいですが」
実に笑えない話だった。
昼食を食べ終えるとアウロとルランは丘の近くにある森に狩りをする為に入っていった。
ロナはバンクベッドでお昼寝をし、キララはダイネットでパインクラフトをして遊んでいる。
私とシグラはシャワールームで溜まった汚れ物を洗っていた。
私はバケツでシャツや下着などをごしごしと手で洗い、シグラは大きめのシーツや服を足で踏みながら洗っている。
「石鹸で滑りやすいから気を付けてね」
「うん」
『責任』のことを話した手前、今シグラと一緒に居るのは恥ずかしくて仕方ないのだが、シグラは何も無かったようにいつも通りの彼だった。
まあ、あの時は胸が痛かったみたいで、私の話どころでは無かったんだろうけど。
石鹸の泡をシャワーの水で流し、ぎゅっと絞る。
絞り終えた洗濯物は私が使っていたバケツにいれて、それを持って二人でバスコンの外に出た。
良い天気だし、これならお昼の間で全部乾くだろう。
バスコンのリアラダー(車体後方の梯子)と近くの木にロープを括りつけるのは、少し力がいるのでシグラにしてもらう。
ばさばさと洗濯物を振るって皺を伸ばし、干していく。
「シャツはこうやってハンガーにかけて…シーツは洗濯バサミで止めるの」
「わかった」
洗濯物はそれなりに多かったけど、二人でしたので結構早く終わった。
「良い天気だね」
サアアっと風が吹き、丘に生えそろった草が同じ方向に揺れる。
洗濯に邪魔だったので一つ括りしていた髪の毛のゴムを外すと、その髪も風に靡く。
丘の向こうには森が広がり、その先に大きな山脈が見える。あの山の何処かが、私達がこの世界で最初に降り立った場所なのだろう。
「綺麗だね」
「きれい?」
シグラはぴんときていない。彼にとってはここが日常だったのだから、当たり前か。
「うらら、ここ、きにいった?」
「ん?うん。綺麗だし、風が吹いたら気持いいし」
「そう」
シグラはにこりと笑った。
バスコンに戻ると、またバケツに水を入れて今度は布巾を水に浸した。
「私はトイレの掃除するから、シグラはシャワールームお願い。キララー、ゲームちょっと止めてダイネット掃除しなさーい」
「むう。おいロナ、起きろ。掃除だぞ」
トイレを磨き、トイレットペーパーのストックを補充する。そろそろトイレットペーパーのストックが危ういかな。
ノルンラの街のお屋敷ではロール状の紙は置いていなかったんだよね。落とし紙みたいな感じで。
まあ、トイレットペーパーの役目を果たしてくれるなら、形はどうでも良いけどさ。
そうだ!シャンプーや石鹸も買わないと。
今度の街では行けそうなら雑貨屋さん巡りをしてみよう。
夕方になり、みんなで洗濯物を取り込んでいると、アウロとルランが戻って来た。アウロは精霊魔法で小さな旋風を起こしながら7羽の兎と1頭の鹿を運び、ルランは大きな猪を一頭担いでいた。
「ルランさん、力持ちなんですね」
「ルランさんのあれはシグラさんの加護の賜物だと思いますよ…っと」
どさどさと獲物を置き、アウロは腰からナイフを取り出す。
「血抜きは向こうで済ませましたが、解体したほうがいいですよね」
はい、と頷く前にシグラが私の目を手で覆った。
「うらら、みちゃだめ」
確かにスプラッタ系は苦手だけど、お肉だと割り切ればそこまで心配しなくても大丈夫なんだけどなあ。
キララもペリュトンの血抜きとかしてたし。
「まあ、あまり見ていて楽しいものでもないですしね。ウララさんやキララさんはバスコンの中へどうぞ。我々でやっておきますので」
「あ、じゃあお願いしますね」
私とキララはバスコンに入ろうとするが、ロナだけがたたたっと父親の元へ行ってしまう。
「ロナちゃん?」
「ああ、ロナは慣れていますから。この子は動物の皮が欲しいんですよ」
そうか。ロナはドワーフでモノ作りが好きだったんだ。
「じゃあ私達は夕飯の支度をしていますね」
「何か欲しい肉はありますか?」
「あ…兎を2羽お願い出来ますか?」
アウロは分りました、と言うと精霊魔法で水を出しながら素早く兎を『お肉』にしてくれた。
礼を言ってそれを受け取ると、私は洗濯物をキララに持たせて二人でバスコンへと入った。
今夜はシチューにしよう。




