誰のための命か
教会からの追手を振り切る為に昼までのおおよそ3時間半を60~70キロのスピードで飛ばした。
途中、道が悪くて徐行運転をしたが、200㎞くらいは走っただろう。
教会の追手が馬で追いかけてくるのなら暫くは追いつかれないだろうが、魔法がある世界なのだから安心は出来ない。
少し道を外れたところに小高い丘があるとパルに聞いたので、お昼の休憩のためにそこに停車させる。
丘は柔らかい芝生が生えそろっていて、その緑が日の光に照らされてキラキラと光っていた。
寝転がってお昼寝したら気持ち良さそうだ。今はとてもそんな気持ちにはなれないけど。
食事が出来上がるまで遊んできていいよ、とキララに言うと、ロナの手を引いて勢いよく外に出て行く。
結界があるとはいえ子供達だけだと危ないので、お守にルランが行ってくれた。
ちなみにアウロは元気な子供の相手は体力的に無理だと言って、ダイネットのシートに座ってお茶を飲んでいる。
「アウロさんは冒険者だったんですよね?」
「はは、頼りないですか?情けない事に、私は妻におんぶにだっこだったんですよ」
文字通り、険しい道で馬が入れないような場所だと、妻におんぶされることもあったそうだ。
ドワーフという種族はとても力持ちなのだろう。
「妻は馬2頭くらいなら余裕で担ぎ上げてましたよ」
「凄いですね」
「しぐらもできるよ」
「凄いね」
シートに座って低い位置にあるシグラの頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を細めた。
さて何を作ろうかな、と収納庫を覗く。
「お肉が無いから、何処かで調達しても良いかもしれないですね」
「ああ、そうですね。狩りをすれば良いと思って買いませんでしたからね」
「かってくる?うらら」
シグラはアウロの首根っこを掴んで(多分私の傍に異性であるアウロを置いておきたくないから一緒に行くのだろう)外に出ようとしたので、慌てて止めた。
「血抜きとかしてたら時間がかかるから、お昼はあるもので作るから大丈夫」
「お昼を食べたらにしましょう、シグラさん」
「わかった」
サバ缶があるから、これと野菜とお米で炊き込みご飯にしよう。玉ねぎと人参とジャガイモで肉無し肉じゃがにして…。カブがあるから浅漬けもいいかも。……この国の人に受け入れられるかは謎だけど。
炊き込みご飯は炊飯器も使うけど、飯ごうも二つ使う。シグラとロナがいる時点で炊飯器だけでは事足りないのに、成人男性のルランも加わったのだから、これくらいは必要だろう。
「それは私が炊いてきましょう」
飯ごうの米を水に漬けていると、後ろからアウロの声が掛かった。
「飯ごうの扱い方、ご存知なんですか?」
「冒険者でしたから、鍋で飯を炊いたりもしていたので」
一応簡単に炊き方を教えた後、バスコンから出て外部収納スペースから折り畳み式のバーベキューコンロを取り出し、設置する。
「じゃあ、お願いしますね」
「わかりました」
炊き込みご飯の材料と飯ごうをアウロに託すと、私はシグラとまたバスコンに戻った。
―――バスコンでシグラと二人きりだなあ…なんだか珍しい。
しばらくして根菜類の処理を終えて鍋で煮込んでいると、シグラが「うらら」と声をかけてきた。
「どうしたの?」
「しぐらは、うららのためなら、しねるよ」
「!」
教会の話が脳裏をかすめ、ぱっとシグラの方を見る。彼はいつも通り、穏やかな表情で私を見ていた。
「おぼえていて。うららのために、しぬのは、いやじゃない」
普通なら男性に言われたら嬉しいセリフなのかもしれないが、私の心は全く高揚しなかった。
「しぐらのからだも、いのちも、ぜんぶ、うららのものだから」
むしろ、冷や水をかけられた気分だった。
「何言ってるの!」
キッチンカウンターに菜箸を放り、シートに座っているシグラの肩に手を置く。
何か文句を言ってやりたかったけど、全く言葉が出てこない。
そもそもシグラはドラゴンで、人間である私とは習慣も常識も違うのだ。何を言っても暖簾に腕押しな気がした。そして私の中にある冷静な自分が、ドラゴンの本能や習慣を否定したらシグラに申し訳ないと主張する。
凄く悔しい。
「し、シグラが死んだら、私も死ぬからね!」
「え」
「私に死んでほしくなかったら、何があっても死なないで!ついでに怪我もしないで!」
はあはあと息を整え、続ける。
「シグラには責任とってもらわないといけないんだから!私が大事なら、自分の身体も大事にして!」
八つ当たりのように色々と溜め込んできた主張を口に出すと、シグラは目をパチパチさせた。
「ど、どうしよう。うらら」
「な…何が?」
「うららのために、なるなら、しんでもいいのに、しぐらがしんだら、うららのために、ならない」
哲学だね。
哲学なら哲学らしく、悩めばいい。頭が良い程悩むらしいし。
困った様子の彼に少しは溜飲が下がった。だが、それもつかの間。彼が胸を抑えて何かを耐える様に震えだす。
もしかして答えの出ないことをドラゴンに言うとマズかった?凄く苦痛な事だった?
そう言えば今朝も同じような仕草を彼はしていたような…。
まさか私を心配させないように治りきっていない怪我や病気を隠しているのではなかろうか。昨夜の誘拐犯に何かやられたのかも?
「パルちゃん!昨日の誘拐犯はシグラに怪我させた?」
『させる暇なかったですね』
「じゃあシグラは病気?」
『胸を抑えているので、心筋梗塞の類では?』
「ヒエっ」
医者、医者のところに早く……アウロ!!
バスコンから飛び出ると、米を炊いていたアウロを呼ぶ。
「精霊魔法は病気も治せますか?!」
「どうかしたんですか?…って、それどうしたんですウララさん」
「はい?私じゃなくてシグラが一大事で…」
アウロは私の少し上の方を見て、何か数える素振りをする。
「結界、今朝より10枚は増えてますけど」
少しは自分の身体大事にしなさいって言ったでしょうが!
「私にばっかり構うから心臓に負担が掛かるんだよ!アナタが死んだら私も死ぬって言ってるでしょ!」
「うららぁぁ…」
「ストップ、ストップしてウララさん!結界増えていってる!」
以前アウロに4種類の魔法を教えて貰ったが、結界は竜族なら誰もが持つ自立魔法なのだそうだ。そして自立魔法の多くは、オートマチック…自動的な面を持つ。
つまり、シグラが必要だと思っただけで結界が出来るらしい。私が死ぬって言ったから増えたんだろうか?
余談だが、番ができたら速攻で竜族の雄は妻に雄を弾く結界を張る、というのを思い出して内心苦笑した。……妻の方も夫に結界を張ってるのかな?
「結界って張る時に力は使わないんですか?体への負荷とかは…?」
「質や性質にもよりますね。まあ、シグラさんなら微々たるものだと思いますよ」
それだけ言うと、アウロは飯ごうの様子を見に外に出て行った。
私も鍋の様子を見ていると、シグラに「うらら…」とおずおずと名前を呼ばれたので「何?」と少し素っ気なく返事をする。
「…さっき、いってた、せきにんって、なに?」
「………。」
「………?」
責任。
かあああっと顔が赤くなる。
身体を触られた事とか、キスをされた事とか。
思い出して更に赤くなる。
「うらら?しぐら、なにか、だめなことした?」
「わ、私は……、その」
目がきょろきょろしているのが自覚できる。
落ち着こうと、シグラから視線を外して鍋をかき混ぜる。
「……小さい頃から結婚には憧れてて……、結婚した人にキスとか自分の初めてを全部あげようって……」
頭にキスしたことはあった。相手は犬だったけど。
マダオにはかなり迫られたけど、どうにか躱してきた。今思えば、それが原因で別の女性と駆け落ちしたのかもしれないなあ。でも私のことが嫌になったなら、きちんと別れてくれと言ってくれれば良かったのに。まあ、それさえするのが面倒なほど、私は彼にとってどうでも良い女になってたんだろうなあ。
「だからキスとか……私の身体に沢山触ったシグラには責任とって私と結婚して欲しくて……」
ジャガイモに火が通ったので、火を消して蓋をする。
マダオの事を思いだしたお蔭か、冷静になれたので、溜息を一つ吐いて振り返ると。
シグラは胸を抑えてその場に蹲っていた。
「ヒイイイイっ!また胸に負担が!?」
私の叫び声を聞いてアウロがバスコンの中に入ってくる。
「どうしたんで……うわ!まためちゃくちゃ結界増えてる!」




