捕獲:シグラ視点
『俺はテメエに最高のプレゼントを贈ろうと準備してやってたんだ、喜べよブネ』
此方に話を聞くつもりが無いと察したのだろう、アミーは大げさな手振り身振りでそんな事を宣いだした。
まあ、喋りたいなら勝手に喋れば良い。此方はそれどころではないのだ。
『先程の1枚で済めば良かったのに……』
ウララから渡されたクッキーは1枚だけではない、泣く泣く次の犠牲となるクッキーをポケットから取り出すと、ベラベラと喋っていたアミーが『ふざけんじゃねえぞ、テメエ!!その菓子は仕舞え!!』と怒鳴りだした。
『テメエ、ブネ!どうでも良いから話を聞けや!少しは空気を読め!脳みそ無えのかよ!』
またナベリウスの魔法が飛んできたが、先程と同じように魔法反射の結界がそれを弾いた。だが攻撃の手は止まない。
『オラオラオラァ!!さっさと狼の餌を投げろよ、燃えカスにしてやるからよぉ!!』
なるほど、魔法攻撃で弾幕を張っておけばクッキーを防げると考えたか。
確かに攻撃魔法が飛んでくる空間にウララのクッキーを投げたくはない。これ幸いと私はクッキーをポケットに大事に仕舞った。
クッキーの出番を奪ってくれたことは感謝だが、さて、どうやってナベリウスの気をひこうか。
アミーの方に目を向けると、奴はフンっと鼻を鳴らした。
『それで良いんだよ。でだ、俺様の話を……』
『まどろっこしい奴だ。どうせ時間稼ぎをしようとしているだけだろう?それならば貴様の下らない話は不要だ、さっさと保護させろ』
アミーが一瞬怯んだ。だがすぐに軽薄な笑みを浮かべる。
『それっぽい事を言って悦に浸ってんじゃねえよ、ダセエ。何で俺が時間稼ぎなんかしなきゃなんねえんだ』
よし、一気に距離を詰めて適当にアミーの炎を薙ぎ払おう。アミーを取り除けばナベリウスも元に戻るかもしれない。……しかし人間に擬態したままでナベリウスのスピードに対応出来るかな。
―――仕方ない、会話でアミーの気を逸らすか
『先程私の為に準備をしたと言っていたな?つまり貴様の標的は私なのだろう』
『……』
奴は笑みを引っ込め、憎しみが籠った目で此方をまっすぐに睨んでくる。
『貴様が私に一番ダメージを与える方法として、私の番に目を付けたのは自然な流れだ』
『……』
アミーにそれなりの実力があるのはわかる。だからこそ、此奴は私との力差を明確に理解している筈だ。どう足掻いても私には敵わないゆえに、私にとって何よりも大切なウララを傷つける事で間接的に私にダメージを食らわせようと企んだ、のではないかな。
アミーが前回私達を見失ったのはニホン公爵領のシマネだった。奴はそのまま拠点をニホン公爵領にして私達の行方を探っていたか……もしかしたら拠点を公爵領に定めたのは、ウララがニホン公爵家と縁があるとわかったからかもしれない。一応こいつも信徒がいる身だ、手となり足となる者はそれなりに居るだろう。
ウララの行方を探れる信徒か。だが行方がわかったとしても無駄だ。
『私の番が見つかるまで、この下らない時間稼ぎをするつもりか?無駄な事を』
『自惚れんな!!……んなワケねえだろうがああ!!』
『そうか。まあ、正解など興味が無いので、どうでも良いが』
奴が激昂して叫んだタイミングで私は地面を蹴り、奴と距離を詰める。
『ックソが!!』
怒りで判断が鈍ったアミーは、此方の動きに対応できず一瞬だけ怯んだ。その隙に奴の胴体部分を手刀で薙いでやった。そして薙いでナベリウスから離れた炎の一部を檻の結界で素早く捕獲する。
半分程アミーを削ぎ落せたか。
『おい、ナベリウス。まだ自我を取り戻せないのか?』
アミーの影響力が落ちた今ならばと話しかけるが、ナベリウスの虚ろな瞳はそのままだった。
駄目か。
ひょいっとナベリウスは後ろに跳び、私と距離を取る。
今の攻撃で接近戦はマズいと思ったのだろう。
『さて、次はどんな話をしようか?』
『うるせえ!こっちを油断させるつもりだろ……ん?お前、小細工するって事は、まさかこの狼のスピードに追い付けねえのか?』
アミーは会話よりも逃げ回る方が時間稼ぎとしては有効だと気付いたのか、ひょいひょいと跳び回りだした。
面倒だ。
『時間稼ぎは止めろ』
『止めさせてみろよ』
はあ、と溜息が出る。
時間稼ぎをしたところでウララが見つからないことを教えてやろう。
『残念だが、私の番は此処に居る』
『……は?』
胸元の、防視の結界のせいで黒くなっている結界を撫でる。
その仕草でこの黒い結界が誰を守っているのか理解したのだろう、ナベリウスを包む炎がボワッと火力を上げた。
『クソが!!うぜえ!!うぜえ!!』
黒い結界に目掛けて炎が飛んでくるが、私自身に張った結界がそれを弾く。ウララを守る結界にすら、攻撃は届かせない。……届かせないが、ウララに攻撃の意思を向けた時点で此奴の処遇は決まった。一段落着いたら、絶対に此奴は消し飛ばす。
『諦めて保護をさせろ』
魔法攻撃の弾幕を突き進んでいく。
もうすぐでナベリウスを捕捉できる、という位置まで来たところで、アミーが不敵に笑ったのが見えた。
『テメエ、このボケ狼をそんなに傷つけたくないのか?』
『は?』
『テメエのことだから、どうせこの狼がどうなろうがどうでも良いんだろう?なら、何でこんなめんどくせえ事してるか?答えは簡単だよなあ?』
アミーの形を象っていた炎が解かれ、炎全てがナベリウスを覆う。
『テメエの番から、この狼を守れって命令されてんだろう?』
既にアミーの形は無いのに、キヒヒヒヒヒと奴の笑う声が辺りに響く。
『ざ~んねんでしたあ。炭になった狼の死体を見せて精々絶望させてやるよ!!』
『!』
ナベリウスを覆う炎の色が白に変わった。
炎はかなりの高温を携えているらしく、ナベリウスの周囲の土がドロドロと溶けて真っ赤に染まっている。少し離れた位置にいるバティンも『あっちい!!』と大げさに叫んだ。
『ビビったかあ?このクソ狼は魔力だけは多いからな。それをすっからかんにする勢いで吸って火力を出してんだよ』
ナベリウスの呼吸が浅くなってきている。魔力と言うよりも生命力を吸われている状態なのかもしれない。
『自分の魔力で炭になりやがれや!!』
アミーの高笑いが辺りに響く。
まずい、いくら火の属性とは言え、虫の息のナベリウスではこの高温には耐えられない。
駄目だ、ナベリウスが死ねばウララが傷ついてしまう。絶対にナベリウスを殺してはいけない。
だが炎がこびり付いている状態では結界の張りようが無い。
―――取り敢えず延命させよう
地面を蹴り、ナベリウスとの距離を詰める。そして腕を伸ばし、炎の中のナベリウスを抱きかかえた。
近くに来てわかったが、既にナベリウスの身体が炭化し始めている。早く私の血を与えなければ。
しかしドラゴンの血で延命させたところで、魔法を止めさせなければ焼け石に水だ。解決にはならない。どうすればいい?
いや、考えるのは後だ。
とにかく血を与えようと、手首をナベリウスの口の中に突っ込もうとした、その瞬間。脳裏に私の身を案じたウララの顔がよぎった。
「うらら……」
私の胸元にある、彼女を包む結界に手を当てる。こうするとウララの存在を強く感じられ、自分は1人ではないという安心感が満ちてくる。すると急に心に余裕が生まれた。
そうだ、私にはドラゴンである以外にも別の力があるではないか。
“憑依”だ。
ナベリウスはアミーに身体を乗っ取られているとはいうが、これはウララがリパームに身体を乗っ取られた時の方法とは異なる。
恐らくアミーはナベリウスに考える事を放棄させ、操り人形にしているだけだ。それならナベリウスに自我を取り戻させ、自身の主導権をアミーから奪い返せば良い。
しかし、今のナベリウスに自我を取り戻させるのは時間がかかるだろう。実際、先程アミーを半分に削った際も、ナベリウスは無反応だった。
ならば、手っ取り早く別の自我をナベリウスの身体に与えれば良いだけの話だ。
つまりナベリウスに他者の魂を憑依させ、その魂にアミーからナベリウスに対する主導権を奪わせる。
『来い、リーヤ!』
呼んだのはブネルラで憑依の練習に付き合わせていたブネルラの亡き巫女の名。
呼ばれた亡き巫女の魂はすぐに私の側に現れた。ブネルラを発つ前に何かあった時の為にとパームからリーヤの遺骨の破片を受け取ったのだが、役に立った。
このまま亡き巫女の魂をナベリウスに憑依させれば……!
―――よし、成功だ
虫の息のナベリウスは、ブネルラで憑依の練習台にしていた半死半生のリパームと体の状態が似通っていたからか、すんなりと憑依に成功した。
『リーヤ、魔法を止めろ!!』
命じた瞬間、ふっと火力が落ちる。
『何が起こった!?おい、クソ狼!さっさと燃え尽きろ!ご主人様の命令がきけねえのか!!』
アミーが焦った声を出す。
命令通りに動いていた駒が急に抵抗をし始めたので、驚いているのだろう。
さて。
動きを止めたナベリウスごと、アミーを檻の結界に閉じ込める。
アミーが『アア゛!?』と状況に付いていけていないような、戸惑った声を出した。
『お、俺ごと閉じ込めて良いのか?クソ狼を炭にしてやるぞ?』
『問題ない。もうナベリウスは貴様の命令はきかないからな』
『は?何でだよ!クソ、燃えろ!!クソ狼、燃えて炭になれよおおお!!』
喚くアミーに対して、ナベリウス (リーヤ) は“ふんっ”と鼻を鳴らし『私に命令なさらないで下さい』と一蹴した。
ちょっと風邪をひいてしまいまして、更新が遅れました。
もうすぐ3周年目なので、来週あたり番外編をアップしたいのですが、間に合うかなあ。




