轟音:(前半:シグラ視点、後半:アガレス視点)
バティンの能力により、ウララと共にキョートの街を背にした崖に降り立った。此処から靄の発生源……狼姿のナベリウスが全身にアミーを纏わせながら走って来るのを目視できる。あの速さだと、一時間もしないうちにキョートの街に辿り着くだろう。
本来の姿に戻ればバティンの力を借りずとも素早くここまでこれただろうが、王都から目と鼻の先にあるニホン公爵領でドラゴンになれば面倒な奴らを刺激することになる。
この騒動はあくまでも人間に擬態したまま、可及的速やかに収める必要があった。
そして今しがた、アガレスから自警団の足止めが成功したと報告が来た。これで死者数も増やさずに済む。
ホッとしていると『無関係の人間を心配するとか、シグラさんって結構優しいっスね』とバティンが揶揄うように言ってきた。
『私の番が心を痛めるからだ。貴様もいたずらに生き物の命を奪う予定があるなら、覚悟をしておけ』
『しない、しない!俺は良い奴だから!』
多少脅すように言えばバティンはぶんぶんと首を横に振り、そして話題を変えるように『それにしてもさあ、』と言葉を続けてきた。
『本当にその子と一緒に行くの?アンタの嫁とは言え、普通の人間なんだろ?』
『ん?わたし?』
自分の事を言われたと気づいたのか、ウララが顔を上げてバティンを見た。
今回も戦いの場にウララを連れてきた。
やはり、ウララが自分の手の届く距離にいないと、彼女と離れ離れになってしまったあの記憶が私を蝕み、不安で仕方がないのだ。
バティンとの会話を切り上げ、ウララと向き合う。
「うらら、せなかがいい?それとも、しょうめん?」
「シグラの邪魔にならないようにして」
ウララが邪魔になることは絶対にないが、私の視界の中に居てくれた方が安心する。
そう思い、私がウララを横抱きにすると、ウララは隙間を無くすように私に抱きついた。
「出来るだけ密着した方が良いと思って。動きにくいとかない?大丈夫?」
「だいじょうぶだよ。うらら、けっかいをはるよ?」
「うん」
「ぼうしとぼうおんのけっかいもはるよ?」
「うん。シグラの良いようにして」
私が張れる全ての結界を幾重にも張る。
それ以外にも、出発前にブエルが張ってくれた空気中にある毒物に対する結界も彼女を守っている。……まあ、これは毒物を防ぐモノではなく、検知するだけの代物だが、無いよりはマシだ。
最後に檻の結界で私とウララの身体を固定し、彼女を抱き上げていた腕を離す。
これで傍から見れば、私の身体に黒い球体が張り付いているように見えるだろう。
『アガレス、ウララとの念話は出来ているか?』
『出来とるよー。嫁御はお前さんが怪我をせんか心配しておるから、さっさと片付けて安心させてやりなさい』
ウララには念話の耳飾りを付けて貰っている。そしてその対になる耳飾りはアガレスが付けている。防音の結界があるとアガレスの能力が役に立たないので、この魔道具を使用する必要があるのだ。
防視と防音の結界を完璧に張っているウララとは、術者である私でさえ意思疎通が困難なため、アガレス経由でそれを可能にするために考えた策だ。私が魔道具を使えればいいのだが、こればかりは魔法が一切効かないドラゴンの身体が腹立たしい。
アガレスにウララの言葉を一言も漏らさずに私に伝えるよう念を押し、崖から飛び降りた。
ああ、そうだ。ウララに言われて張るようになった自分自身のための結界も、今回はさらに念を入れて張ろう。ウララが傍にいるのだ、出来る事は全てやらねば。
■■■
『―――シグラがナベリウスと接触したようじゃ』
儂と同じ座卓について茶を飲んでいるブエルは“へー”と興味の無さそうな声を出した。子供たちやロノウェならそれなりにリアクションを返してくれるのだろうが、生憎と子供たちは3人で厠に行っておるし、ロノウェの奴はアニメのDVDに夢中だ。ちなみに桃色まみれの服を着た黒髪のアイドル娘が奴の“推し”らしい。
やれやれ、ブエルのあまりのリアクションの薄さに、実況のし甲斐が無いなと思っていると、儂の心情を察したのかブエルは苦笑した。
『ウララが一緒にいるんだからシグラは絶対に最初から本気で行くだろうし、あっという間に帰って来ると思うよ?』
『まあ、のう』
しかし、ただのナベリウスではないからのう。
アミーに身体を乗っ取られたナベリウス……二柱の名のある精霊が組み合わされば、どのような事が起こるか儂でもわからん。
うむ、少し興味がそそられる。
シグラ達の戦いを集中して楽しもうと姿勢を正した、その時―――バリバリバリ!という轟音が儂の鼓膜を震わせた。
『な、なんじゃ?』
まるで雷が間近で落ちたような衝撃だった。
思わず辺りを見回し、まず目に入ったのはブエルが身体を縮こませ、自分自身にだけ檻の結界を張っている姿だった。相変わらずの怯えようだが……、
『……せめてこの屋敷ごとを結界に張れんのか?』
思わず呆れ声が出てしまう。
それから廊下からパタパタと複数の足音が聞こえてきて、扉が勢いよく開いた。厠から戻って来た子供たちだった。
『い、今の衝撃音、何ですか!?』
『わからんが、外から聞こえてきたようじゃぞ』
儂の言葉を聞いたライは部屋を横断し、庭に面した障子を勢いよく開いた。




