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靄:自警団員視点

『何だアレ……』


キョートの大通りにて、通行人の一人が“ソレ”に気付き声を上げたのを皮切りに、人々は空を見上げ、困惑の声を上げ始める。


自分を含めた警()中の同僚も同様に見上げると、遠くの空に紫と黒が混ざり合った異様な靄があった。まだ遠い位置にあるのに、此方に近づいてきているのがわかる程度には速い速度で動いている。

『何だアレは……煙か?』

煙だとしても、あの色は異様だ。

『おい誰か1人……1番足の速い君に頼むが、南通りを警邏している隊長に報告してきてくれ。緊急性があるかもしれないから残りは靄の発生源を見に行こう』

俺たちは5人で警邏中だったのだが、その中で一番年長の同僚がそう仕切ってくれたので、俺は混乱しつつも彼の言葉に従う事にする。


『念話の魔道具が使えれば、隊長の指示を仰ぐだけで良いんだがな……』

隣を走っていた同僚がぽつりとそう漏らす。組織で動く俺たちは、隊長の指示なしで動くと叱責を喰らう場合がある。

それでも、あの異様な色の靄を見て待機など出来ない。仮にアレが毒ガスの類であれば、指示待ちの時間が命取りとなる。

俺たちの会話を聞いていたのか、前を走る年長の同僚が苦虫を嚙み潰したような顔をする。

『先程からずっと念話の魔道具を使ってはいるんだが、やはり通じないよ』

そう、俺たちは一応念話の魔道具を持ってはいるのだ。

だが現在公爵邸で外部からの連絡を遮断しているからか、公爵邸の近くでは俺たちが使うような安物の通信魔道具の不具合が起きるようになったのだ。

不便だが、領主のニホン公爵様に文句を言える筈もなく。俺は『あの靄が悪いモノでなければ良いんだが』と話題を変える。


キョートの街を駆ける道中、立ち止まって空を見上げる者、嫌な予感がしたのか家路につく者などが目の端に映る。街中のざわついた空気を肌で感じ、警邏の人数を増やした方が良さそうだと考えながら、前を走る同僚の背中を追いかけた。



俺たちは街の門に設置してある自警団詰所に行くと、門番の仕事をしている同僚たちに声を掛けた。緊急事態用に用意してある馬を借りようと思ったのだ。

キョートの街はニホン公爵のお膝元の街であり、規模も大きいので常に人の出入りが多く、門番の仕事はかなり忙しい。そんな彼らだったので、まだ例の靄の事には気付いておらず、俺たちの話にかなり驚いていた。


『変な色の靄だな……。しかし、あの靄の原因によっては門を閉める指示が出るかもしれない。……おーい!』

門番の1人は詰所の方を向くと、休憩を取っていた同僚に声を掛けた。

『さっき交代したばかりで悪いけど、出てきてくれー!』

街に入ろうと列をなしている者たちの処理を出来るだけ早くするために、総動員で作業をするようだ。


俄かに慌しくなってきた門番たちに邪魔をして申し訳ないがと、年長の同僚が声を掛ける。

『我々はこれから靄の確認をしてこようと思うが、馬を借りて良いかな?』

『ああ構わないが、3頭しかいないぞ?』

3頭か、1人余るな。

『仕方ない。……君、此処に残ってくれるか?』

居残りの指名をされたのは俺だった。まあ、この中で俺が一番年若いからだろう。外された事で少し落ち込んだが、駄々をこねている場合ではない。

『承知しました、門番の手伝いをしつつ、連絡係をしますので、何かあれば念話の耳飾りでお知らせください』

門は公爵邸から離れた位置にあるので、ここまで来たら流石に魔道具の不具合も起こらない。

『頼んだ』

同僚3人は馬に跨ると、俺に向かって1度手を振り、すぐに靄のある方向へ駆けて行く……筈だったが。


『ちょっと待ってくれるか?』


―――!?


馬の進行方向に人間が3名現れ、同僚たちは咄嗟に手綱を引き、馬がヒヒン!と嘶いた。


『な、何だ!?』

急に現れた3人を凝視すると、金髪で日焼けをした軽装の男、赤髪の男、被衣(かづき)姿の女……女に関しては被を被っているので顔や体格はわからないが、そもそも被衣は女がするものなので恐らく女だろう、という事がわかる。


『貴様ら魔物か!?今、煙のように現れただろう!?』

馬上で同僚がパニックになっているのか、がなり立てる。

すると金髪の男がずいっと一歩を踏み出した。


『俺はバティンだ!名のある精霊って言われてるんだけど、この中に俺の事を知ってる奴、いるか?』

『名のある精霊だと!?』

『知っててくれる奴がいたら、話が早いんだけど……その様子じゃあ、駄目みたいだな。俺ももっと人間に認知されるように頑張らないとなあ』

金髪の男はカラカラ笑う。

名のある精霊と呼ばれる存在は勿論知っているが、全員を知っているわけではない。何せ70以上いるんだ、勉強するお貴族様や長生きで物知りなエルフでもなければ難しいだろう。


だが、突如現れた事と言い、この……何とも言えないプレッシャーを発する彼らは只者ではないという事だけは分かる。


『お、俺は樹の記憶を視るウァサゴと、通訳のロノウェしか知らない……』

プレッシャーに喉を震わせながら門番の1人がそう言うと、金髪の男は嬉しそうな顔をして空中に向かって声を張り上げる。

『お、ロノウェの事知ってるんだ?よしよし、アガレスさーん、ロノウェ呼んできてー』

この男は何を言っているのだろう?

理解が追い付かないが―――ふと、“アガレス”という名前に心当たりがあったのでつい、口から『アガレスルラ帝国?』という言葉が出てしまった。

アガレスルラ帝国は海の向こうにある国だが、何故か多くの国に対して影響力を持っており、フィルマ王国も御多分に漏れない。俺のその呟きに、複数の同僚たちが『アガレス帝国なら知ってる』と言い出した。

『そう言えば、あそこの帝国の統治者は名のある精霊だったな』

年長者の同僚がそう呟くと、金髪の男は『何だ、知ってんじゃん』と気安い感じで笑った。


『説明はアガレスさんに任せまーす。じゃ、俺らはナベリウスのところに行くけど、面倒な仕事が増えるだけだからお前らこっちに来るなよー』

俺たちに向かって金髪の男は手を振り―――

『っ!?』

現れた時と同様に唐突に煙のように3人は消え去ってしまった。


『な、何だったんだ?』

誰ともなしにそう呟くと、すぐに耳元で老人の声が聞こえてきた。


『儂はアガレスルラ帝国の主であるアガレスじゃが、ちょっと儂の話を聞いてくれるかのう?』


その老人の声に、この場に居た俺たちは一斉に肩を震わせて辺りを見回した。だがこの場には顔見知りの同僚しかいない。

混乱を極める俺たちに、老人は話を続ける。


『無駄死にしたくない者はその場で待機じゃ。あの靄は人間がどうこう出来る代物ではないからな』

『だ、だが!俺たちはこの街を護る役目がある!』

『そ、そ、そうだ!たとえ本当に帝国の主であったり、名のある精霊だったとしても、我らの行動を制限することは出来ない!』

萎縮している身体にカツを入れるように、俺と同僚は敢えて大声で反論する。

それに対して老人は少し沈黙し、

『あー……、お主らの主はニホン公爵でええか?それなら此方が話を付けてやるから気にするな。それよりもお主らが現場に行って場をかき回す方が公爵に迷惑をかける事になるだろうよ』

領主様の名が出てきた事で、俺たちは息をのむ。

此処で俺たちが下手に反抗をしたら、領主様の身が危ないかもしれない。そう思える程、消えた金髪男もこの老人の声も異質だった。


俺たちはこれ以上何も言えず、それでも年長の同僚は領主様か、もしくは隊長にこの異常事態を直接報告しようと思ったのか、手綱を操り、馬の進路をキョートの大通りに定めた。

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