異世界でもガラパゴス化現象
※ガラパゴス化現象……独自で進化・発展している事。
キララの所在を掴んだ私達はキョートの街に引き返し、門でマツリと再会した後、彼の誘導でニホン公爵邸近くの邸宅に車を停める事になった。此処はカエデの乳兄弟の家だそうで、初老に差し掛かったカエデの乳母が迎えてくれた。
乳母が挨拶がてらこの家の現状を説明してくれたのだが、乳母の夫であるこの家の主人とカエデの乳兄弟は公爵邸に出仕していて、暫くは家に帰っていないらしい。きっと、お家騒動が勃発しているために、家に戻れないのだろう。
また、この邸宅に来る際、大きなバスコンは目立つだろうと思われたが、公爵邸からのリアクションは特に無い。マツリが便宜を図ってくれたこともあるだろうが、それ以上に、跡目争いをしているところに日本人であるキララとマダオが乱入したせいで、公爵邸は混乱の真っただ中にあり、不審車両の事など構っている暇はないのかもしれない。
さて、どうやってキララを救出しようかと通されたの部屋でマツリも交えて話し合っていると、バティンがニカっと笑った。
『俺がちょいと行ってきてやろうか?』
私達の視線がバティンに向かったのを見て、彼は話を続けた。
『だって、もう戦争屋はお嬢さんの傍にいないんだろ?戦争屋の魔法陣でぶっ飛ばされる心配が無いなら、多少強引にしても問題はないだろ』
瞬間移動の能力を持つバティンが得意そうに胸を張った。
確かに戦争屋の元にキララの身柄があった時は、此方が強硬手段をとると魔法陣などの何らかのトラップがある可能性があったが、ニホン公爵家ならばそれもない……のかな?戦争屋からトラップの受け渡しとかあったりしない?
ニホン公爵邸の前にキララが送られたという事で、私の中には“ニホン公爵家がキララ誘拐に加担しているかもしれない”という疑惑があった。だからニホン公爵家が戦争屋と通じていないのかマツリに一応尋ねると、それは無いと断言された。
『ニホン公爵領は王都と近い場所にありますから、物騒な連中とは極力近づかないようにされています』
マツリの言葉に“そりゃそうか”と納得できた。謀反とか疑われたら困るだろうし。
ニホン公爵家と戦争屋のつながりは無いという前提で進めても良いだろう。
[だったらバティンさんにお願いしても……大丈夫、かな?何か気を付けないといけない事とかあるかな?]
バティンの提案を受ければすぐにキララを連れ戻せるので私としては良いと思うけど、私が思いつかないような、何かしら注意しなければいけない事がないかとシグラとアガレスに問う。
シグラは“うーん”と首を傾げた後に[私は良いと思うよ]と頷いた。アガレスも、
[儂もバティンに任せて良いと思う。ニホン公爵家じゃからな、危なくはないじゃろう]
と2人からGOサインが出たので、早速バティンに提案を受け入れる旨を話した。
が。
『あ……ありゃ?』
バティンは戸惑ったような声を出す。
『どうしたんじゃ?』
そうアガレスが問いかけたが、バティンはそれに答えず、しきりに首を傾げつつ息を整えた。それから間もなくまた『あれええ?』と困ったような顔をして此方を見た。
『何でか知らねえけど、移動出来ないです』
『何と!どういう事じゃ?』
『だからわからないって』
バティンは眉を八の字にしたまま、シグラの方を見る。
『シグラさんの檻の結界の中に入ろうとして、入れないような感じと似てるんだけど』
言われたシグラは目をぱちくりした後、『私は別に公爵家に檻の結界など張っていない』と言った。
『バティン、お主、シグラの檻の結界の中に入れんのか?』
『そうですよ。だから一度シグラさんと話がしてみたかったんですよね』
『……そう言えばヤハルも私の檻の結界の中には干渉出来ないと言っていたな。同じようなものだろう』
シグラの言葉にバティンは『えー、マジかー!そいつとも話したい!』と目をキラキラさせながら騒ぐ。
そんな、シグラ、アガレス、バティンの三人に『あの……』と声を掛ける人物がいた。
『もしかしたら、ニホン公爵家が外部からのやりとりを遮断しているせいかもしれません』
ニホン公爵家の内情に詳しいマツリだ。
アガレスは首を傾げる。
『うむ、遮断している件は知っておるが……公爵家には、名のある精霊の力を跳ね返せるような者が居るとでもいうのか?』
アガレスの言い方は“そんな者いるわけがないじゃろう”と言外に匂わすような訊き方だ。
『確かに、当家には名のある精霊よりも強い力を持つ者はおりません。しかし……ニホン公爵領、特にニホン公爵の屋敷は【その気になれば】陸の孤島になることが出来るのです』
この場に居た全員が訝し気な顔をする。ただ、私の脳裏には“鎖国?”という単語が浮かんではいたが。
『ニホン公爵の屋敷には特殊な魔法陣と魔法が仕込まれています。それらを発動させると、いかなる方法でも外部からのリアクションは遮断されてしまうと言われています』
『そのような技術、儂でも知らんぞ?』
アガレスが目を輝かせながらマツリに詰め寄る。彼は未知なるものが大好物なのだ。
マツリは『仕組みなど詳しくは言えませんが』という前置きをしてから、ニホン公爵家では時代遅れで廃れた魔法陣の技術や、有用性は無いが娯楽性は富んでいる魔法を研究する者が度々現れるのだと話してくれた。彼らはそれらを小型化したり複合したりと改良していき、未知なるモノを作り出してしまうのだそうだ。
『それらはあまりにも……その、突拍子の無いモノでして、更に費用も嵩むことから王家や他の領地では理解されず。ニホン公爵領だけの技術となっています』
情報を出しすぎないように慎重に言葉を選んでいるせいか、マツリは説明に苦労しているが、要はこれって……
[……ガラパゴス化してますね]
ライの言葉に私も頷く。
異世界に拠点が移ってもガラパゴス現象が起きるなんて。もう身内だけで引きこもって独自に発展していく(しかも外国に受け入れられない)のは日本人の性質なのかもしれない。
『とにかく、先人の酔狂さが複雑に絡まり合った結果、陸の孤島になることが出来るようになりました。ただ、御当主様の執務室には外部と連絡が取れる手段があります。まあ、これもフィルマ王家直通になってしまいますが』
所謂、ホットラインというやつだろう。
『何とまあ、本当に連絡の取りようがないという事か。人間の国のただの貴族家じゃと侮っておったが、興味深い事をしておるモノもおるもんじゃわ』
感心するアガレスがいる一方でシグラは私の方に向き、小さく溜息を吐いた。
[小細工が通じないなら、直接行くしかないね]
[直接行くって、公爵邸に?キララを迎えに来ましたって言って、簡単に引き渡してくれるかなあ?]
多分無理な気がする。
[いざとなったら力づくで]
[力づくは駄目だよシグラ]
シグラの力づくなんて、屋敷が跡形もなくなる未来しか見えない。そりゃあ、キララの命が危ないなら形振り構わず行かないといけないけどさあ。
[“いかなる方法でも外部からのリアクションを遮断する”と言うが、シグラのブレスなら突破できるかもしれんのう]
試したそうにしているアガレスとは絶対に目を合わせてはいけない気がする。
頭を軽く振り、話題を変える。
[キララの処遇とか、公爵邸での状況とか詳しく知りたいね。キララと連絡が取れたら簡単なのに]
どうしたものかと考えていると、それまでライの側でじっと会話を聞いていたレンが[ねえ]と声を発した。
[アガレスさんの力は、屋敷の中は無理でも、庭や門の辺りなら届く?]
[ん?そうじゃが。どうした?]
[だったら、キララお姉ちゃんが庭に出た時に連絡をし合えるんじゃないの?]
レンの言葉にアガレスは
[キララはニホン公爵家にとって謂わば重要人物じゃ。そう簡単に外に出すことはないじゃろうよ]
と言って苦笑する。だが私とライは“はっ”と顔を上げた。
[[キララ(さん)がじっとしているワケが無い!]]
キララは行動を制限されるのが苦手だ。すぐに外に出たいと言い出すに決まっている。
[……ふむ。確かに言われてみればそうじゃなあ、キララの性格を考えると。どれ、庭のあたりを探ってみるか]
[お願いします、アガレスさん]
ちなみに、アガレスの力が及ぶ場所なら自分の力も通用するかもしれないとバティンは瞬間移動を試してみたようだが、此方は無理だった。どうも位置を掴みにくいらしい。バティンにとってニホン公爵邸は鬼門のようだ。
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キララが庭に出てくれるのを祈るように待っていた私達の元に、一通のメッセージが入る。
それはシグラが持っていた懐中時計型の通信機に齎されたモノだった。
[また内乱が起こったみたいだよ。今度は北の男爵領だって書いてある]
[南の辺境伯の所で起こったばかりなのに……何だか情勢が安定してないね]
戦争屋の存在もあるし、何だか不穏な空気だ。




