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カエデとの再会:(前半:ニホン公爵視点、後半:カエデ視点)

『そうか……東洋人顔の女性をヒイラギが保護したか』


当家の暗部組織シノビの報告に、思わず両手で顔を覆う。

東洋人顔の女性というフレーズに、先日王宮から齎された日本出身の賢者が行方不明という話がどうしても脳裏をかすめる。日本と言えば……

『ところで、数時間前にカエデを頼って来た自称日本人の男はどうなった?』

『その方でしたら、現在はサツキ様陣営にて歓待を受けていらっしゃいます』

『……カエデがサツキにその男の身柄を渡したというのか?』

そう問うと、シノビは『いいえ』と首を横に振った。

『カエデ様にその方の身柄が渡る前に、サツキ様の手の者が奪いました』


“はあ……”と溜息が出た。


カエデには既にシマネの代官……所謂街の代表という地位を与えている。シマネはニホン公爵家の玄関口であり、重要拠点の一つとされている為に、代表には優秀で信の置ける者が選ばれる。そこを任されたカエデのニホン公爵家での地位は、少なくとも当主の三番目の子供である“だけ”のサツキよりも遥かに上だ。

それなのに、カエデの客人を奪うマネをするとは……。


―――跡目争いで有利になると思ったか。しかし、礼儀を欠いた行動をしたならばサツキを叱らねば


この無礼な行為を非難することで、サツキを煽る者どもの力を削げないだろうか?

そうだ、ついでに自称日本人と話をしよう。本当に日本人であるならば、彼の身の置き方を検討しなければならない。


『当主様!』


襖の向こうで焦ったような声が私を呼んだ。この声は弟のユキムラか。

目配せし、シノビに襖を開けさせた。

『如何した、ユキムラ』

ユキムラはざっと部屋の中を見回し、私とシノビの2人しかいないのを確認すると、声を潜めながら『東洋人顔の女性が現れたと聞きました』と言った。

『その話は何処で聞いた?』

『先日当主様より日本出身の賢者が行方不明になったと聞きましたので、万が一の為に数名の配下を門扉の傍に置いておりました』

なるほど、恐らく他の老中達も同じことをしているだろうな。そのうち他の老中達も此処へ来るだろう。


『それで……その女性は賢者様なのでしょうか?』

ユキムラの顔は必死だ。

王家と賢者を天秤にかける事態になるかもしれないのだから、仕方がないか。……私だって頭が痛い。

『まだ話を聞いていないので、何とも言えぬ』

『いまから話を聞きにいかれるので?』

『いいや、女性の方は少し落ち着いてからが良いだろう。今から話を聞きに行くのは、男性の方だ』

ユキムラは訝し気に『男性?』と呟いた。門扉を監視させていた配下に“東洋人顔の女性”という条件をつけていたのか、自称日本人の男の情報は耳に入っていなかったようだ。


『女性が現れる前に、日本人だと自称する男性が当家を頼って来たのだ』

『は……、はああ?!』

きょとんとした後、目を極限まで見開いたユキムラは『ど、どういうことですか!兄上!!』と悲鳴のように叫んだ。

弟を落ち着かせるように、わざとゆっくりと『私もわからぬ』と首を振る。

『わからぬから、これから話を聞いてくるのだ。共に行くか?』

『行きます!……あ、その前に他の老中達にも知らせてまいります!』

ユキムラはそう言うと、勢いよく立ち上がり、退室の挨拶もせずに走り去っていった。

ユキムラがわざわざ行かずとも、使用人たちに行かせれば良いだろうに。余程心に余裕が無いのだろうな。

開けっ放しになった襖をシノビが静かに閉めた。



■■■



「カエデー!」

「き、キララ殿!?」


私の部屋にヒイラギ兄上が伺うという旨の伝言を使用人から伝えられて暫しした後。スッと障子が開けられて部屋に入って来たのは、ヒイラギ兄上と……キララ殿だった。


「あー、良かった。知ってる顔がいてホッとしたわ。しかし、並ぶと本当にイケメン兄弟だなあ。あ、後で写真撮らせてもらっても良いかな?出来れば庭が良いなあ、窓越しで見たけど、この家の庭ってかなり本格的な日本庭園みたいだし」

この庭は結婚式の前撮りで使えそうだ、と目をキラキラさせながらキララ殿は私越しに庭を見る。彼女の手元を見れば、いつものカメラを携えていた。


「どうして此処に?」

ニホン公爵家を頼ってこられたのだろうか?もしやシグラ様達に何かあったのか!?

表情を強張らせた私に、キララ殿は「いや、それがさあ」とははははと笑う。空元気のような笑い方だ。

「私もよくわからないんだけど、実は誘拐されたみたいでさ」

「誘拐?ええっと……キララ殿がですか?逃げてこられたのですか?」

「私が自発的にニホン公爵家に来たわけじゃ無いんだよ。何故か誘拐犯はこの家の門前に私を置いて行って……あ、さっきまで身体が固まって動けなかったんだけど、漸く動けるようになったんだよね」

いまいち理解出来なくて、首を傾げた。するとヒイラギ兄上が懐から折り畳まれた紙を取り出し、此方に寄越した。

「それはキララ殿が所持していたものだ。彼女が言うには、誘拐犯から無理やり襟首に捻じ込まれたそうだ」

読んでも良いのかと尋ねると、二人とも頷いた。


紙には簡潔に“この女はニホン人である。丁重な保護を頼む”とフィルマ語で記されていた。


「ニホン人……この誘拐犯はキララ殿の正体を知っているのか……」

「カエデ」

ヒイラギ兄上が私の言葉を遮る。兄上の方に顔を向けると真剣な表情で此方を見ていたので、思わず身構えた。

「彼女が……キララ殿が日本人であるのは間違いないのか?いや、こうも日本語を巧みに使い、尚且つニホン公爵家の直系でも限られた者にしか知らされない、日本の歴史を知り尽くしているので疑いようもないのだが、一応お前の口から聞きたい」

「はい、キララ殿は日本人で間違いありません」

私が肯定すると、兄上は“ふう……”と溜息を吐いた。


『何処で、キララ殿と会った?』


兄上は急にフィルマ語に切り替え、そう訊ねてきた。

『何処、と申されましても……』

兄上は部屋を見回し『此処は防音の結界を張っているな?』と確かめてから話を始めた。


『先日の事だが、父上のもとに王宮から問い合わせがあった』

『問い合わせですか?私は初耳です』

『これは今の所、父上と老中達だけの話になっている。私の手の者が情報を仕入れてくれたので私は知り得たがな』

流石兄上だ、極秘に近い情報を手に出来る方法を持っているようだ。私にも頼りになる配下は数名いるが、殆どがシマネにいる。それでもマツリがいてくれたら私の耳にも入ったのかもしれないが、彼には別の仕事を頼んでいるのだから仕方がない。

『どのような問い合わせだったのですか?』

『賢者が行方不明になったので、心当たりはないかという物だったらしい』

『賢者が行方不明?それはまた……しかし、何故当家にその話がきたのでしょう?』

兄上はキララ殿の方に一瞬だけ目線を遣り、

『その賢者と言うのが、日本出身なのだそうだ。東洋人顔をした女性だという』

と言った。


ああ、なるほど。兄上はその行方をくらませた賢者がキララ殿ではないかと疑っているのか。


『兄上、キララ殿は賢者ではありません。確かに日本人ではありますが、少なくとも王宮が探す賢者ではありません』

ウララ様は賢者として遇されるのを嫌がっておられたので、キララ殿の事も賢者ではないときちんと否定しておかねば。

『では何故、日本人である彼女が此処にいる?先程の質問に戻るが、お前は何処で彼女と知り合ったのだ?』

さて、どう返答したものか。

全てを正直に言えば、ウララ様の事も言わねばならなくなるが……。

私が口籠っていると、ヒイラギ兄上は『シマネで出会ったのか?』と質問を重ねてきた。

『カンベが病床での譫言ではあるが、シマネで東洋人顔の娘を見たと言っているが、彼女の事か?』

『いいえ、それは違います』

『では……』


ピカっと光り、カシャリという軽い音が聞こえた。


私とヒイラギ兄上は弾かれたように顔を上げ、光が現れた方を見る。

カメラを構えたキララ殿が悪戯が成功したかのように、にやりと笑って此方を見ていた。

「私に訊かれたらマズい事があるのかもしれないし、お宅らの事情もよくわからないよ。でも、私関連でカエデを責めているのなら、止めて欲しいんだけど」


「責めているわけではありません。事情を聞いているだけです」

「私に関しての事情なら、私に訊けば良い」

キララ殿はズボンのポケットを探り「あー……、ごめん。今名刺はないや」と言いながら、改めてヒイラギ兄上の方に向き直る。


「私は伊豆キララ。25歳、女。プロカメラマンのアシスタントをしているけど、今は諸事情により休暇中」

「は、はあ」

奥ゆかしさを尊ぶニホン公爵領の御令嬢とは違い、ハキハキとした物言いのキララ殿に、兄上は戸惑っているようだ。私はウララ様やキララ殿との交流だったり、日本に行った際に大学生に交じって遊園地で遊ぶという体験をしたので、今更戸惑うことはない。

「さて、私はニホン公爵家は日本人の味方であると聞いたけど、それは本当?」

「は、はい」

兄上が頷いたのを見たキララ殿は、今度は私の方を見た。だから私も「勿論です」と頷く。


「じゃあヒイラギさん。今、フィルマ語で喋ったカエデとの会話を全て日本語訳してくれる?」


兄上はぎょっとした顔をして「いや、あの、それは!」と慌てる。

「味方なんでしょう?隠し事しないで欲しい。私もきちんと嘘偽りなく答えるから」

キララ殿の言葉に、兄上はもう何も言えない様子だ。普段の兄上ならばいくら戸惑っていても、当たり障りのない返答をし、相手を丸め込むような話術を展開する筈だ。だがやはり“日本人”にはそれが出来ないのだろう。公爵家の嫡男として、日本出身の賢者を敬う教育は私などよりもきっちりとされているから。


簡単に白旗を出した兄上は、渋々ではあるが、先程の私との会話を日本語で再現した。

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