攫われた後のこと:キララ視点
気が付いたら、薄暗い部屋の床に転がされていた。周囲を見回し、見覚えのない場所だ。
どうしてこんな所にいるんだっけ?
少し前の記憶を思い出そうと目を瞑る。
確か……ブネルラの街を駆け巡っていたら、いきなり大きな鳥に飛び掛かられて。そして藻掻いていると騎士っぽい姿をした男2人に助けられて……。鳥からの拘束から抜け出た後、結構大きな鳥だったので珍しくて写真を撮ろうとカメラに手を掛けて……。
―――そこから記憶が無い
いくら丁寧に記憶を探っても、やはりそれ以降の記憶はない。なにがどうしてこうなった?
取り敢えず考えつく可能性として、鳥から助けてくれた騎士っぽい人達が、気を失った私を屋根のあるこの場所に連れてきてくれたというものだ。
「それにしても埃っぽい場所だな」
此処は倉庫なのか、壁際に沢山の木箱が重ねられて置いてある。多分あの木箱が邪魔をして窓が隠れてしまっているのだろうと思い、壁の方へ向かう。
「くそ。重いな、これ」
少しでも木箱をずらして窓を探そうとしたが、どの木箱も中身が相当重い物が入っているのか、びくともしない。
「何が入ってんだよ……」
木箱には釘で蓋が打ち付けてあり、中身を見るには力任せに蓋を剥ぎ取らなければならない。
「……一個くらいなら蓋が壊れててもバレないかな……」
木箱はざっと数十個はある。そもそも私の様な他者を寝かせておけるような場所にある木箱だ、そこまで大事なモノでもないのだろう。
そんな言い訳を心の中でしつつ、好奇心のままに木箱の蓋に手を掛けた。
「んぎぎぎぎ!」
駄目だ、私の力では開けられない。
「ドライバーがあれば、蓋と箱の少しの隙間に差し込んでこじ開けられるのに」
何か持ってないっけ?とポケットを探る。こつんと指先に硬いモノが当たった。
「……これ、使えるかも」
硬貨だ。ブネルラで買い食いをする際に貰ったお小遣いの残りだ。
何とか木箱と蓋の間にコインの端を捻じ込み、梃子の原理を意識して指先に力を入れる。
………ガコッ!
やっと指が入る隙間が出来た。
コインを抜き取ると今度は自分の指をその隙間に入れて、グッと力を入れた。
ベキっという木が折れた音と共に、蓋は中身が見える程度に開いた。ワクワクしながら覗き込むが……。
「何だコレ」
砲丸投げに使う砲丸のようなものが緩衝材を挟みつつぎっしりと詰められていた。使用用途がさっぱりわからず、取り敢えず写真を撮ろうとカメラを構えた。―――が、
「あ、容量いっぱいになってる」
カメラの画面にメモリーの残量が無いというメッセージが出た。メモリーカードを差し替えようとポケットを探るが、何処かに落としたのか、入っていなかった。
仕方ない、いらない写真を消そう。そう思い、カメラを弄っていると……。
「なんじゃこりゃ」
撮った覚えのない森の風景が連続して写っていた。時折自分の腕や、何者かの後ろ姿も写っている。数分ほど何でこんな写真があるんだ?と不思議に思っていたが、何者かの後ろ姿に見覚えがあった。
これは大きな鳥から助けてくれた騎士っぽい人の服に似てる!
それから連続写真を次々とスライドさせ、コマアニメのようにして見ていて気付く。
やはり彼らに救助されたのか、自分は彼らに担がれて移動しているのがわかる。
ホッとして更に写真をスライドさせていく。
「これブネ……じゃなくてシグラの足か」
ドラゴンになったシグラの足が写った写真だ。更にスライドさせていくと、シグラとシグラの手のひらに乗ったお姉ちゃんとライの写真も出てきた。
つまり、お姉ちゃんやライは騎士に担がれていた私を見つけてくれていたのだ。お姉ちゃん達公認で私が此処に居るのなら、此処で待っていればそのうちお姉ちゃんが様子を見に来てくれるだろう。
ホっとしつつ、まだまだ写真をスライドさせる。
シグラが私の方に近づいてくる様子の写真があり、更に更にスライドさせると何も映っていない真っ白な写真になり、次には木張りの床が写り込んでいた。
「……ん?」
私は再度周りを見回し、その木張りの床が今いる部屋の床に酷似している事に気付く。
「…………。」
私はもう一度お姉ちゃんとライが写った写真を画面に出し、二人の顔を拡大させる。
―――二人とも、めちゃくちゃ焦った顔してるーーー!!!!
ゾワリと背中が冷たくなる。
前言撤回、これは非常にマズい状況だ。
私、これ、誘拐されとるのでは!?
此処で目が覚めた時、私は拘束されていなかった。だから単に保護されただけだと誤解してしまったが、きっと私が拘束されなかったのはシグラの結界のお陰だ。
私には結界の存在が視認できないし、シグラの結界に馴染みないが、ブネの結界には取材旅行中に随分とお世話になっているので何となくわかる。きっと害意を弾く結界が張られているから、誘拐犯は拘束しようにも出来なかったのだろう。
それでも本当に結界が張ってあるか一応試した方が良いかと、ブーツを脱いだ。それを勢いよく自分の腕に叩きつける。
「おお!やっぱり張ってくれてる!」
腕に想定の痛みは無く、更にブーツが弾き飛ばされた。これはブネの物理反射の結界と同じ作用だ。害意を弾く結界までは動作確認できないが、これで物理反射の結界は張ってくれているのを確認出来た。これがあるだけでも有難い。
私はブーツを履きなおし、取り敢えず―――部屋の写真でも撮っておこうかとカメラを構えた。
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あれから一時間ほど経過した。
部屋の外に出る扉は当たり前だが施錠されていて、やることもなく扉の傍にしゃがんでいたら、足音が聞こえてきた。
私の様子でも見に来たのだろうか。
もしもこの扉が開いたら、すぐに飛び掛かっていけるように身を低くしたまま身構える。物理反射の結界があるのだから、結構大胆に動いても大丈夫だ。運が良ければ脱出できるかもしれないし、運が悪くても何かしらの情報を得られるだろう。
ガチャン、と重厚な音がする。鍵が開いた音だろうか。
ぎぎぎ、という音を当てて扉が開く。外開きタイプの扉で、誰かの足が見えた瞬間私はその足の膝関節を蹴飛ばした。どんなに屈強な奴でも、関節部分を不意打ちされたらよろけるだろうと思ったからだ。だが思ったような事にはならず、逆に私の方が跳ね返された。
もしかして、あちらさんも物理反射の結界を張っていて、私の打撃が反射された?
跳ね返された反動で身体をよろけさせた私に、棍棒のようなものが襲い掛かってきた。しかしその打撃はシグラの結界が弾き、今度は相手方がよろける番だった。
その隙をついて部屋から飛び出し、廊下を走る。
「しゃおしゃおお!!」
私の背後から男の叫び声が聞こえてくる。
「何言ってんのかわかんないっての!」
とにかく出来るだけ距離を稼ごうと走りまくり、更に適当に写真のシャッターを押しまくった。
コツン、と前方に何かが跳ねた。その瞬間、ぶわああああ!と煙が出てきた。
毒ガス?!
咄嗟に腕で鼻を抑え、姿勢を低くする。
―――う、動けない
身体がいう事をきいてくれず、そのまま前のめりに倒れた。
ただ、意識はきちんとある。
こつこつと軽めの足音が近づいてくる。
「少し話をしてからと思い、眠りから覚ましたのが良くありませんでしたね。安心してください、此方からは貴方にこれ以上の危害は加えません」
日本語だ。声は少し甲高く、女か子供かのどちらかだろう。
「貴方はこれからニホン公爵家に送られます。そこで保護してもらうと良いでしょう」
ぎゅむっと襟首に紙が差し込まれ、更に背中にも紙のようなものを張り付けられた。
それからややあって、私の視界は白い光に包まれ―――。
次の瞬間には、頬に土の感触があった。
前のめりに倒れているせいで、周りがわからないが、周囲に人がいるのか“しゃおしゃお”という此方の世界の言葉があちこちから聞こえてくる。
「どうなってんだよーー!!もおおーー!!」
意味が解らなさ過ぎて、ついつい叫んだ。ちょっとだけスッとした。
■
あの後、色々な人間が立ち替わり私の前に現れた。彼らは私に向かって何か喋りかけていたが、生憎とこの世界の言葉は挨拶程度しかわからない。体の自由さえ利けばボディーランゲージで何とか出来たかもしれないが、ガスの効果は未だ健在だし。
そして固まっている私を見かねたのか、私は逞しい腕にひょいと持ち上げられ、移動することに。視界の高さが変わった事で色々とわかったが、此処は外だった。私を包んだあの光は、瞬間移動の魔法か何かだったのだろう。未知なる魔法の体験に、お姉ちゃんやアガレスさんには呆れられるかもしれないが、私のテンションは結構上がった。異世界に来た甲斐があったよ。
私を担いでくれている人は門扉を潜り、室内へ。暫く廊下を歩き、やがて―――畳が敷いてある部屋に通された!
あれ?もしかして私、日本に戻ってきた?
いや、それにしては“しゃおしゃお”と異世界語が飛び交っている。
どういう事だろう、と軽くパニックになっていると、敷かれた布団に丁寧に降ろされた。
「あ、どうもありがとうございます」
通じないだろうなとは思いつつも、つい癖でお礼を言う。すると、その思いに反して「構いませんよ」という返事が返って来た。
「え!?日本語?やっぱりここ日本?」
仰向けに寝かされたので、眼球を忙しなく動かして声の発生源を探す。
すると私の意図を察してか、声の主は顔が見えるように私の傍に寄ってくれた。
おお、ハーフ顔のなかなかのイケメンではないか。それにしても誰かに似ているような……?
「はい、此処はニホン公爵家でございます」
「日本公爵家?えー……と、元華族ということですか?近衛とか徳川とかそういう感じの?」
「と……トクガワ?!何処でそれを……、いや、やはり貴女様は賢者様でしたか!」
「え?はあ?どういう事??」
小学生でも徳川は知ってるでしょうよ!
その後、いまいちかみ合わない会話を続け、此処が異世界にあるニホン公爵家であることを私は知った。そう言えばそういう公爵家もあったなあと、幾分か冷静になった頭の中の記憶を探る。確かカエデの実家だったっけ?
そして私とこうしてかみ合わない会話をしてくれたのはヒイラギという名の男性で、ニホン公爵家の嫡男だという。
「ニホン公爵家の長男さん……ん?もしかしてカエデのお兄さん?」
そうだ、誰かに似ていると思ったら、カエデに似ているんだ!
「弟の事をご存知で?少し前に屋敷に来られた自称日本人の男性もカエデの名を口にしていたようですが、何故弟の事を?」
自称日本人の男性って、何じゃそりゃ。
カエデの事を知っている日本人男性って、もしかしてマダオかな?いやでも、アイツは今はブネルラにいる筈だし、違うか。
投稿ミスしていました。7月の終わりに投稿したつもりだったので、されていなくて一瞬頭の中真っ白になりました。びっくりした……orz
次話投稿は次の土曜日か日曜日頃になります。




