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単独行動

「何だかヘンテコな映画村みたいだな」

[止めろ]

部屋の窓から身を乗り出したマダオの首根っこをシグラが掴む。首が絞まったのか「ぐえっ」という声を出したマダオに構う事無く、シグラは力任せに部屋の中央へ投げた。

「くそっ!何しやがるんだ!」

[ちょ、そんな大声で日本語を喋ったら……]

[この部屋には防音の結界を張っているから大丈夫だよ、ウララ]

[そ、そうなの?良かった……]

私がホッと息を吐くと、アガレスがマダオの名を呼んだ。

「マダオよ。お主は日本人なんじゃから、今みたいに素顔を出すのは危険じゃぞ。シグラに顔周りだけ防視の結界を張られたくなかったら、気を付けなさい」

そうやんわりと忠告されたマダオは「はあ?」というような顔をした。

一応彼にもニホン公爵家の事は説明をしているけど、どうも親切に接してくれたカエデの実家だからか、いまいち危機感を持っていないようなのだ。


「危険っていうのが分かんねえんだよなあ。確かに言葉も常識も通じない異世界で身包みはがされたり赤や金色の恐竜がいたりして怖い思いを沢山したけどさ。でもニホン公爵家っていうのは、俺ら日本人の味方なんだろ?」


マダオの言いたいことはわかる。私も最初は多少の便宜を図ってもらえるかもしれないと期待していたし。

ただ、やはり気になるのはお家騒動の最中だという事だ。

東洋人顔に執着している公爵家。優秀な長男と東洋人顔な三男が跡目争いを起こしている現状。そこに日本人が現れたらとんでもない騒動になるのは火を見るよりも明らかだ。公爵家の人間全員が日本人を神格化しているのならまだ良いだろうけど、そうでなければ跡目争いのごたごたに巻き込まれて最悪暗殺される可能性があるかもしれない。

考えすぎだとは思わない。少なくとも既にカンベはカエデが跡目候補から外されたことをかなり気に病み、アミーに付け入る隙を与え、大事件を起こしてしまったのだから。


この世界の跡目争いがどれだけ苛烈なものなのかわからないので、迂闊に触るべきではない。

ニホン公爵家が外部と連絡を絶っているのだから、今はそっとしておくべきだと思う。


そもそもニホン公爵家は何処まで信用できるのか、というのも考えなければならない。

ゴーアン侯爵夫人やカエデのことを思えば疑いたくないけど、実際どうだろう。

……異世界から来た人間は賢者認定される。

という事は国家機密とされる賢者だと思われて国王に通報されるかもしれない。

日本人の保護と王国への忠誠心はどちらが強いのか。……あれ?ルミカと再会するならそれもアリなのかも……。いや、駄目だ。それはミイラ取りがミイラになるだけだ。


アミーの存在も気になるし。


―――控えめに見ても、近寄らない方が良い気がする……


これはマダオを説得した方が良いだろう。

「あの、私達も出来るだけルミカさんの捜索は手伝おうと思っていますし、」

「ん?今はルミカちゃんの事は関係ないだろ?」

「え?」

ルミカの事が関係ないって、じゃあ何でニホン公爵家を頼ろうとしているの?


「日本人が現れたら大騒ぎじゃぞ。そのまま公爵家に連れ去られ、暫くは外に出してもらえんようになるじゃろうよ。最悪、永遠に飼い殺しになるやもしれん」

アガレスの言葉にマダオは首を傾げた。

「別に良くないか?俺って楽して生きる派だから、飼い殺しとかピンとこないんだよなあ。それよりシンプルに考えようよ。味方ってことは害を与えられるわけじゃないだろ。……というか公爵家だろ?すげえ贅沢な歓迎してくれそう。上げ膳据え膳ってやつで、俺が望めば可愛い女の子がお世話してくれたりしてな。最高じゃん。よし、俺決めた!ニホン公爵家に駆け込むぞ!」

マダオの言い分にアガレスは溜息を吐いた。

「ニホン公爵家に骨を埋める覚悟があるなら、それもよかろう」

アガレスとしてはマダオがどうなろうと割とどうでも良いようで、あっさりと見放してしまった。

確かにマダオを止める権利は私達には無いけど……。


「先程ルミカさんは関係ないと言いましたが、アナタが身軽に動けなくなると、やはりルミカさんの捜索はニホン公爵家に任せる事になりますよ?それで良いのですか?」

私が確認するように言うと、マダオは「へ?」と目を丸くする。そして「あ、ああそっか。うん。そうだよ、そう!」と頷いた。

「俺はニホン公爵の事を聞いてからずっと、ルミカちゃんを探すのを手伝ってもらおうと考えてたんだよ。嘘じゃないよ?それにほら、ウララ達はキララちゃんの事で忙しいだろ?ルミカちゃんの事は俺で何とかしたいなって思ってさあ」

「……ルミカさんは王宮にいるそうですが、私達も今すぐではありませんが王宮に行く予定があって、」

「それってキララちゃんの事が終わった後だろ?俺はすぐにでもルミカちゃんの事を探しに行きたいんだよ!」

「……そうですか」

それを言われたら返す言葉が無い。私もルミカの事は心配だけど、キララの方を優先させたい。


私達の会話を聞いていたライが口を開いた。

「ニホン公爵家はお家騒動真っ最中です。その女性の事をどれだけ真剣に探してくれるかわからないですよ」

「大丈夫だ。俺も社会人なんだし、思い通り行かないからって駄々なんかこねないし」

「それ以前に御家騒動に巻き込まれたら厄介なことになりませんか?」

「だいじょーぶ!社会人舐めんなよ」

何処からそんな自信が湧いてくるんだ……とライがドン引いている。そしてよく見るとレンまで“この人大丈夫?”と言う顔をしていた。

「シグラお兄ちゃんの傍が一番安全だよ?」

レンが困惑したように言うと、マダオは途端に不機嫌そうに顔を顰めた。

「シグラの力なんか死んでも借りたくないね。もう決めたんだ、俺は此処からは単独で動く!」


「本当にそれで良いんですか?此処は異世界です、日本とは違い危険ですよ?」

私が念を押すように言うと、マダオは途端に変なにやけ顔をして私に近寄って来た。

「ここが危険な世界ってのは身をもって知ってる。だからこそ味方であるカエデの家に行くって言ってんだよ。何だ、ウララ。俺に『行かないで~!』って言ってんの?へえ?やっぱり俺のこと……」

「うららにちかよるな」


マダオにセリフを最後まで言わせず、シグラはマダオの首根っこを掴んでぽいっと二階の窓から彼を投げ捨てた。


「し、シグラ!そんなことしたら死んじゃう!」

慌てて窓に駆け寄り、下を見る。すると檻の結界に入れられてぽかんとしているマダオがいた。シグラはマダオが怪我をしないように気遣ってくれたようだ。

やがて結界が消えるとマダオは「この暴力野郎!!ウララ!そいつにDVされて泣きついて来ても知らねえからな!」とぎゃあぎゃあと罵詈雑言を捲し立てた。

「はい、忘れ物だよー」

呑気な調子でロノウェが窓からマダオの靴を投げる。

「くっそ、バカにしやがって」

彼が文句を言いつつ靴を履いている間に、一応持ってきていたファーストエイドキットと非常用の食料が入ったリュックをマダオにあげようと用意する。

「うらら、かして。しぐらがなげるから」

シグラは中身が壊れないように檻の結界を施してから窓からマダオに向かって投げてくれた。

「マダオ、あ、いいえ、丸出さん。私達は公爵家についていけないけど、何かあったらカエデさんに頼って下さい」

マダオはリュックを背負うと“チッ”と舌打ちしてその場を後にした。

立ち去る彼の背中を見ながら、ライが「行かせてよかったんですかね?」と呟く。

「まあ、大丈夫じゃろうとは思う。御家騒動中とはいえ、ニホン公爵家は日本出身の賢者の味方に変わりはないからのう」


[一応、物理と魔法反射の結界は張っておいた。……どうしても気になるなら、今からでもマダオをとめようか?ウララ]

私が微妙な表情をしていたからか、シグラが気を使ってくれたようだ。ありがたいが、シグラのその言葉に私は首を横に振った。

そしてシグラが英語に切り替えたので、私も此処からは日本語ではなく英語に切り替える。

[シグラが結界を張ってくれているなら大丈夫だと思う。ありがとう、シグラ]

まだ窓辺で心配そうにしているライに、私は[ライ君]と声を掛けた。

[マダオさんはルミカさんを探すために私達に同行していたんだもの。だから彼がその目的の為に公爵家に頼ると決めたなら、私達に止める事は出来ないよ]

[あの人はルミカさんの為にニホン公爵家に行くわけじゃないと思います。単に楽な方に逃げただけだと思いますよ]

ライはマダオにあまり良い感情を持っていないようで、ちょっと棘のある言い方だ。

[そうかもしれないけど、案外そうじゃないのかもしれないよ?]

私視点ではマダオとルミカは不誠実な人間同士のカップルでしかないが、視点を変えれば婚約者を裏切ってまで結ばれた、固い絆を持つ素敵な2人として捉える人もいるだろう。彼らはそれだけの事をやってのけたカップルなのだ。

その前提があるからこそ、私はマダオがルミカ以外の女性にデレデレしていても、本当に彼が好きなのはルミカであり、マダオはルミカの為にこの異世界に留まっているのだと思っている。


[……とは言っても、心配ではあるよね。ニホン公爵家に行く前にキララのように危険な人に誘拐されるかもしれないし]

キララの事も既に成人しているからと思い、好きにさせていたのが今の状況に繋がっている。

確かに大人なんだから自己責任ではあるのだが、“戦争屋”という物騒な輩がいると知り、やはりここは日本とは違いかなり危険な世界だと再認識もした。

[マツリさんがまだこの辺にいるなら、彼にお願いしておけば良いんじゃないですか?]

[あ、そうだね。マツリさんの事はテランさんに訊けばわかるかな]

テランの先導で私達がキョートの街に入る時、マツリがニホン公爵家関係者の専用出入り口を開けてくれた。そのことから彼らは密に連絡を取り合っている筈だ。


テランにマツリのことを尋ねると、思った通り、お互い連絡を取り合える状態であると教えてくれた。なので早速、マダオの事をマツリに頼めるか問い合わせて貰うと、すぐに“任せてくれ”という返事がきた。

これでマダオに関しては……一安心、かな。


[取り敢えずまあ、拠点を変えた方が良かろうな]

ほっと息を吐く間もなく、アガレスが腰を上げた。

[そうですね。マダオさんがニホン公爵にウララさんの居場所を告げ口する可能性がありますから]

[行こう、ウララ]

ロノウェはやれやれという風に部屋の外へ歩いていき、シグラも私の背中をそっと押して部屋を後にした。


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