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名のある精霊バティン

出発当日の朝、アガレスに用事を頼まれた私はシグラとライとレンを連れてブネルラの端に向かって歩いていた。

アガレスに頼まれたのは彼の知人の出迎えだ。というのも、シグラがブネルラ全体を檻の結界で覆っているので、今は誰もブネルラの中に入ってこれないため、迎え入れてやって欲しいと言われたのだ。

「檻の結界は安全だけど、張ったら誰も入れなくなるのが難点だよね」

もし入れようとしたら、結界を一旦解除する必要がある。

「んー……、けっかいは うららをまもるために はってるだけだから、ひとの ではいりまでは、きにしてないからね。なにか あたらしいけっかいを かんがえなきゃね」

未来の世界のブネは、子供たちが伸び伸びと遊べるようにと、中からは外が見えるけど外からは中の様子が見えないというマジックミラーのような防視の結界を編み出していた。だから自分も新しい結界を編み出せる筈だとシグラは考えているようだ。

「あまり根詰めないでね」

また夜も眠れなくなったら大変だ。

「うん。うららをまもるためなら がんばるけど、たにんのための かいりょうだからね」

私の為であっても頑張りすぎないで欲しいんだけどなあ……。


ブネルラを歩いていると、至る所で壊れた家屋が目に入ってくる。しかし昨日、復興の手伝いとして大きめの瓦礫はシグラがぱぱっと撤去したので、当初よりは随分と片付いたように思う。

今日の復興作業計画を立てている人達に会釈をしつつ大通りを抜けると、薙ぎ倒された木々が目立つ林に入った。此処から少し歩くと、ブネルラの端につく。


「アガレスさん、聞こえてますか?端に辿り着きました」

宙に向かってアガレスに話しかけると、すぐに「おお、歩かせて済まんかったな」と耳元で声がした。

「いいえ、私が歩きたかっただけなので気になさらないで下さい」

出迎えを頼まれた時、シグラが私を抱えて飛んで行こうかと提案もしてくれたのだが、ブネルラの様子をじっくりと見たかったので、歩きを選んだのだ。


「では、奴を呼ぶとしようかのう。いきなり目の前に現れると思うから、驚かんでくれよ?」


そうアガレスが言った次の瞬間。瞬きをする間もなく、金髪で日焼けした筋骨隆々の半袖短パンの男性が現れた。


「え、と……」

あまりにも驚きすぎて、上手く言葉が出てこない。確かにいきなり現れるとは言われたけど、これは流石にいきなり過ぎる!

レンが「瞬間移動だー……」と呟いたが、その声は現れた男性の大声によって搔き消された。


『寒ッ!!』


男性はその大きな体を出来るだけ縮こませ、自分自身を抱きしめるようにしてその場にしゃがみ込んだ。


『寒い寒い寒い!!早く結界の中に入れてくれええ!!』



シグラは一度結界を解き、男性を入れた状態で再度結界を張りなおす。


『はー……、助かったー……』

四つん這いの状態で深く息を吐いた後、男性は顔を上げて素早く立ち上がった。

『俺はバティン。よろしく!』

そう言って私に握手をしようと手を差し出してきたが、その手はシグラに叩き落された。

『これ、バティンよ。嫁御にちょっかいを出したら、番の雄にブレスを食らわされるぞ』

アガレスが注意喚起をするが、バティンは調子よく笑う。

『ちょっとした冗談なんだけどなあ』

『阿呆、ドラゴンにその手の冗談は通じんわい。シグラも、こやつがやらかす事は適当に流してよいからな』

『ウララに近寄れば消すだけだ』

早々にバティンという男はシグラにとって要注意人物になったようだ。

むすっとした表情のシグラにも物怖じせず、バティンはけらけらと笑う。

『まあまあ、そんなに怒らないでよ。アンタ、ブネさんだろ?一度会って話してみたかったんだよね』

『おいアガレス。このオス、郷の外に捨てるぞ』

『待て待て、用事があって呼んだんじゃ。捨てるなら用事を済ませた後にしてくれ』

『ひでえ言われよう!まあ良いや、取り合えずアガレスさんの所に移動しようか。最初は驚くだろうから、ちゃんと嫁さんと子供を抱えておいてくれな』


バティンのその言葉を聞いたシグラは素早く私とライとレンを抱き寄せた。その反動で私はバランスを崩してシグラの胸元におでこを激突させてしまった。ほぼ頭突きの状態だったので、慌てて「ごめんなさい!」と言いながら体勢を整えた。


「……って、あれ?」


顔を上げると、シグラの肩越しにバスコンが見えた。

「え?え?え?」

一瞬意味が解らず辺りをきょろきょろと見回すと、此処はブネルラ滞在中にずっと居た池の畔だとわかった。さっきまで郷の端の林に居たのに!?


「わあああ!瞬間移動だー!」

私の傍にいたレンが「凄い!凄い!」とはしゃぎだす。

「ライ兄ちゃん、瞬間移動したよ!凄いね!」

「う、うん。凄い、な」

ライも私と同じで今の現象への理解が追い付かないのか、はしゃぐレンに流されるように頷いていた。


『よう来たのう、バティン』

アガレスがひょっこりと現れる。

『お、アガレスさん。直接会うのは久しぶりですね!何かネタになりそうな話題があったら、また教えて下さい』

『あれ?賑やかな声がすると思ったら、バティンさんじゃないですか』

バスコンに牽引している馬車の後ろからロノウェが顔を出した。彼女もバティンとは顔見知りのようだ。

『ロノウェもいたんだな。今日はエルフに変装してるんだな』

『ただのエルフではなく、可愛いエルフ娘ですよ。アガレスさんのお客さんってバティンさんだったんですね。あ、もしかして私達に力を貸してくれたりします?』


きゃっきゃとロノウェとバティンによる世間話に花が咲く。……さっきから思ってたけど、このバティンという人はかなり社交的な人のようだ。


バティンと少し会話をした後にロノウェは「あ、ウララさん丁度いいところに」と私の方を見た。

「食材は後ろの馬車に積めば良いんですよね?ブネルラの人達が日持ちしそうな加工肉とか野菜を是非持って行ってくれって用意してくれたんですよ」

「え?あ、はい!馬車の方に積んで下さい」

ロノウェは私の事を“奥様”ではなく名前で呼ぶようになった。もともと彼女が私を奥様と呼んでいたのはゴーアン家の使用人として接していたからだからね。

「後で忘れずにパームさん達にお礼を言わないと」

昨日のうちに小麦粉や常備野菜はブネルラのお店で買い付けてはいたんだけど、大食漢が複数名いる私達にとって食料はとてもありがたい。


「……って、流石に多すぎますよ!!」


どんどん詰め込まれていく食材に、思わずストップを掛けた。てっきり今日1日分くらいの量だと思ったのに!

「ブネルラはこれから復興とかでお金が入用になるんですから、私達には気持ちだけで十分です!」

私の拙いフィルマ語では言いたいことが殆ど伝わらないと思い、ロノウェに通訳してもらうが、食材を運んでいたブネルラの住民達がうるうるという目を向けて『しゃおしゃおしゃお……』と少し長めの言葉を返してきた。

「キララさんの救出に関して、十分な手助けが出来ないので、食材だけでもお受け取り下さいって仰ってますよ」

あとこれ、とロノウェにやけに重たい革袋を手渡される。中身は……金貨だ!!

「ブネルラのエルフから預かりました。路銀の足しにして下さい、だそうです」

「貰えませんってば!」

「嫁御よ、それらは信徒達の気持ちじゃから貰っておきなさい。遠慮するにしても、全てを拒否したら信徒達が傷つくぞい」

「う……」


そう言われてしまえば、断りにくい。結局、金貨は丁重にお返しし、食材だけありがたく頂くことになった。


『何処かに出かけるの?もしかしてそれで俺が呼ばれたの?』

バティンも此方に来て、会話に加わる。バティンの言葉にアガレスは“うむ”と頷いた。

「シグラ、嫁御。紹介するぞ。こやつはバティン。名のある精霊で、瞬間移動の能力を持っておる」

「そ、そのようですね」

実際、先程体験したので、疑う事はしない。

「前に儂に考えがあると言ったじゃろう?バティンの力でニホン公爵領まで行こうと思うんじゃが、どうじゃ?」


おお、それはとても有難い!と興奮する私の後ろで


「おすがふえた」

「また男率が上がった……」


とシグラとロノウェの嫌そうな声が聞こえた気がした。

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