急進派の動き:テラン視点
ニホン公爵邸があるキョートの街。領主の本邸がある街は普通なら領主の名前に“居る”という意味の“ラ”という文字を付けるのだが、公爵家ではそれに当てはまらない場合が多い。例えばニホン公爵家、イタリア公爵家、スペイン公爵家、カナダ公爵家などなど。最近ではユーケー公爵家もそうだ。フィルマ王国の公爵家の数は他国よりも多いと言われているが、何故か“ラ”が付く本拠地を持たない公爵家に限って他家からの養子は認められにくく、そのせいで後継者不在によりお取り潰しになる家も多いため、バランスが取れているのかもしれない。
拠点として確保した宿の部屋に人の姿をしたナベリウスさんと共に入り、荷物を下ろした。宿屋は二階建ての木造建築で、此処は二階の南向きの部屋。床は畳敷きで、椅子ではなく地べたに座るタイプだ。これはニホン領では一般的な様式で、ニホン公爵家出身の母のためにゴーアン家の屋敷にも畳敷きの部屋がある。そのお陰でこの部屋の様式に戸惑わずに済んで良かった。
窓は出窓で、花瓶が飾ってあった。花瓶を隅に寄せて窓枠にちょこっと座り、窓を開けると、キョートのメインストリートが眼下にあり、ついでにニホン公爵邸も遠目に見える。
さて現状報告でもするか、と胸元から通信機の懐中時計を取り出した。
まず拠点にした宿の場所をブネルラに報告しよう。
キララ殿が誘拐され、更に連れ去られた先が王都周辺と聞いた時には驚いた。その報を聞いた私はすぐにでも現場に乗り込もうかと提案したが、ブネルラからは“拠点地確保後は待機”という指示が出た。これは相手が名のある精霊であったり、彼らの雇用元の規模がまだはっきりとしない為だと説明された。シグラ様がブネルラから此処にやって来るそうなので、動くのはそれからになるだろう。
報告を終えると、次に王都にいるセラン兄上宛てにメッセージを送る。内容はニホン公爵家で会った母上の事だ。
跡目争いが勃発しているニホン公爵家では、外部からの干渉を避けるために手紙や通信機の使用を制限されている。きっとゴーアン家の父上や兄上が母上の事を心配しているだろうから、自分が持っている情報で少しでも安心してもらいたい。
『……あ、もう返事が来た』
メッセージを送ると、すぐにセラン兄上から返事が来た。兄上はおっちょこちょいな性格の母上がニホン公爵家で大ポカをしていないか心配だったらしく、何も問題を起こしていないようで良かったと綴られていた。
セラン兄上は心配性だからな……と苦笑していると『おい』とナベリウスさんが声を上げた。
『外から甘味の匂いが沢山する。食いに行こう』
『わかりました。ちょっとキョートの街を散策しましょうか』
待機指示が出てはいるが、通信機を持っているし、少しくらいは良いだろう。
窓枠から腰を浮かしたところで、また懐中時計がメッセージを受信した。兄上からの続報だ。
『え……?』
送られてきたメッセージの内容があまりにも衝撃的で、思わず二度見した。
“ジュジ辺境伯爵領にて内乱が発生した。首謀者は不明だが、恐らく急進派の者だろう”
ジュジ辺境伯爵は南を守る辺境伯爵家だ。今は私の二番目の兄のルラン兄上が駐屯している。ルラン兄上は、王命により南の辺境伯爵領と接している群雄割拠地に睨みを利かせているのだ。
ルラン兄上の安否をセラン兄上に尋ねると、大丈夫だ、と返事が来た。
“陛下がルランをジュジ辺境伯爵領に行かせた本当の目的は、急進派へのけん制だろうと父上は仰っていた。群雄割拠地に睨みをきかせるにしてはルランが率いる兵の数が多いと思ったが、事が起きた時の為だったのだろう”
続けてメッセージが入る。
“ニホン公爵家でも跡目争いが起こっているが、急進派の影が無いか調べてもらいたい”
兄上は急進派をかなり警戒しているようだ。急進派を率いるのはキャリオーザ王女だから、本格的なクーデターが近いと見ているのかもしれない。
震える手で懐中時計の蓋を閉めると、既に部屋から出てしまったナベリウスさんの後ろを追った。
私は争いごとが嫌いだ。聖騎士の私がこんな事を思うのはいけないのかもしれないが、人を殴って傷つけるより、握手して仲よくなる方が良い。
『どうして争いごとって起こるんでしょうね』
『双方ともに譲れぬモノがあるからだな』
団子屋でみたらし団子と餡子を乗せた団子をそれぞれ15本ずつ買い、赤い布が敷かれた長椅子にナベリウスさんと並んで座った。ナベリウスさんは両手に団子の串を持ち、がふがふと豪快に食べている。
……譲れぬモノかあ。
カエデ殿の兄と弟は、それぞれ当主の座を譲れないから争っている。
では、キャリオーザ王女にとって譲れぬモノって何だろう。あの方は何でも持っているように思うけど……やっぱり王位が欲しいのかな?
お茶を飲みながら、空を仰ぎ見る。
侯爵という身分の父を持つ自分が言うのもなんだけど、シグラ様やナベリウスさんを見ていると、人間社会でしか通用しない王位というものがちっぽけなものに見えて仕方がない。
そもそも国王になって何をしたいんだろう。
『まあ、争いが好きなだけのロクデナシもいるにはいるな』
頬張っていた団子を飲み込んだナベリウスさんがそんなことをぽつりとこぼした。
『確かに、そのような方もいますね』
『あっちにいるな』
そう言ってナベリウスさんが団子の串で指した先には反物屋があった。
『反物屋に物騒な思想をお持ちの方がいるんですか?』
私ではその気配は感じ取れないが……。
『違う。もっと向こうだ』
『向こう?』
ナベリウスさんが指した先はニホン公爵邸がある方向だ。
『あちらからアミーの臭いがプンプンする』




