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老中四家:(前半:ニホン公爵、後半:カエデ)

カエデ・キョート・ニホン……ニホン公爵の次男。関所の街シマネの代表者。シグラの加護を持つ。

ヒイラギ……ニホン公爵の嫡男。優秀。

サツキ……ニホン公爵の三男。東洋人顔。


マツリ……ニホン公爵家の暗部組織“シノビ”に属している。カエデの従者。

カンベ……カエデの叔父。シマネで名のある精霊アミーに操られた。

名のある精霊アミー……アルク伯爵領にある冒険者の街を襲ったが、シグラに返り討ちにされ、檻の結界にいれられていた。ひょんなことから結界が解け、シマネで力を溜めて完全復活を果たす。


テラン・ゴーアンラ・ゴーアン……ゴーアン侯爵の三男。ブネルラの聖騎士。

サクラコ・キョート・ゴーアン……ニホン前公爵の娘。ゴーアン侯爵夫人。テランの母。

執務室に入ると、4人の男が私を出迎えた。

彼らは我がニホン公爵家の分家の者たちで、老中四家と呼ばれている存在だ。


『当主様、王宮より連絡が来たと聞きましたが……』

私が席に着くと、4人の中で一番若い男が此方伺うように訊いてきた。名はユキムラ、老中とはいうが、彼はまだ30になったばかりの若者だ。私がそれに肯定するように頷くと、今度は一番年上の80を超えた老爺が『まさか!王家が我らの跡目争いに首を突っ込むつもりなのか!?』と取り乱す。


今当家では跡目争いが起こっている。

ヒイラギという立派な嫡男がいるのにも関わらず、東洋人顔だというだけで三男のサツキを推す者が多いのだ。その力は次男のカエデを公爵家から追い出してしまう程になっている。

そして最悪な事に、周囲に焚きつけられたサツキ自身が次期公爵になると名乗り出てしまった。

跡目争いは本格的になると、どちらが勝っても禍根が残る。だから本格的にしてはならない。幸いにも25歳のヒイラギに対してサツキは10歳。まだサツキは子供であるため、お遊びに過ぎないという事にはしているが……。いや、それはまた別の話だ、王宮からの連絡はそのことではない。


『連絡は来たが、跡目争いのことではない』

努めて冷静にそう言うと、4人ともに困惑したような表情になった。

『跡目のことでないのなら、何でしょう?』

そう言ったのはこの中で一番の優男だ。

『……これは秘中の話だが、防音の結界は張ってあるか?』

途端に4人は真剣な目つきになる。

『何事が起きたのでしょう?』

片目を潰した男が穏やかな口調で話の続きを促してきた。


『賢者のことだ』


『『『『!』』』』

4人が息をのむ。

我がニホン公爵家は日本出身の賢者を始祖に持つ家だ。以降、日本出身の賢者が子を成し、その子供が望めば我が公爵家が後ろ盾になってきた。

ただし賢者の影響力を重く見ているフィルマ王国では、我らに賢者の関係者であることを決して外に漏らしてはならない事、公爵内部でも直系の子供以外には秘密にするという密約を王家と結んでいる。

ただ、我がニホン公爵家のように賢者を始祖に持つ貴族家は他にもいくつかある。その家の直系同士であれば少しの情報共有程度なら許されている。とはいえ、馴れ合い過ぎると王家に睨まれることになるので、必要以上に交流することはない。


此処に集まった分家の4名はニホン公爵家当主を父に持つものばかりだ。

一番年上の老爺は私の曽祖父の子で、優男と片目を潰した男は私の祖父の子。そして年若いユキムラは私の父の子……つまり彼は私の弟だ。


『我らに賢者の話が来たという事は、日本出身の賢者様が現れたという事ですな!』

老爺が表情を明るくさせた。それにつられるように、他の面々も破顔する。

『長らく日本出身の賢者様が現れなかったゆえに、賢者様の血もどんどんと薄れていました。ああ、なんとめでたいのでしょう!』

片目を潰した男の言う通り、暫く日本出身の賢者は現れなかった。そのせいで賢者の血は代を重ねるごとに薄れていき、顔つきもフィルマ王国の民と何ら変わらないものになっていた。

王家との密約により公には出来ないものの、日本の賢者の子孫であるという誇りだけは持ち続けている我らにとって、この事は多大な苦痛であったのだ。

そのような中で、日本出身の賢者の登場は待望の僥倖であった。

『兄上!これで新しい日本の血がニホン公爵家に齎されるわけですね!それで、賢者様の御子は男児でしょうか、女児でしょうか?』

はしゃぐ弟に、私は溜息しか出ない。


『申し訳ないが、賢者の子が誕生したという話ではないのだ』


沸き立った空気が一転して困惑気味になる。

『どういうことでしょうか?御子が誕生していないのに、何故我らに声が掛かったのですか?』

賢者自身は一生を王宮で過ごす事になるので、日本出身の賢者が現れようとも、賢者の子が誕生しない限りは此方に連絡は入ってこない。

私も今回の王宮からの連絡は前代未聞だった。


『どうやら、日本出身の賢者が行方不明になったらしいのだ』

『『『『はあああっ!?』』』』


流石近しい親戚だ、4人とも驚き方が一緒だ。

『その事で、此方に賢者が頼ってきていないかという話になっている。東洋人の顔をした女性なので、一目でわかるだろうとの事なのだが……』

『なんとまあ……』

『しかし何故そのような事に。まさかとは思うが、王宮の者に冷遇されたのだろうか?』

『兄上、仮に賢者様が王宮から逃れ、我ら公爵家を頼ってこられたとすれば、どうなさるおつもりでしょう』

大叔父、叔父、弟の目が此方に向いた。

『……仮に公爵家に頼ってこられたのなら、まずは話を聞かねばなるまい。以降の処置はそれから決める事になる』

私の返答に焦れた様に大叔父が声を上げた。

『良いか、何を置いても、賢者様の御味方をするのだ!』

『それは王家と事を構えても、という事か?』

私がそう問えば、躊躇なく頷かれた。

『当り前だ!我が公爵家は賢者様あってこその家よ』



大まかな話し合いの後、大叔父と叔父たちは執務室から出て行った。残っているのは弟のユキムラのみだ。


『兄上、大叔父上はああ仰いましたが、本当に王家と賢者様を天秤にかけた時に賢者様を取るのですか?我が公爵家は王都と接しております、事を荒げる事は避けた方が良いかと』

『さてな。……しかし、我がニホン公爵家では大叔父のような意見を持つ者は多い。お前も老中に選ばれたとはいえ、あまり賢者を軽く見ていると取られるような事は言うな』

弟は不安そうに『わかりました』と頷いた。

『そもそも、何の後ろ盾もない賢者が王家の包囲網を掻い潜ってニホン公爵領まで辿り着けるとも思えない。だから、王家と賢者で天秤にかけるような事態にはならないだろう』

『しかしカンベは東洋人顔をした女性の事を知っているようでした。東洋人顔の娘は今の公爵家にはいません。もしかしたらカンベはシマネで賢者に会ったのかも……』

『カンベの言葉は単に意識が朦朧した人間の譫言にすぎん。夢の中で東洋人の顔をした末裔に会っているのだろうよ』


カンベは私の腹違いの弟だ。彼は私の息子のカエデのお目付け役で、カエデがシマネの代表者に選ばれた際に共にシマネへと行った。しかし着任後にシマネで事件が起こり、カンベがカエデを刺したという。幸いにもカエデは“妙薬”により一命をとりとめ、先日もシマネ事件の報告の為に顔を見せてくれたが、元気な様子だった。

一方のカンベは重傷を負って現在この公爵邸の一室で床に臥せている。そして譫言のように『早く末裔様を、東洋人顔の娘を手に入れてカエデ様に……』などと口にしているのだが、それをユキムラは聞いてしまったようだ。


『とにかくあまり気にするな、気鬱になるぞ。お前まで床に臥せられたら困る』

『……わかりました』

ユキムラは表情が暗いまま、一礼をして執務室から出て行った。


一人になった執務室で、思わず深い溜息を吐いてしまう。


『王宮で行方不明になった賢者については放置で良いだろう』

何かあれば王家からか、賢者からか、もしくは我が家の暗部組織であるシノビから連絡が来るはずだ。それまでは藪をつついて蛇を出すような真似はしたくない。


今、当家は跡目争いで手一杯なのだ。



■■■



カコーン、と庭の鹿威しの音が部屋に響く。


『お兄様と老中の皆様が集まっているようですが、まだ話は纏まらないのかしらねえ』

ほうっと叔母上は溜息を吐き、お茶を飲む。叔母上の名はサクラコ・キョート・ゴーアン。ゴーアン侯爵家に嫁いだ方で、テラン殿の母上だ。

サクラコ叔母上は叔母上の弟であるカンベの見舞いの為にニホン公爵家に訪れたそうだが、訪問中に運悪く跡目争いが勃発し、今はその情報を外部に漏らさないようにと屋敷に留め置かれている。

『他家に嫁いだ叔母上の身を、この家の事情により留め置くことは心苦しい事です』

『私も前公爵の娘ですもの。この家の事情はわかっていますから、お気になさらないで下さいまし。それよりもカエデ様、テランを逃がしてくれたことを感謝しますわ』

テラン殿の事はマツリに頼んだので、今頃は屋敷の外にいると思う。私は暫くは此処から動けないので、テラン殿には私の分もシグラ様の御力になってもらいたい。


『カエデ様はカンベさんの事は見舞われまして?』

『……いいえ』

カンベ……。私のお目付け役だった彼は、名のある精霊アミーに操られた事による後遺症で精神病を発症し、更に火傷まで負い、今は床に臥せているらしい。私はシマネでカンベに刺されて生死を彷徨った事もあり、カンベの見舞いはマツリに止められている。


『そう言えば、カエデ様は跡目争いに参戦はされませんの?』

『御冗談はお止め下さい。優秀な兄上がいるのに、そのような不毛な事はしません』


私は兄上のスペアであった時も、その境遇に納得していた。優秀な兄上を蹴落とそうなど思った事もない。そもそも上に立とうという欲望が無かったからこそ、私は東洋顔の弟が生まれた時にお控え様(スペア)の座を簡単に明け渡したのだ。

……しかしカンベは違った。カンベは私が跡目候補から外された事で、鬱屈としたものを抱えていた。きっとその心の隙をアミーに突かれたのだ。


『無欲ですのね。……まあ、あの御方の加護を得た今、次期公爵という肩書は邪魔になるだけでしょうしね』

『ははは……。あの、私があの御方の加護を持っている事は御内密にお願いします』

『あの御方は我が家の次男の命の恩人ですもの、足を引っ張るようなマネは致しません。勿論、あの御方の奥様の事も内緒です』

叔母上は人差し指を自身の口元に持っていき、“しー”っというジェスチャーをした。


あの御方の奥様、ウララ様。


ニホン公爵家は日本出身の賢者の味方だ。しかし跡目争いをしている今は、ウララ様を利用しようとする者が絶対に現れるだろう。その為、かの方の情報は出来るだけ伏すことにした。今の公爵家でウララ様の事を知っているのは叔母上と私とマツリだけだ。一応カンベもウララ様の事は知っているが、カンベは言葉を話せる状態ではないので除外だ。そして同時に私がシグラ様の加護を得ているという事を知るのもこの3名だけ。


父上にはシマネの事を当たり障りない程度に報告しただけで、シグラ様とウララ様の事は話していない。私は確かにニホン公爵家の者ではあるが、シグラ様の加護を得た今、優先させるのはシグラ様とウララ様だからだ。

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