事変あり:(後半:アガレス視点)
ロノウェの加護を持つエルフは、ありとあらゆる言語能力を授けられる。その為、聞いたことのない言葉であっても読み書きでき、会話も可能となる。
そしてロノウェは、その上位互換の能力を持つ。
彼女は幾何学模様であってもそこに込められた意味を知ることが可能であり、更に暗号すら理解できるという。
例えば“開けゴマ”が、加護を持つエルフなら『胡麻が開く』と受け取るところを、ロノウェならそれが岩の扉を開ける呪文だとわかるのだそうだ。
彼女曰く「他者によって書き写されたものだと、書き写した他者の思考が混じって解りづらくはなるんですけどね。でも、この魔法陣の精密画にはそんな雑音は一切無くて読み取るのが楽だった」だそうだ。
カメラに思考なんて無いからなあ、と私はライと目を見合わせた。
「それで?その座標が指し示す場所は何処じゃ?」
「フィルマ王国の王都の―――端っこですかね」
王都!
キャリオーザの名が私の脳裏をよぎった。未来人から私たちの話を聞き、此方に手を出してきたのだろうか。
いや、そんな事を考えるのは後だ。今はとにかくキララを助けに行かないと!
「すぐにそこに向かおう!」
「しぐらがとんでいけば、はやいね」
「待て待て。少し落ち着け」
今にも出発しようとした私達を止めたのはアガレスだった。
「キララの件は、シグラや嫁御をおびき寄せる為の誘拐かもしれん」
「それはそうですが……!」
私が意見を言おうとすると、アガレスはさっと手のひらを此方に翳し、「良いから落ち着きなさい」と言った。
「そもそもシグラがドラゴンになって飛んで行ったら目立つ。こちらが動いたことをハルファスに知られれば、キララを連れて他所に移動するに決まっておろう」
うっ、確かに相手は魔法陣で移動できるのだから、すぐに逃げられるかもしれない。
「今回はたまたまキララが連れていかれた場面にカメラを持つライが居合わせたからこそ、消える前の魔法陣の写真を撮ることが出来たのじゃぞ。次もその幸運に恵まれるかどうかはわからん。慎重に行くべきじゃ」
「ですが、早く助けに行かないと!」
「奥様達が出向かずとも、ブネルラの信徒が王都にいるかもしれませんよ」
声がした方を向くと、ロノウェがにこっと笑った。
「その信徒と連絡をとれば、救出に向かってくれる筈です。だから、そんなに嘆かないで下さい奥さ……「そうだよ!王都近くには僕たちの知り合いがいるじゃないですか!」
ライが何かを閃いたようで、ロノウェの言葉にかぶせるように叫んだ。そんなライの言葉を聞いた私もはっと気が付いた。
「テランさんとカエデさんだ!」
「そうです!」
あれはシグラと離れ離れになった時のこと。私たちは王都の近くに転移させられたのだが、その時私は知ったのだ。王都の傍にニホン公爵領があることを。
そして現在カエデ達はニホン公爵領へと向かっている。いや、カエデ達はナベリウスの手を借りつつ私の愛車のラングちゃんに乗って移動しているので、もう着いているかもしれないか。
「もしかしたらですが、ニホン公爵家も多少は便宜を図ってくれるかもしれませんね」
「そうだね!」
私たちのバスコンに牽引されているゴーアン家からもらった馬車には、ニホン公爵家の家紋が付いている。これはゴーアン家の御威光が届かないアルク伯爵領に行く際、カエデがお守り代わりに付け替えてくれたからだ。
カエデは“ニホン公爵家は日本出身の賢者の為に創設された家”と言っていたし、ニホン公爵家出身のゴーアン夫人も手紙で“ニホン公爵家を頼れ”と教えてくれた。ライの言う通り、多少の便宜を図ってくれるかもしれない。
「とにかく、テランさんとカエデさんに連絡をとってみよう!」
その後、ブネルラの教会の聖騎士であるテランへの連絡はスムーズにとることが出来た。
テランからの返事は“委細承知しました”ときたが、同時に一つの懸念事項も書かれていた。
“ニホン公爵家にて事変あり”と。
■■■
『出発は2日後でしたっけ』
星が綺麗な夜の事。いつもの定位置、馬車の二階でクッションに埋もれながらDVDを観ていると、ロノウェに声を掛けられた。
『って、何ですこれ!可愛らしいお人形さんが動いていますよ!ちょ、何ですこれ、アガレスさん!』
今夜観ているDVDはアニメ映画だ。ライやレンの妹が好んで観ているアニメらしい。“ブネ”の娘が好むものかと興味を持ち、観ていたのだが……。
『ふわあああ、何これ、素敵』
瞳をキラキラさせながらロノウェは画面を見つめている。儂に何か話があって来たのだろうが、すっかりアニメに夢中のようだ。仕方ない、用件を聞くのはアニメが終わってからにするか。
70分の映画を観終わると、ロノウェは夢心地で馬車から降りようとした。
『いや、ちょっと待て。おぬし、儂に何か話があったんじゃろう?』
慌てて呼び止めると、ロノウェはハッと身体を震わせた。
『す、すみません。私としたことが、素敵な魔法に魅入られていたようです』
ロノウェは“こほん”と咳払いし、きりっとした顔になる。
『この素敵な魔道具はどこで手に入りますか?』
『おぬし、出発のことを訊きにきたんじゃなかったか?』
まだ夢心地のままか、此奴。
閑話休題。
『この車で王都に向かうのは2日後。明後日じゃな』
結局、嫁御はキララ救出に自身が出向くことを決めた。
と言うのも、シグラの信徒達がキララの救出に向かってくれることになったが、それが少々心もとない状態だと判明したからだ。王都にすぐに向かえる信徒は聖騎士のテランとテランと同行していたナベリウス、王都やその周辺で活動しているブネルラのエルフ2名のみだったのだ。
テランが伝えてきたニホン公爵家の事変だが、どうやらニホン公爵家で跡目争いが勃発しているらしい。
それに伴い、ニホン公爵家の人間であるカエデと一切連絡が取れない状態に陥っていた。もともとニホン公爵家は賢者の事もあって閉鎖的な面を持っているので、外部との連絡を遮断するのは珍しい事ではないがな。
しかしそのような事情でニホン公爵家からの助力は得られず、テランとナベリウス合わせて4名という少数人数になってしまった。戦力だけならナベリウスがいるので何とかなりそうではあるが、ナベリウスは脳筋の気質があるから心もとない。
とは言え、ブネルラも金竜のせいで郷の復興をしなければならないので、ブネルラからは人を割くことが出来ない。……まあ、復興は後回しにしてでもシグラの身内であるキララの救出に向かう!とパームを始めとしたエルフ達は言っていたが、それは嫁御が止めたわけだが。
結果、嫁御とシグラ達が向かう事になったのだ。
ライ、レン、ククルアといった子供達もそれに同行する。敵陣への殴り込みだとは言え、シグラの傍が一番安全に変わりないためだ。
嫁御としては、キララの件が無くともマダオの嫁探索と転移の魔石入手とで、もともと王都には行く予定だったそうだ。だから今回の王都行きの決断も割と早かった。
『キララさんは心配ですが、奥様を危険な場所に置くのは賛成できませんね』
『明日1日という準備期間を設けた。そこが嫁御の譲歩点なのであろう』
これは儂が秘策があると言って嫁御を説得したことで、もぎ取った準備期間だ。
『ブネさん、奥様、ライさんとレンさんとククルアさん、マダオさん。後はアガレスさんも行かれるんですよね?』
『そうじゃな。キララの事は儂の不注意のせいもあったからのう』
儂がキララの事をもう少し気に掛けていれば、誘拐されずに済んだのかもしれない。……それに、これは不謹慎かもしれないが、面白そうだから是非とも付いていきたいとも思っている。
『儂の信徒が一人いるが、奴は此処に置いて行く。アレはカーグス大公の親戚じゃから、フィルマ王国の王都に入ると目立つ。ああ、ペットのクロは連れて行くぞ』
ブエルはどうだろう?シグラが結界を張るのなら、行くかもしれないが……よくわからない。
『大公の親戚が目立つって、アガレスさんなんかアガレスルラ帝国の元首じゃないですか』
『儂はその辺におるか弱い爺として行く。気にするな』
ロノウェは“ぐぬぬ”と顔を顰める。何か悩んでいる様子だ。
そしてぶんぶんと首を横に振ると、『やはり私も行きます!』と宣言した。
『圧倒的男性率なんですよ!!ブネさんがいるとは言え、男はケダモノです!奥様が心配すぎます!』
あ、此奴が言う“危険な場所”ってもしかして車の中か?儂らが嫁御を襲うと言いたいのか?
『失礼な奴じゃのう。言っておくがシグラが一番警戒しておるのはお主じゃからな?』
このメンバーでシグラの番に何かしてやろうという奴はいない……あ、マダオがいたか。




