戦争屋:(前半:国王視点)
『賢者が消えただと!?』
執務室に深刻な顔をした王太子が来たかと思えば、さっさと人払いをしてその後の報告がこれだった。
『ど、どっちだ?エドモンか?ルミカか?!』
『…………二人ともです』
『なっ!?』
男の賢者であるエドモンはまだいい。彼は歴代の賢者同様、フィルマ王国に新しい風を齎せしてくれさえすれば良いだけの人物だ。
しかし女の賢者であるルミカは駄目だ。彼女にはヤハルの枷を生んでもらう役目があるのだ。
『ルミカの捜索を急がせろ!キャリオーザが不審な動きをしている今、きちんとした枷が必要なのだぞ!』
私ではどうしても黄金姫との間に子を儲ける事は出来ない。
私と黄金姫では因縁がありすぎて、彼女の傍に寄るだけでも私の身体が拒否反応を示すのだ。
『父上、サラック男爵に預けていた枷は本当にもう使い物にならないのでしょうか?』
『アレか……』
サラックに預けた枷は私の私生児が生んだヤハルの子だ。
私が国王になって間もない頃、キャリオーザが不審な動きをし始めた為に早急に私の為のヤハルの枷が必要だった。そこで王太子時代に作った私生児をヤハルに宛がったのだ。しかし、この枷には問題があった。
『ゴーアン侯爵が保護しているが……どうだろうな。サラック男爵邸にいた時には日に日に衰えていたらしいからな』
この枷は身体が脆い状態で生まれてきたのだ。
どうにかして死なせない為にサラック男爵に大金を渡し、長命を授けるドラゴンの素材を枷に与えていた。あの枷を保護したゴーアン侯爵家でも今頃あの枷を生かせるために大金をはたいてドラゴンの素材を掻き集めているのかもしれない。そのうち王宮に請求書が届くかもしれないな。
『サラック男爵に預けていた枷に盗賊団を嗾けたのは父上ですか?』
『何を馬鹿なことを』
『新しい枷が手に入る目途がついたので、壊れかけで金を食うだけの存在を消そうと思われたのかと』
『私ではない。壊れかけだろうが枷は枷だ。枷の大切さはお前も良く知っているだろう。盗賊団の件は大方キャリオーザの仕業だろうよ』
溜息を吐き、しっしっと追い払うような仕草を王太子にとる。
『その新しい枷の目途もルミカがいなければ消える。さっさとルミカを見つけ出せ』
『承知しました。では、御前失礼いたします』
一礼すると、王太子は踵を返し執務室から出て行った。
独りになった執務室で項垂れる。
保護しなければ壊れる枷ではなく、頑丈な枷が欲しい。歴代の国王がしたように、私が枷を作れれば良いのだが……。
『こればかりは神の采配だ、どうしようもない。……私ですらこうなのに、黄金姫との間に子を儲けられた前王の父上は偉大だったな』
ふと机の上に飾られたガラス製の花瓶が目に入った。花瓶に反射した、ヤハルによく似た自分の顔をやるせない気持ちで見つめ、先程よりも大きな溜息が出た。
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「ああ!お久しぶりです奥様!」
ロノウェはフラウで会った時と同様に、女性エルフの姿をしていた。シグラが言うにはあれは擬態した姿らしいけど、本当の姿はどんなものなのだろう?
ドラゴンの背から降りた彼女は適当に視線を巡らせ、私を目に入れた途端に表情を明るくさせて突進してきた。
「奥様に会いたぐフッ!」
私に飛び掛かった彼女の顔面をシグラは右手のひらで受け止め、バチーンという大きな音が辺りに響いた。
「あいだだだだだ!!」
そのままロノウェの顔面を掴みアイアンクローを決めるシグラに、私は慌てて「放してあげて」とお願いした。
「アガレスさん、あの女性がロノウェさんと仰る方ですか?」
「そうじゃよ。昔から女人が好きでのう、自分の郷の女性のエルフや信徒にちょっかいを出す……お主の世界の言葉で言うところのセクハラ三昧らしいが、それ以外は特に害はないから、安心しなさい」
「同性同士だろうとセクハラは拙いですよ」
ライとアガレスのそんな会話に、ロノウェは痛みに悶えながらも「私は女性の嫌がることはしてませんよ!」と必死に弁解した。
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「ああ、それで私に魔法陣の解読を依頼してこられたんですね」
教会の、カチュアが魔法陣の調査を行っている部屋に行く道すがら、これまでの事をロノウェに説明した。
最初こそロノウェは手厳しい出迎えに対してシグラに文句を言っていたが、キララが攫われてしまった事を説明すると素直に協力を約束してくれた。前回もそうだったが、この人は女性に対してはかなり優しいようだ。
部屋を開けると、カチュアと他2名の男性が出迎えてくれた。
「……随分と精密な写しですね」
ロノウェが手に取ったのは、ライが撮ってくれた件の魔法陣の写真だ。ルランが以前教えてくれたが、この世界の写真は“写真湿板”レベルなので、ロノウェは紙にプリントアウトされた写真を精密画と勘違いしたのだろう。
ロノウェは写真に写った魔法陣をじっと見つめ「……なるほど」と呟いた。
「何かわかったんですか?」
「そうですねえ。この魔法陣は物体を任意の座標に転送するものですね。転送場所は、70.04264-270.151112地点。製作者はハルファス」
「ハルファスじゃと?……また、厄介な」
「アガレスさん、ご存じなのですか?」
アガレスは“うむ”と頷いた。
「ハルファスにはマルファスという双子の弟がおって、この二名は名のある精霊なのじゃ。そしてこの兄弟は戦争屋という異名を持っておる」
「せ、戦争屋!?」
背筋が凍りつく。そんな物騒な人にキララが連れ去られたなんて……!
私は咄嗟にシグラを見た。
「キララに張った結界は……?」
「だいじょうぶ。まだなにも、はんのうしてない」
シグラがキララに張った結界は魔法反射と物理反射と害意を弾く結界の3つだ。
「害意を弾く結界すら作動していないのなら、ハルファス自身はキララをどうこうしようという気はないのじゃろうな。何者かに攫ってこいとでも依頼されたのかもしれぬな」
「早く助けに行かないと!戦争屋と呼ばれる人に依頼を出す人なんて、ロクでもないに決まってます!」
転送先の座標が分かるなら、すぐにその場に乗り込める。そう思ったのだけど、シグラとアガレスは難しい顔をした。
「嫁御の世界では緯度と経度と標高で記されるらしいが、この世界にはそういう共通の座標が無いんじゃよ。国ごとによって基準はバラバラで、ともすればハルファス独自で使用する座標もあるかもしれぬ」
「そんな」
「しぐらも、けっかいがどのいちにあるかまでは、わからないの。しゅだんをとわないなら、まほうですべてをやけのはらにしていけば、そのうち、きららをみつけられるとおもうけど……」
魔法で全てを焼き払っても、シグラの強力な魔法反射の結界に守られたキララだけは無事という事だろう。そんなキララが見つかるまで色々な街を焼き払うという提案に、アガレスがぎょっとした顔になっている。
「いくらキララが心配でも、それは許されないよ」
とは言っても、どうすれば良い?どうやってキララを見つければ良いの?
ライとレンも不安そうな顔をしている。“大丈夫だよ”と言ってあげたいが、流石にそれを口にするのは無責任すぎる。
「あのー……」
遠慮がちな声が上がる。声の方を向くと、苦笑するロノウェがいた。
「私、わかりますよ」
「……え?」
「私、こう見えても名のある精霊って言われてましてね」
えへへっと彼女は後頭部を掻いた。
「お主の能力は言語能力じゃろう?」
「そうですよ。でもそれは私の加護を持つエルフも使える能力です。大本の私はそれに加え、こういった魔法陣の図柄からもその意図を読み取れるので、こうしてブネルラに呼ばれたわけですね」
ロノウェはにこっと笑って魔法陣が写った写真をひらひらさせた。
「私はこれを描いた者の意図を読み取れるんです。ですから、70.04264-270.151112地点が何処を指し示すのかも理解出来ています」




