尋問
翌日の朝日が昇るとすぐにヤハルはブネルラから飛び去って行った。
彼を見送るククルアの手の中には赤い液体の入った瓶がある。それはもしもの時の為にとヤハルが自分の血を瓶に注いだものだ。
ヤハルは自身に付けられた“枷”を一つ一つ解除してくると言っていた。彼曰く、枷は彼の母親や弟妹だけではない。
ヤハルは千年以上を生きるドラゴンだ。人間である歴代の国王達には考えが及ばなかったのかもしれないが、この千年の間に枷として生まれた種違いの弟や妹達の事をヤハルはきちんと覚えている。そして弟や妹から代替わりを経て甥や姪へ……と、彼にとっての枷は年々増えているのだ。何処まで身内だと捉えるかはヤハル自身が決める事だが、相当大変であろうことは想像がつく。
ただ、その膨大に増えた枷を解除するというのは、別に彼らを根絶やしにするという意味ではない。ヤハルがもう彼らを見守る必要はないと納得する事が大事なのだそうだ。親離れ・子離れならぬ、枷離れのようなものか。第三者からすれば拍子抜けとも思える平和的な解除の方法かもしれないが、ヤハルは“情”だけで千年もフィルマ王国に縛り付けられたのだ、それだけでも彼にとって気持ちがとても大事なことはよくわかる。
そんな情け深いヤハルを利用し搾取し続けるのがフィルマ王国の歴代国王たちだ。しかも搾取するだけで、ヤハルへは何も還元していない。
視線をずらせば、檻の結界の中で虚空を見つめている未来のヤハルが目に入る。
利用されて搾取し続けられた結果が彼なのだと思う。
きっとこの彼はこの世界のヤハルと違い、ククルアとは出会えなかったのだろう。ククルアは命を狙われているので、本来辿る筈だった世界線でのククルアはヤハルに会う事無く亡くなったのかもしれない。
未来人の介入により、私とシグラが出会うタイミングが変わって……そして色々と運命は変わり、私達はククルア襲撃事件に遭遇出来て、結果ククルアを保護出来た。
そう考えると運命が変わっている事を実感する。
もしかしたら、私が知らないだけでククルア以外にも運命が変わった人がいるかもしれない。
―――何だか、時空の概念が怒りそうな気がする……
パルと再会した時に何を言われるか、ちょっと怖い。
未来人と言えば、ライが捕まえたモーリーという男を今日尋問する予定だったっけ。
「ねえ、シグラ」
視線を私の足元に向けると、しゃがんでいるシグラの旋毛が見えた。
「なに、うらら……」
シグラはどんよりとした顔を此方に上げる。
実は今朝がた、深い眠りに落ちて2日程行動不能だった事をシグラは知ってしまったのだ。それからずっとこの調子である。
「シグラが2日間寝ちゃったのは私のせいなんだから、そんなに落ち込まないで」
彼に眠るよう仕向けたのは私だ。(ちなみにブエルに懇願されたので、ブエルがシグラに眠り薬を使った事はシグラに内緒にしている)
「でも、しぐら、うららがあぶないときに、のんきにねてた……。じぶんがじぶんをゆるせない……」
「だからそれは……」
「確かにシグラが起きておればブネルラの被害がここまで酷くなる前に食い止められたかもしれんがな」
馬車の二階でクッションに埋もれているアガレスが此方を見ていた。
「アガレスさん、あまりシグラを虐めないで下さい」
「こういう時はな、多少なりとも罰を与えてやった方がシグラも気が楽になるのだぞ」
……確かに“そういう時”はある。
「……だったら未来人から話を聞いた後にでも、私と一緒にブネルラの復興のお手伝いをしよう、シグラ」
シグラは罰が小さすぎるとでも言いたげだったが、何もないよりはマシだと思ったのか、ぎこちなく頷いた。
「でも、うららはあぶないから、くるまのなかにいて」
「私の姿が見えないとシグラが不安になるでしょう?」
「でも」
「私が血を吐く予言なら、多分回避できたと思うよ?」
実は昨日のことになるが、リュカの誘拐に携わったとされる例のアルパカに似た顔の女性が発見されたのだ。
聖騎士曰く、彼女はシグラの為に気付け薬を作った人物だったそうだ。薬を調合した部屋で倒れていた所を教会の関係者に発見されたという。
彼女は人相を変えていたようで、教会関係者が彼女を看病していたところ、徐々に顔が変化していったのを確認したという。彼女の元の顔が私達が張り出した人相書きによく似ていた為、教会はすぐにシグラに連絡。シグラはリパームと記憶を共有したことで未来人の顔を知っていたので、その女性が未来人だと断定出来た。
薬を扱う女性が私を狙っていたということで、私の吐血の原因は毒によるものだと予想したブエルはすぐにアルパカ似の女性の身体に付着していた微量の成分を調べ、どのような薬を作ったのか突き止めた。微量の成分でわかるなんて、流石は名のある精霊と言われるだけのことはある。
ブエルの見立てだと、女性が私に使おうとしていた薬は神経錯乱状態にする毒薬だった。ただ、これを摂取しても血を吐くことは無いそうだ。
これは私の想像だけど、もしかして血を吐いた原因って、洗脳されそうになっていると察した私が抵抗しようとして舌でも噛んだんじゃないかな。
「むう……まだ、かていのはなしで、ほんとうのところはわからないよ」
「未来人からの話を聞いて判断すればいいよ。さあ、朝ごはんにしようシグラ」
しゃがんでいたシグラの腕を引いて立たせると、朝食を並べる予定のテーブルまで連れて行った。
■
昼過ぎにモーリーの尋問は始まった。
未来人たちは“ナノチップ”という装置を身体に移植しており、その装置に搭載された翻訳機能のお陰で日本語での会話も可能だった。そう言えばオティスもナノチップのことを口にしていた気がする。未来ではこれを移植するのがスタンダードなのかもしれない。
まず、現在ブネルラには4名の未来人がいる事が判明した。
モーリー、未来からきたヤハル。
そして例のアルパカに似た顔の女性。彼女は医師でアイファという名だそうだ。
モーリーが言うには、彼はヤハルと共にこのアイファを迎えにブネルラに来たということだった。
この3名に加えて既に私達が身柄をおさえているリパームを加え、計4名だ。
ブネルラにいるこの4名の他にまだ捕まえていない未来人は残り3名。
遺伝子学の研究員アーヴィン、将軍コービット、特殊工作員トレヴァ。アーヴィンは私達にメッセンジャーを送り込んできた人物だ。
更にモーリーはリュカを誘拐するために登山客になりすまして賢者たちが営む山荘に潜入したのは猫に似た顔のモーリー、カマキリに似た顔のコービット、馬面のトレヴァ、アルパカに似た顔のアイファだと自白した。
リュカを誘拐した目的はオティス対策だったという。
「幼い子を誘拐するなんて、そんな卑劣な真似を止める者はいなかったんですか!」
私の言葉に、モーリーは歪んだ笑みを浮かべた。
「幼い?魔獣にそんな配慮いるか?」
彼がそう言った瞬間、ガン!と床を蹴る大きな音がした。ライだ。
その大きな音にモーリーは萎縮する。
「ライ君、辛いなら席を外した方が良いよ。まだ尋問は続けるから、もっと嫌な事を聞くことになる」
「……大丈夫です。続けて下さい」
そんなライを見て、モーリーは“はんっ!”と鼻で笑う。子供に萎縮させられたのが悔しかったのだろう。
「人間に擬態したところで、魔獣は魔獣じゃないか。偶に知恵が働く種族はいるが、人間と肩を並べようなんて烏滸がましい。俺たちにとってお前らは家畜と同じだ」
「煽るのは止めて下さい」
私がため息交じりに注意すると、彼は「お前はもっと愚かしい」と私に矛先を向けてきた。
「ドラゴン製造機に成り下がった低能女が。だから繁殖用に目を付けられ……」
そのモーリーの言葉に私とライは思わず「あ、バカ」と言葉をハモらせた。
『この状態でその言葉か。貴様はあまり賢くはないようだが、種族は何だ?どの獣が人間に擬態している?』
シグラが睨みながらそう言うと、モーリーは“ひギイ!!”と短く悲鳴を上げてガタガタと震えだす。
私の事になるとシグラの沸点はかなり低くなるわけで。
今にも引き付けを起こしそうなモーリーに、流石に私とライはシグラとモーリーの間に立った。
「ごめんね、シグラ。少しだけ怒りを抑えれる?」
「貴方も貴方ですよ、未来の人!いくら人間でもドラゴンの番を馬鹿にしたらどうなるかくらい、わかりませんか?一応選ばれて未来から来た人なんだったら、TPOを弁えて一時の感情に流されずに対処して下さい」
「シグラよ」
今まで静観していたアガレスがシグラの名を呼んだ。
「殺気立つのは止めよ。小心者ならばお主に睨まれただけで気が触れるぞ」
「むう」
「まあ、このモーリーという男が狂って死んだところで、まだアイファという娘がおるから構わんがのう」
アガレスのこの言葉を聞いた途端、モーリーは目を見開き「言います!!何でも言います!!俺は絶対にアイファより役に立ちます!!だから命だけは……!!」と泡を飛ばしながら必死に叫んだ。




