真実:(前半:ヤハル視点、後半:シグラ視点)
一頻り泣くと、思考はクリアになっていた。
今まで重く圧し掛かっていた母上やキャリオーザや国王が、自分の中ではかなり軽くなっているのを感じる。
その代わりにとても大切な存在が出来た。
ククルアを傷一つ負わないよう大事に大事に守りたいと、心の奥底から思う。
『シグラ殿、ククルアの事をお願いしてもよろしいか』
自分でも驚くほどにするりと、そんな言葉が口から出た。
『父上?』
ククルアの戸惑ったような声に、私は頭を撫でる事で応える。
『私はククルアが安心して過ごせるよう、やらなければならない事があります。それをやり遂げるまでの間だけ、ククルアを預かって欲しいのです』
『父上の傍に居させてはくれなのですか?』
ククルアは私から身体を少し離し、私の方に顔を向けた。閉じたその目からは涙が零れている。
しまった、誤解させて傷つけてしまったと思い、慌てて口を開く。
『全てが終わったら絶対に迎えにいく。その時まで安全な場所で待っていて欲しいんだ』
残念ながら今のククルアにとって一番安全な場所は、シグラ殿とその番のウララ殿の傍だ。
だから私は私の傍が一番安全だと言えるようにするため、行動を起こさなければならない。
『……わかりました。僕、待っています』
ククルアは私の前向きな感情を感じ取ったのか、表情を和らげて頷いた。
『でも、何をされるつもりですか?危険な事は止めて下さい』
『大丈夫だよ、悪縁を断ち切りに行くだけだから』
それに今の私には未だかつてない程の力が漲っているので、何ものにも負けない気分だ。もしかしたらククルアが私の味方だと言ってくれたから、それがこの力の源なのかもしれない。
『ではよろしくお願いします』
ククルアをシグラ殿に預け立ち去ろうとしたが、『待て』と声が掛けられた。
声の方を向くと、少々不満そうな顔をしたシグラ殿と目が合った。
『……ククルアの父として生きる事を選んだのなら、慌てて立ち去ることは無い』
『しかし……』
優先度は格段に下がったが、私はキャリオーザと繋がりがあることに違いはない。そんな私が一時でもウララ殿の近くに居ればシグラ殿の心が休まないだろう。
『私の番は優しいのだ。父子で漸く会えたのだから、積もる話もあるだろうし、ゆっくりしていけと言っている』
ああ、番の命令か。だから渋々従っているのか。
しかし……確かにククルアともう少し話をしたい気持ちはあるが、あまりシグラ殿の不興を買いたくはない。
私がどう返事をしていいのか戸惑っていると、シグラ殿の腕にウララ殿の腕が絡んだ。そして彼らは異世界語で何かを話し出した。
ウララ殿と会話を終えて再度私の方を向いたシグラ殿の表情は、とても嬉しそうに緩みきっていた。
『遠慮しなくてもいい。貴様の“やらなければならない”という用事が急ぐものでないのなら、今夜はブネルラに泊っていけば良い』
それだけ言うと、彼はウララ殿を抱きかかえて車の方へ歩き出した。
私が茫然として彼らの背中を見送っていると、アガレス殿が独特な笑い方をしながら此方に向かってきた。
『お主が此処におる間は、ああやってシグラから片時も離れんようにすると嫁御が言ったんじゃよ。じゃからお主は気にせず明日まで此処におれば良い』
アガレス殿は『さてと、クロよ。馬車の上からクッションを持ってきてくれるかのう?』と近くにいた黒猫に指示を出すと、改めて私に向き直った。
『父子水入らずの所申し訳ないが、もう少しだけこの年寄りに付き合ってくれるかのう?ほれ、お主もお主の父の事を聞きたがっておったじゃろう?……お、ありがとうな、クロ』
黒猫が大きなクッションを咥えてきたのを受け取ると、アガレス殿はそれに腰を下ろした。
『と言っても、お主の父のことはお主の母と番になった後に知ったからのう、従って幼い頃の事は知らぬぞ。人間の王女と番になった変わり者のドラゴンがいると聞いて、興味がわいて調べた程度じゃからな』
そう前置きをしてアガレス殿は私の父上の事を話しだした。
父上は少し頼りないドラゴンだったそうだ。
勇者と交戦して負傷した父上は兎に擬態して命辛々逃げたという。そして逃げた先で母上と出会ったそうだ。
『王女に怪我を手当てされ、この世の中にはこれ程優しい存在があるのかと稲妻に撃たれた心地がしたそうじゃぞ。ちなみにこれはお主の父に直接聞いたことじゃから、間違いないぞ』
『そうだったんですね』
私が知る母上からは想像がつかないが、気が触れる前の母上はとても心優しい女性だったのだろう。
『王女にすっかり惚れてしまったお主の父は人間に擬態して王女の元に足繫く通い、やがて王女と心を通わせたわけじゃな。……と、これではお主の父の事というよりは、お主の両親の馴れ初めになってしまうのう』
『いいえ、構いません。正常だった頃の母の事が知れて良かったです』
私が母上の事を口にすると、アガレス殿は痛ましげに目を伏せた。
『王女……黄金姫は気の毒じゃのう。まさか自身の傍にあのような邪悪がおるとは思いもせんかっただろうよ』
『どういうことですか?』
『うん?もしやお主、知らぬのか?自分の父が死んだ原因を』
『原因?』
私が知る父上の死因は異形の私が生まれたことにより、母が人間の尊厳を踏みにじられたとして父を憎み、死ぬよう命じたゆえの自害だ。
その事をアガレス殿に言うと、彼は『なんとまあ』と驚いた。
『お主の父はお主の母の命令により自害した事は間違いないが、理由が違うのう。お主の母はお主の父の事を恨んではおらんかったぞ。それどころか誰よりも愛しておったわい』
『え……?』
『黄金姫は罠に嵌められたんじゃよ。当時の国王と自身に仕えておった侍女にな』
そしてアガレス殿は私の父が死に、母が狂ってしまった顛末を話して聞かせてくれた。
それは私からすればあまりにも下らない、他者の身勝手が引き起こした事が発端だった。
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『先輩は既にシグラさんがドラゴンだっていう事は知っているから黄金姫のような事にはならないだろうけど、先輩が何かの弾みでシグラさんに死んでくれって言ったとしても、シグラさんは死なないで下さいね』
ダイネットで寛いでいると、ライが神妙な顔でそんな事を言ってきた。アガレスとヤハルの会話に聞き耳を立てていたのだろう。
かくいう私も、黄金姫を番にしたドラゴンの雄が黄金姫の命令によって自害したことは知らなかったので驚いた。
黄金姫とその番の雄はかなり複雑な関係だった。番関係により雄は黄金姫に隷属していたが、その一方で雄と交わった事で黄金姫は雄の加護を得てしまっていた。その為、黄金姫も雄に絶対服従という関係だったのだ。
ドラゴンの雄が黄金姫の命令に従ったという事は、加護による絶対服従よりも、番の雌に隷属する力の方が強いという事なのだろうか……?
これは今後、私とウララがどのような力関係になるのか参考になるので、もう少し詳しく知りたいところだ。
『最期まで抗うつもりだ。ウララを悲しませたくないからな。……それより、ウララの前でそんな辛気臭い顔はするなよ』
今ウララはトイレで席を外している。片時も離れない約束ではあるが、トイレとシャワーは断られた。私はいつでもどこでも傍に居たいが、流石にウララの嫌がることはしたくない。
『辛気臭いって……、心配してるのに』
『心配しなくても大丈夫だ。ウララの身体がリパームに乗っ取られた時に下された命令には抗う事が出来たしな』
まあ、あれは中身がウララではないとわかっていたので、何とか耐える事が出来たに過ぎない。
ライの手前、強がってみたが……正直、ウララが本当に私の死を願えばどうなるかわからない。
『それにしても、番関係ってリスクが高いですね。うちの母さんが父さんの番になるのを嫌がるのも納得です』
『リスクばかりではない。私はウララと番関係になれて幸せだ。これを超える幸せは無いと断言できる』
だからいつまでも賢者を番に出来ないブネの事を私は気の毒に思う。
『ねえ、ちょっといい?』
レンと一緒に動物のDVDを見ていたブエルが会話に割り込んできた。
『何だ、ブエル』
『発狂している方の金竜はどうするつもり?』
発狂している金竜とは、未来のヤハルの事だろう。
『あのまま檻の結界に入れておくつもりだ』
私のあの結界の中ならば奴の時空を渡る能力は使えない。それにドラゴンなのだから暫くは飲まず食わずでも死なないので、多少放置しても問題ない。
『そうじゃなくて、情報だよ。シグラならあの金竜から情報を引き出すことが出来るでしょう?』
『ああ……そういう事か』
確かに魂に触れれば記憶を共有することが出来る。
『気は進まないが、奴の頭の中には敵対勢力の情報が詰まっているだろうから、行わなければならないな』
私の言葉にライが首を傾げた。
『気が進まないのなら、無理してする必要は無いですよ』
『いいや、ウララの為なら……』
『情報源なら、未来のヤハルさん以外にもあるじゃないですか』
一瞬何のことだ?と思ったが、そう言えばもう一人未来人を捕まえていたな。
『ライが捕まえたあの男か』
『あの人は臆病そうだから、少し脅せばシグラさんが魂を触らなくても情報は聞き出せると思いますよ』
何だか言葉に棘があるな、と思っていると、ライはぷいっと顔をそむけた。
『僕の弟妹が危ない目に遭わされたんですから。あまり親切に出来ません』




