王城に棲むドラゴン:シグラ視点
『一応訊いておくが、お主、此処に来た目的は息子の危機を知り駆けつけてきただけかのう?』
私がまだ話していたのに、アガレスが割り込んできた。
『はい。泣き声が頭に響いたので、無我夢中で……』
“ふむ”と頷くアガレスを睨む。
『貴様の質問は後にしろ。ウララの疑問を解消するのが先だ』
『嫁御の質問はルミカとやらの娘っ子の行方と賢者選定の条件だけじゃったろう、もう解消したであろう?』
『まだ追加があるかもしれないだろう』
『儂が知りたいのはこやつがキララの事で関与しておるかどうかじゃ。現れたタイミングが絶妙じゃったからのう。きっと嫁御も知りたい筈じゃぞ?』
……確かにウララも知りたい情報かもしれない。
私が黙ったのを見て、アガレスはヤハルへの質問を続けた。
『お主はフィルマ王国の中枢におるようじゃが、人を拉致する計画は知っておるか?』
それに対してヤハルは眉を八の字にして『賢者召喚の儀を拉致と仰るのなら……』と申し訳なさそうに言う。
『いやいや、その件ではない。実はな、つい先ほど我らの仲間の女人が一人、連れ去られてしまったんじゃ。その事に関与しておるかと思ったんじゃが……まあ、その様子では無関係のようじゃな』
アガレスなら心音や呼吸音で相手が嘘をついていたり、何か隠し事をしているかどうか判断出来る筈だ。そのアガレスがヤハルは無関係だと判断したのなら、とりあえずは信じても良いだろう。
ヤハルは『拉致……』と呟き、私に視線を寄越した。
『貴殿はブネ殿ですよね。ブネ殿に関与する女性が狙われたとすれば、もしかしたらキャリオーザという女性が関わっているかもしれません。あの子は……彼女はブネ殿を狙っていますから、その布石なのかもしれない』
驚いた。
黄金姫の息子であるヤハルはフィルマ王国の王女であるキャリオーザの仲間だと思っていた。実際、未来のヤハルはキャリオーザを助ける為に私と敵対し、奴の能力によって私はウララと離れ離れになる経験をさせられた。
まさか目の前の此奴がキャリオーザを告発するような真似をするとは。
『この世界の貴様はキャリオーザとは親しくないのか?』
私の言葉にヤハルは“え?”という顔をした。
『そこで伸びている未来の貴様は、キャリオーザを守っていたぞ』
私はヤハルに“聖女の神殿がある街でキャリオーザと大量のドラゴンを相手にした時の話”をかいつまんで聞かせた。
話を聞き終えたヤハルは『すみません』と呟き目を伏せる。
『……キャリオーザは私の妹です。だから、未来の私はあの子の助命を願い出たのでしょう』
『妹じゃと?キャリオーザ王女もドラゴンなのかのう?』
『いいえ、あの子は人間です。……私の母と前国王の間に出来た子で……』
『助命する程の存在なのに、何故私の前でキャリオーザの名を出した?』
矛盾している。私を狙っているゆえの布石だと言われれば、私が積極的にキャリオーザを消しに行くと予測できる筈だろう。
『キャリオーザは危なっかしい子です。今のままだと取り返しのつかない事が起きそうで、心配なのです』
『一度痛い目を見せた方が良いと?』
アガレスがそう問うと、ヤハルは頷いた。
『しかしお主のう、よりにもよってシグラを選ぶのはいかんわい。こやつは敵対する者には容赦せんぞ』
アガレスがそう言うと、ヤハルははっとして私を見た。
『私は私の番と敵対する者は許さない』
そもそも聖女の神殿での戦いで、番の雄ども諸共消すつもりだった。
私が本気だと分かったのか、ヤハルは慌てて頭を下げた。
『妹には貴殿を諦めるよう説得します、必要なら謝罪もさせます。だからどうか許して頂けないでしょうか』
『駄目だ。貴様のその絵空事を実現できなかった時、ウララに危害が及ぶ可能性がある。私はキャリオーザを排除する方向で動く』
そして、と続ける。
『キャリオーザの肩を持つ存在をウララの傍に置くことは出来ない。貴様は即刻この場から立ち去ってもらう』
『……わかりました』
ヤハルは肩を落とし、眠るククルアを抱き上げた。
『ククルアはウララが保護をしている子供だ。勝手に連れていくな』
『こ、この子は私の子供です!』
『関係ない。そもそも、王城に連れて行く気なら止めておけ。ククルアは王城の者に命を狙われている可能性がある』
『え……?』
ククルアは盗賊団に襲われ、乳母を失った。その盗賊団が誰に雇われたのかまでは分からないが、亡くなった乳母は“王都に居る王族達が差し向けた”と考えていた。きっとその予兆があったのだろう。
ヤハルは『王族の誰かが……』と呟くと、膝から崩れた。そして奴の頬に涙の筋が出来る。
『もう……嫌だ。どうして彼らは……!どうしていつもいつも!』
ククルアをしっかりと抱きしめながらヤハルは慟哭する。
その様を見ていると、くいくい、と袖が引かれた。ウララだ。
「ね、ねえ。ヤハルさんはどうしたの?殆ど会話の内容は理解出来なかったけど、凄く可哀そうなことになってるよね?」
「くくるあが、おうぞくのだれかに、いのちをねらわれているっていったら、こうなったんだよ」
ウララは「あ……、それは心配で仕方ないだろうね」と頷いた。
「ヤハルさんは賢者召喚の儀を手伝っていたんだから、王宮でお仕事しているドラゴンなんだよね?」
「黄金姫の息子ならば、王族そのものと言っても良いじゃろうな」
アガレスの言葉を聞いたウララはぎょっとして「お、黄金姫の息子さんなんですか!?」と大きな声を出した。ついでだからと、私はヤハルがキャリオーザの兄であるということも付け加えてウララに話すと、彼女は目を見開いて絶句していた。
「うらら、くくるあのこと、どうする?やはるにわたす?」
ヤハルにはああ言ったが、ウララの意見を聞いておかなければならない。そしてその言葉によって私の行動は決まる。
ウララはヤハルとククルア親子に目を遣った。
「ヤハルさんはククルア君を大事に思っているようだし、ククルア君もヤハルさんに会えて凄く嬉しそうだった。確かに私はククルア君の保護を引き受けた身ではあるけど、だからと言って親子を離れ離れにする権利は無いよ。……でも、環境によっては王城にククルア君を連れて行くのは賛成出来ないかな。もしも王城にヤハルさんの仲間が沢山いらっしゃるなら、安心してククルア君を送り出せるけど……その辺りはどうなの?」
私はウララに「きいてみるね」と言うと、ヤハルに目を向けた。
『おい、貴様には頼れる仲間は何人いる?ククルアをきちんと守れる環境があるのなら、ククルアを連れて行っても構わないとウララは言っている』
ヤハルはゆるゆると顔を上げた。
『ドラゴンである私に、頼れる仲間どころか、味方すらいるわけがない……』
『千年もフィルマ王国に身を置いておるのに、ただの一人もおらんのか?』
アガレスがそう問うと、ヤハルの顔に皮肉気な笑みが浮かんだ。
『母上にすら忌み嫌われていますからね。私は逃げないように裏切らないように枷を付けられ、国王に良いように使われるだけの道具にすぎません』
ヤハルは皮肉気な笑みを浮かべたまま涙をこぼす。
感情が昂っているのか、若干身体が震えている。
『歴代の国王達は……!私が家族を大切にする性質だと知って、私の枷として母上との間に自分の血を引く子を最低でも一人は儲ける事が義務になっている!』
奴の涙がぼたぼたとククルアの顔に落ちていく。
『母上は私を生んだせいで気がふれてしまったが、歴代の国王達のこの所業のせいですっかり壊れてしまった!―――……奴らは……!気まぐれに、軽々しく私の大切なものを奪っていく。何度も、何度も、何度も!』
ヤハルの絞り出すような言葉を聞き、何故此奴の相手にウララが選ばれたのか何となく理解できた。
ウララならばきっと此奴の事を救い、そして必ず幸せに出来るに違いないと断言出来る。
だが当然だがウララを渡すわけにはいかない。
『―――僕が、います』
そんな子供の声がやけに大きく聞こえた気がした。
『ククルア……?』
『父上が僕を助けに来てくれた事が凄く嬉しかったんです。生まれてから今までで一番嬉しかった』
眠りから覚めたククルアが、精一杯手を伸ばしてヤハルに抱き着く。
『僕はひ弱で、何にも役に立たないかもしれないけど。絶対に何があっても僕は父上の味方です
―――だから泣かないで下さい。父上が悲しいと、僕も悲しい』




