父:シグラ視点
「あの金竜は、賢者召喚の儀でルミカさんを連れて行ったドラゴンで間違いないんだよね?」
「うん」
「私、訊きたいことがあるの。でもその前にククルア君にお父さんが来ていることを伝えた方が良いよね」
ウララがしたい事を最優先すれば良いと思うが……ウララの後ろでレンが嬉しそうにライに「ククルア君喜ぶかなあ!」と話しているので、黙っておこう。
「でもククルア君、大丈夫かな。酷い状態だったけど……」
「くるしんでいるけはいは、ないから、おちついているんじゃないかな」
ちらりとそれぞれ別々の結界に閉じ込めている金竜どもを見る。
この時代のヤハルはドラゴンの姿のまま座り込んで大人しいものだが、未来の世界から来たヤハルは……人間の姿で頭を抱えて泡を吹いている。どうやら気絶してしまっているようだ。
取り合えずウララの目の毒になるので、未来の世界のヤハルには防視の結界を追加で張り、放置だ。
この時代のヤハルに向かって『貴様の息子と話をしてくる。少し待っていろ』と声をかけると、私はウララ達を連れて車の中へ入った。
車の中ではククルアはダイネットのシートに寝かされていた。ククルアの傍らにはブエルがいた。
『この子男の子だから、あのベッドに寝かせるとシグラが嫌がると思って』
と言ったのはブエルだ。どうやら寝室は私とウララの領域だと思ったようだ。実際はまだ私はそこで眠ることは許可されていないが、普段ウララが使っているところなので、ブエルの気遣いはありがたい。
ククルアは憔悴している様子だが、意識はきちんとあった。ククルアを苦しめた未来のヤハルが気絶しているので、禍々しい感情の供給もストップしているのだろう。
私の視線を受け、自分に用事があると察したのかククルアは身体を起こした。
『今、お前の父親が外にいる。会いたいか?』
『え……』
ククルアは呼吸を忘れたかのように固まった。
『本当だよ、ククルア君!』
ウララの後ろからレンが顔を出してとはしゃいだ声を出した。
『ククルア君が苦しんでいる事に気づいて、ククルア君のお父さんが助けに来てくれたんだよ!』
『僕を……助けに……?』
レンの言葉を理解するにつれて、ククルアの頬が紅潮いていく。
『僕の父上が、僕の為に来てくれたの?』
ククルアはよろける身体を無理やり動かしてシートから降りると、不格好な様子で急ぎ足で車の外に出た。
その後ろを追って私達も車を降りると、目が無いククルアは腕を彷徨わせながら『父上、父上』とヤハルを探していた。手を貸してやろうかと腕を伸ばしかけたが、
『君がククルアか?』
ヤハルが声をかけると、ククルアは方向を間違える事無く、捕らえられたヤハルの方を向いた。
『ちちうえ』
ククルアはしっかりとした足取りで進み、やがてヤハルを閉じ込める檻の結界に触れた。
ヤハルも人間に擬態すると、結界越しにククルアに触れた。
「シグラさん、結界を解いてあげたらどうです?」
「んー……」
奴の時空を操る能力が厄介なのだが、私がウララと(今はライとレンも追加で)離れ離れにならなければ問題はないか。ウララに手をつないで良いかと尋ねると、構わないよと頷いてくれたので、それと引き換えにヤハルに張る結界を解いた。
『あああ……!』
ヤハルは間髪入れずにククルアを抱き寄せ、感極まったような声を出した。
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『これでも着ておけ』
ヤハルのすすり泣く声が止んだのを見計らい、奴に向かって服を投げた。ここにはウララがいるのだ、人間に擬態した雄が全裸のままなのは許さない。
『尋ねたいことがあるのだが、貴様は日本語を理解できるか?』
『いいえ、日本語という言語が賢者が使う言葉の一つだというのは知っていますが、詳しくは知りません。私は幼少期から行動を制限されており、交流を許された相手はフィルマ王国の人間のみでした。私が満足に理解できる言葉はフィルマ語ぐらいなものです』
『わかった』
日本語ならばウララが気軽にヤハルに訊きたいことを言えると思ったのだがな。
「うらら。やはるはふぃるまごしか、しゃべれないっていってるから、しぐらがあいだにたつね」
「うん。私も少しはフィルマ語がわかるようになってきたけど、まだまだ複雑な文章はわからないからお願いね」
ウララはライとレンの方を見ると、「車の中でブエルさんと待っててくれる?」と申し訳なさそうに伝えた。それに対してライは少し不満げではあるが、簡単に引き下がった。ライもレンもドラゴンなので耳が良い。意図して聞き耳を立てれば車の中に居てもこちらの会話を聞くことが出来るだろうから、簡単に引き下がったのだろう。
そのことをそっとウララに耳打ちすると、彼女は苦笑した。
「ぼうおんのけっかい、はる?」
「そこまでしなくても大丈夫だよ。退屈な話になるからと思って、この場から遠ざけただけだし」
それなら良いか。
「ククルア君は……そのままで良いみたいだね」
ククルアは気を張っていた反動からか、ヤハルの腕の中で安心したように眠っている。そんなククルアを起こしたくはないらしく、ヤハルがククルアに防音の結界を張ったので、私が何かする必要はないだろう。
『最初に断っておきますが、私は多くの制限が掛けられた身です。全てを答えられるわけではありませんが、構いませんか?」
『誰に制限を掛けられているのだ?」
子供はいるが、ヤハルにはまだ逆鱗があったので、番がいるわけではないだろう。ブネにとっての賢者のような存在が此奴にもいるのだろうか。
ヤハルは私の疑問に答えず、『貴殿は何処まで私の事を知っているのですか?』と訊き返してきた。
『先日異世界でお会いしましたが、貴殿も時空を行き来する力をお持ちですか?』
『あれは私の能力ではなく、別の手段を使ったのだ。そして貴様の事だが、貴様がヤハルという名のドラゴンで、フィルマ王国の関係者であることはわかっている』
ヤハルが指先を自身の顎に当て、何かを考えている素振りを見せた。私が持つ情報の程度を把握することで、私やウララの質問にどの程度詳しく答えるべきか考えているのだろう。
これは少しでも多く、私達がフィルマ王国の隠された情報を手に入れていると此奴に示しておいた方が良いな。
『言っておくが、黄金姫の事は知っているぞ』
『!』
ヤハルの顔色が変わった。よし、手ごたえがあった。
ヤハルに関する事はリパームから奪った中途半端な知識しかないが、黄金姫の事はブネからそれなりに聞いている。
『王城の地下にいるそうだな。ドラゴンの子を生み、死にたくても死ねな『それ以上は』
ヤハルが途中で私の言葉を遮った。かなり動揺しているようだ、なるほど、黄金姫が此奴の弱点か。
『……』
ヤハルは落ち着くためか、目を閉じた。
『確か黄金姫が生んだドラゴンは金竜だったかのう』
ヤハルが落ち着くのを待ってやらずに、今まで馬車の傍に黙って座っていたアガレスが口をはさんできた。
『細かい数字は覚えておらんが、おおよそ1000年ほど前じゃったかのう、シグラよ』
アガレスは自分の能力を存分に使って、色々な情報を仕入れている。黄金姫が子を生んだ当時も盗み聞きしていたのだろう。まあ、いい。取り合えず話を合わせるか。
『……そうだな。我々の間でも、弱きドラゴンが人間の雌を番にしたと有名になったゆえ、注目している者は多かっただろう』
『ち、父の事を知っているのですか!?』
ヤハルは必死の形相で私を見た。
……今、父と言ったか。咄嗟のことでつい口走ったのかもしれないが、迂闊な奴だ。
―――想像はしていたが、やはりこいつは黄金姫の子供か
『いいや、興味が無かったからな。詳しくは知らない』
『儂は黄金姫の相手の事は結構知っておるぞ』
まあ、実物を見た訳じゃないがのう、とアガレスは笑った。そして続けて
『ビメなら知っておるかもしれんな。あ奴は世話焼きだからか、顔が広くて案外情報通じゃからのう』
と言ったところで、ヤハルは我々に向かって頭を下げた。
『貴殿らの質問には出来るだけ答えると約束します。ですから……、父の事を出来るだけ詳しく教えてくださいませんか……!』




