助っ人
私達はすぐさま教会へ行き、事務局長の元へ走った。
教会の内部はドラゴンのままでも通れるような大きな造りになっているが、流石に裏方のエルフなどの信徒達が使う部屋や通路までは普通の人間サイズだ。ドラゴンのままでは通れないと思ったシグラが人間に擬態すると言ってきたので、私はリュックに詰めてきた彼の服を渡した。
靴までは持ってきてないので、外に出る時には教会で借りた方が良いだろう。
教会の構造はライが詳しく、彼の案内で事務を行っている部屋へ向かうと、事務局長は部下と共に次々と報告されてくる被害状況をまとめている最中だった。シグラが顔を出すとすぐに作業の手を止めて私達を出迎えてくれた。
『カチュアが何処にいるかわかるか?』
『教会にいたエルフ達は私を除いた全員が街へ出払いました。御用でしたら、念話で呼べますが』
『頼む』
10分ほどで来れるという事だったので、このまま私達が事務室にいても邪魔になるだけだと思い、教会の外で待つことにした。その際、シグラ用に靴を頼むと、防寒用のコートも一緒に貸してくれた。
待っている間にライがカチカチと時計を操作し、「先輩」と声をかけてきた。
「写真を見るならパソコンかタブレット端末が必要なんですが……」
「なら、カチュアさんと合流したら車に戻ろうか」
それから程なくしてカチュアが現れた。彼女は身体強化魔法と風魔法を駆使して急いで来てくれたようで、息が上がっている。
カチュアは私達を見つけると一礼をして『どうなさいましたか』と駆け寄ってきた。
『まずは車に戻る。事情は道すがら話す』
シグラはそう言うと私の背中を優しく押して歩きだした。そして簡潔に先程の事と魔法陣の事をカチュアに話してくれた。
「しゃおおしゃ……―――」
シグラの言葉を受けたカチュアは彼女自身の見解を述べてくれたようだが、フィルマ語初心者で簡単な日常会話くらいしか出来ない私には理解できない単語が多かった。
「ライ君。カチュアさん、何て言ってるの?」
「魔法陣は象形文字のような古代語とか意味のある図形で構成されているらしいです。それを解読するのは時間がかかるので、リュカを閉じ込めていた檻の魔法陣を調べるのに、どうも助っ人を呼んだみたいです」
「助っ人?」
「ロノウェの郷に要請を出したそうですよ」
ロノウェ。
「ロノウェってアウロさんが加護を貰っている名のある精霊だったっけ」
言語能力を持つ名のある精霊、ロノウェ。その加護を持つエルフは、どんな言語であっても初見で理解し会話することが出来る。アウロが異世界語である日本語に対応できたのはその能力のおかげである。
シグラは何とも言えない表情で「あいつがくる」と呟いた。
「あいつ?」
私が訊き返すと、彼はこくりと頷いた。
「こだいごなら、えるふでもわかるんだけど、ずけいまでは、えるふではわからないみたい。だから……ろのうぇがくるらしいよ」
嫌そうに言うシグラに、私とライは目を合わせた。
「シグラはそのロノウェさんという方が……その、苦手なの?」
「……うららも、いちどあってるよ」
「え?」
「ふらうにいた、えるふ。たしか“ななー”ってなのってたやつ」
「え」
ナナーとはフラウの屋敷で通訳の仕事をしていた女性エルフだ。やたらとベタベタと私の身体に触ろうとしてきたり、私に加護の危険性を教えてくれたエルフでもある。確かに彼女はシグラの旧知の仲のような感じではあった。
ナナーはビメの息子に求愛をされ、シグラの入れ知恵によりビメの息子がロノウェの郷に向かって行ってしまったために慌てて郷へ戻っていった筈だ。
あの人、ロノウェさんだったんだ。
あれ?でも、
「アウロさんは何も言っていなかったよね?」
「あのとき、えるふにぎたいしてたから、あうろは、きづかなかったのかもね。ろのうぇは、あそぼうとして、きょくりょくめだたないようにしてたし」
そういうものなのかな?ブネルラのエルフ達はシグラが人間に擬態していてもすぐに“ブネ様だ!”と気が付いてたけどなあ。
「でも、ロノウェさんも擬態の能力を持ってるんだね」
「あ奴は擬態の能力を持っておらん筈じゃぞ。恐らく別の者の能力じゃな」
答えてくれたのはアガレスだ。話している間に車の場所まで来ていたみたいだ。
黒猫姿のクロがたたたっとアガレスの元へ走って行った。
「多分オセの能力じゃと思う。あ奴らは仲がいいからのう」
「オセ……何処かで聞いたような」
「けんじゃがいってたね」
ああ、そうだった。
その時の話題はオセという人にバスコンの見た目を変えて貰ったらどうだというものだった。
賢者もオセはロノウェの友達だと言っていたっけ。
「じゃあ僕、タブレットを持ってきますね」
ライはそう言って車の中に入っていく。それを見送りながらアガレスは「大変なことになったのう」と話しかけてきた。
「キララの奴、じゃから自重しろと言うたのに。儂がもうちょい気を掛けておけばなあ……」
「……あの子は成人したいい大人です。勿論身内として物凄く心配ですが、アガレスさんがそこまで気に病むことはありませんから……」
15年先の未来のキララは25歳でカメラマン助手としての生業をもっている。もう親や姉の保護下にいる娘ではなく、自己責任を負わなければならない立場だ。
ただ、いくつになっても……たとえ生きている世界線が違うとしても、“キララ”が“ウララ”の妹であることには違い無いので、私は全力で助ける方向で動くけど。
「シグラ、キララに張ってくれた結界はまだ何の反応もないの?」
「うん。だいじょうぶだよ、あんしんして」
物理や魔法反射に加えて害意を弾く結界も張ってくれているので、それが作動していないということは安心だ。
ライは時計からメモリーカードを抜き、タブレットに挿入した。
■
その後、私達はキララの荷物からモバイルプリンターを拝借し、魔法陣の写真をプリントアウトしてカチュアに渡した。カチュア曰く、この魔法陣は物を運ぶ転送陣に似ているとのことだった。ただし、カチュアの知る転送陣は物を運ぶのが絶対条件であり、生物を転送させるのは不可能だそうだ。
キララが連れ去られたのだから転送陣のようなものである事には違いないんだろうけど……解明不能な魔法陣じゃありませんように。
「これって、私達がこの魔法陣を地面に描いても、発動するものなの?」
「しないとおもう。まほうじんは、こころのなかでじゅもんをとなえながら、かかないとだめなの」
「心の中で唱えるの?」
「しぐらも、そういうへきがをみただけで、くわしくはないんだけどね」
「壁画……」
聞けば、魔法陣は魔石を使った魔道具の台頭で今は廃れた技術なのだそうだ。だから魔法陣には古代語が使用されているし、壁画で記録されたりしているのだろう。
カチュアはロノウェが来るまでに少しでも魔法陣について調べると言い、プリントアウトしたそれを持って教会へと戻っていった。
「ロノウェさん待ちですね」
「うん。……キララのことを考えると、気がせいで仕方ない……」
「だいじょうぶだよ、うらら」
「それじゃあ、今のうちにアレを処理しておくかのう。気休めにもなろう」
「アレ?」
アガレスはすいっと湖の方を見た。
視線の先には檻の結界に入った金竜がいた。




