消えたキララ
上空から見渡すと、ブネルラが受けた被害がよくわかる。
プルソンルラよりはまだマシのようだが、いくつか家屋が倒壊していたり土砂崩れが起こっているので、また手伝いに行った方が良いだろう。
「あ、ライ兄ちゃんがいる」
「どこどこ?」
「あそこ」
レンが指さした方を見ると、何か大きなものを持って走っている子供を見つけた。あの子かな?
「くろがいっしょにいるね」
「クロ?あ、ああ。アガレスさんのところの子か。一緒に行ってくれてたんだね」
ライが一人ではなかった事が知れて、少しだけほっとした。
私達は結界の上を飛行していたので、シグラは一旦ブネルラ全体に張っていた結界を解き、もう一度自分たちを中に入れた状態で結界を張りなおした。
「ライくーん」
「お兄ちゃーん」
「え?シグラさん……と、レンと先輩も」
シグラがライの進行方向に降り立つと、ライは驚いたように足を止めた。彼の傍には黒猫がいるけど、多分この子がクロだろう。
ライはぽかんとした顔で「起きたんですね、シグラさん」と言った後、弾かれたようにして教会の上空を見た。
「金竜もいなくなってる。シグラさんが対処したんですか?」
シグラは「うん」と頷いた。
一方、私はライの様子を見て、さあっと血の気が引いた。
「ライ君、怪我したの!?」
彼のこめかみの所に血がべったりとついている。酷い怪我をしているのかもしれない。
「は、早く手当てをしないと」
シグラに私とレンを包んでいる結界を解いてくれるよう頼み、持ってきていたリュックからファーストエイドキッドを取り出してライの元へ駆け寄った。
「あ、これ。大丈夫です、もう怪我は治ってますから」
ライは抱えていた荷物をドスンと放り捨て、前髪を掻き上げた。
「ちゃんと見せて」
消毒液を染み込ませたガーゼで出血部分を拭うと、彼の言う通り確かに傷はもうなかった。
しかしこれだけの量の血が出たのだから、相当痛い目に遭ったに違いない。
「可哀そうに……痛かったでしょう?瓦礫にあたったの?」
「あー……、瓦礫ではないんですが……」
歯切れが悪くて、私は少し首を傾げた。
「よくわからないけど、無事で良かったよ。でもライ君、私たちの傍から離れないって約束したでしょう?」
「す、すみません。でもブネルラが気になってしまって……」
「そうかもしれないけど、緊急事態の時には特に慎重に行動しないと駄目だよ。でも……本当に無事で良かった」
漸くほっと息を吐くことが出来た。そして気持ちに余裕が出来たところで、ライが放り捨てた大きな荷物に気が付いた。
「……ライ君。それ、人?」
見たところ、檻の結界に入った男性のようだけど。
「あ、これは……「ライ兄ちゃん!お姉ちゃん!離れて!」
ライの言葉にかぶせるようにしてレンが声を張り上げた。続けてレンは私とライの手を掴むとシグラの元に戻ろうとする。
「ど、どうしたのレン君」
レンはちらりと檻の結界に閉じ込められた男性の方を見て、
「その人だよ!山荘でリュカに声をかけてた人!」
「え!?」
私はつられる様にして男性の方を見ると、既に男性に張ってあった檻の結界の上に、更にもう一枚檻の結界が瞬時に張られた。シグラが張ったようだ。
「れんのいうとおりだよ、うらら。そのおすは、りぱーむのきおくのなかにでてきた、みらいじんの、ひとりだよ」
「ええっ」
「僕のこめかみの怪我は、その男の不意打ちだったんです」
「はあ!?」
子供相手に暴力を振るったのかと、結界の中に捕らわれた男を反射的に睨む。
私が「ちょっと、アナタねえ!」と文句を言おうとすると、ライが止めた。
「叫んで煩かったので、その男には防音の結界も張ってます」
「外からの声って聞こえるっけ?」
「聞こえませんよ」
「……そう」
リュカを誘拐した上にライにまで暴力を振るったのだ、言いたいことは沢山あるけど、ここでは我慢か。
むかむかする気持ちを抑え、私は話題を変える。
「それより、キララを迎えに行かないといけないの。ライ君も一緒に来て」
「キララさん、まだ戻っていなかったんですか?」
「そうなの……あ」
私とライとレンは同じ結界に包まれた。そしてすぐにシグラの手に掴まれ、ふわっと視界が上がる。
そして私達が包まれた結界とは別にもう一つ、二重の結界で拘束された未来人と黒猫のクロを包む結界もシグラの手の中にあった。クロを私と同じ結界に入れないところがシグラらしいな、と思ってしまった。
それから暫くブネルラの上空を飛んで、キララを探すが……
「キララ何処に行ったんだろ」
私の目はともかく、シグラやライ、レンの目をもってしても、キララの姿を見つける事は出来なかった。建物の中に避難しているのかな?
「らいとれんは、きららのけはい、わからない?」
ライとレンにとってキララは叔母であり、更に未来のキララはライ達が暮らす山荘でバイトをするなど、頻繁に顔を合わせる間柄だ。
シグラの問い掛けにライとレンは困ったように顔を見合わせた。
「多少はわかる筈なんですが、離れすぎているのか、今はキララさんの気配を見つける事が出来ません」
「僕も」
シグラは「むう」と唸る。
「シグラはキララの気配わからない?」
「ちいさいきららなら、わかるとおもうけど、みらいのきららは、きょりがはなれていたら、ちょっとむずかしいかな」
未来のキララは一緒に行動をしだしてまだ日が浅いからなあ……。
「建物の中に居てくれたら良いんだけど、……考えたくないけど、もしかしたら瓦礫の下敷きになってる可能性もあるよね。シグラ、家が崩れているところに降りてくれる?」
「わかった」
現場ではエルフや聖騎士達が魔法を使いながら、瓦礫の撤去作業を迅速に進めていた。
シグラが降り立つと、その場に居た人達が一斉に手を止めて跪こうとしたので、ライは慌てて“作業を続けて下さい”と声を掛けた。
「このがれきのしたには、ひとのけはいは、ないよ。しんだたましいもないから、あんしんして」
「なら、此処にいたとしたらもう救助されたってことだね」
私はその場にいた恰幅の良い女性に『すみません』と声を掛けた。
『けがをした、おんな、ひと。いませんか?』
拙いフィルマ語で尋ねると、彼女は固まってしまった。
「……私の言葉だと通じないのかな」
「先輩がシグラさんの番だから緊張しちゃってるんですよ。僕に任せてください」
私に代わってライが同じ女性に話しかけると、女性は今度は早口で「しゃおしゃおしゃお!」と話し出した。怖い気持ちをため込んでいたのかもしれない。
殆ど一方的に女性が話し続けていた会話を終わらせたライが、ちょっと辟易とした様子で私の方に向いた。
「怪我人は広場の方に集められているそうです」
「そうなの?ありがとう、早速行ってみよう」
■
広場には20人ほどが寝かされていた。
既に回復魔法が掛けられたのか、目立った外傷はないようだけど……?
「どうしたんだろう、傷は無いのに凄く顔色が悪いね」
「ちょっと訊いてみましょうか」
ライが寝かされている人達の看病をしている男性に声を掛けた。
「普通の回復魔法だと、傷を塞ぐので精一杯らしいです」
「あ……そう言えば前に、アウロさんも言ってたっけ」
普通の回復魔法では失血や、打ちどころが悪かったなどの不調は回復しきれないのだ。
「確か治癒に特化したブエルさんやその加護を持つエルフの人は、それ以上の治癒も出来るって聞いたけど」
「ブエルさんを呼ぶにも、少し時間がかかりますよ。それにあの人が、こんなに人が沢山いる場所に来てくれるかどうか微妙ですし」
多分来てくれないだろうなあ。すごく嫌がられそう。
でもブエルという存在を知っているのに、この辛そうな人達の事を見て見ぬふりは……。
「うらら、そんなに、つらそうなかおをしないで」
「え?シグラ?」
清拭用の水をくんでいるバケツをシグラは爪で器用に持ち上げると、中の水を捨てた。
「しぐらのちを、あげてもいい?」
「あ……」
そうだ、ドラゴンの血にも治癒効果があったんだった。
私が辛そうな顔をしているから、シグラにそんなことを言わせてしまった。
「うらら?」
「…………」
シグラに痛い目に遭って欲しくはないけど、でもここで私が駄目だと言ったら此処で寝かされている人達の苦しみが長引いてしまう。
「…………ごめんね。すぐに手当てするから、血を少しだけわけてくれる?」
「うん!」
シグラは嬉しそうに声を弾ませると、人差し指を親指の爪で弾くように引っ掻き、血を噴出させた。
ドラゴンの大きな指なので、血はすぐにバケツに溜まった。そのバケツをライに渡すと、私は消毒液とガーゼ……は間に合わないので、タオルをリュックから取り出してシグラの手当てをする。
出血を止めようと、患部にタオルを持つ手をぎゅうっと押し付ける。
「消毒液が染みて痛いと思うけど、我慢してね」
「うん!」
「……そんなに気にしなくても、もうとっくに血なんか止まってると思いますよ」
そんなことをぶつぶつ言いながら、ライは怪我人にシグラの加護を与えないように、慎重に血を与えてくれていた。
プルソンルラでもそうだったが、ブネルラでもシグラの加護を持っている者は殆どがエルフだ。
ブネルラの人達は全員シグラの信徒なので彼の加護がついても文句は言わないだろうけど、きちんとした同意を貰っていないので、そこは気を付けておいた方が良い。……それにドラゴンの体液なので、摂取しすぎると寿命伸びすぎ問題もあるし。
『あ……ああ!身体が痛くなくなった!』
『これがシグラ様の御力……!』
血を与えられた彼らはすぐに元気を取り戻せたようで、口々に明るい声が飛び出していた。
……心なしかお肌がぴちぴちになっているような気がしなくもない。
「ねえライ君。どれくらい飲ませたの?みんな10歳くらい若返ってない?」
「ほんの少しですよ。ほら、血もこんなに余ってますよ」
バケツの中の血は、渡した時と殆ど量が変わっていない。本当にスポイト一滴分くらいしか与えていないようだ。
「ドラゴンの血って凄いんだね」
「いいえ、シグラさんの血が活き活きしすぎなんですよ」
シグラの方を見ると、元気になった人達を含めたその場に居た信徒達がシグラに向かって五体投地をしていた。
その後、この騒ぎを聞きつけたパームがやってきたので、余った血液は彼女に渡しておいた。
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「パームさんにも訊いてみましたが、キララさんはこの辺りにいないみたいです」
「どこに行ったんだろう……アガレスさんの所に戻って、探してもらえるか訊いてみようか」
「それが良いですね」
まだまだ五体投地を続けたい様子の信徒達には申し訳ないが、私達は一旦キャンプ地に戻ることにした。




