機械技術者・モーリー:(前半:ライ視点、後半:ヤハル視点)
ブネルラの街は大きな被害を受け、家屋が倒壊しているところも見受けられた。
『紅竜殿の傍から離れない方が良いですよ』
僕の後を追ってきた黒猫が喋る。彼はアガレスさんの所のクロさんだ。
『でも見て見ぬふりは出来ないんです』
『僕達は子竜とはいえドラゴンなので人間よりはマシでしょうが、過信しない方が良いですよ。ましてや、今は大人のドラゴンが暴れまわっていますから』
『わかっています』
脳裏に青竜が浮かぶ。僕は大人のドラゴンの怖さは身をもって知っている。
クロさんは無理やり僕を引き留めようとしているわけではないらしく、それ以上は何も言わなかった。
と、その時。
『……!』
ドラゴンの威嚇が聞こえ、一瞬で鳥肌がたった。
走りつつ聞こえてきた方を向けば、教会の上空に二頭の金竜が対峙しているのが見えた。
『え……、ドラゴンが増えてる……?』
そこで思わず足を止めると、また威嚇が聞こえてきた。あの金竜達は敵対しているらしい。あそこで戦闘になれば、教会の近くに車を停めて中で待機しているレンや先輩が危ないじゃないか!
僕は頭が真っ白になり、気が付けば踵を返して教会の方へと走っていた。
しかし―――
『ライ殿危ない!』
『……ッ!?』
そんなクロさんの声が聞こえたのと同時に側頭部に激しい打撃が加えられ、視界がブレた。そのまま謎の攻撃に吹き飛ばされるような形で横に転んだ。
『な、なに?』
衝撃が加わった部分を手で触る。するとそこからはどろりと血が出ていた。
脳震盪にでもなったのか、眩暈がする。
戸惑っている僕を余所に、パンパンパン、と乾いた破裂音が連続して響いた。それが銃声に似ていると思う間もなく、今度はギインギインギイン、と鈍い音が聞こえた。
『怪我は?すぐに治りそうですか?』
『大、丈夫です、少し眩暈がする程度です』
『向こうから石礫のようなものが飛んできました』
僕を庇うように黒猫姿のクロさんが立ち、ある一方を見ていた。納屋が立ち、その周辺に樽や木箱が重ねられて置いてある。あそこに攻撃してきた敵が潜んでいるのか……?
またパンという音がしたかと思えば、僕の目の前で火花を散らしてギインと音が鳴った。この“ギイン”という鈍い音は結界が攻撃を弾いている音のようだ。
『……これ、クロさんが張った結界ですか?』
『はい。でも厄介な攻撃です、僕の結界如きすぐに破られそうです』
結界が弾いて地面に転がった石礫のようなものは、虹色に輝いている。
これは魔法が込められた武器だ。
思い出すのは僕らがシグラさんと離れ離れになった時のこと。シマネという街で僕とコウが張った結界を壊そうと男たちが振るっていた武器と同じ色だった。
連続したパンという破裂音がし、それと同じだけギインという鈍い音がする。
『……!まずい、結界が!』
次第に結界にヒビが入っていくのが見えた。
保たない、と思った瞬間にパアンと結界が砕け散る。
だが攻撃は僕が張った新しい物理反射の結界が弾いた。
漸く最初に受けた攻撃の余韻が消え、思考がクリアになってくれたので、結界を張ることが出来たのだ。
さて、今度はこっちの番だ。
攻撃が飛んでくる方へと駆け出す。
物陰に隠れて飛び道具で攻撃してくる奴なんだ、絶対に接近戦は弱いはずだ。
僕が走り出したので動揺したのか、規則正しく撃ち込んできていた攻撃がリズムを崩しだした。
積み重ねられた木箱まで来ると、僕はひょいっとジャンプして飛び越える。
『ひ、ひええっ!!』
木箱の後ろにいたのは、猫のように釣り目の小柄な男だった。
見たことのない顔だが、何処か既視感がある。
『あ……』
思い出した、例の登山客達の似顔絵を描くためにレンから全員の特徴を聞いたが、その中の一人に似ているのだ。
『うわああああ!!何でこの時代にブネの子供がいるんだよおお!!』
男は手に持っていた銃を僕に向かって撃ち込んできた。
―――ブネの子と言ったな?やはりこいつは……。
『来るな!来るなあ!!ヤハルは何で肝心な時にいないんだ!あの役立たずが!!』
数発で僕が張った結界にも徐々にヒビが入ってきたが……
『あひいッ!』
結界が割れる前に男と距離を詰め、銃を持つ腕を蹴り上げた。その反動で男の手から銃が離れ宙に舞う。僕はその銃をキャッチすると、後ろに跳んで男から少しだけ距離を取った。
『……なんだこれ』
弾倉を抜こうと思ったが、映画やドラマでよく見る銃の形をしていない。レジのバーコードを読み取る機械とかドライヤーに似てるかな。
扱いきれないと思った僕は銃を自分のベルトに引っかけると、腰が抜けてしまったらしい男を見下ろした。
こいつがリュカを誘拐した未来人グループの一人か。
こいつらのせいで、まだ優しい世界しか知らなかった幼いリュカは怖い思いを沢山したし、プルソンルラの聖騎士には砲撃まで喰らわされた。
レンも、リュカの誘拐騒ぎに巻き込まれる形で人見知りなのに一人でこの過去の世界に迷い込み、暴漢に囲まれて怖い思いをした。そしてアミーに攻撃を受けた時には暫く目を覚まさなかった。
コウは……あれは父さんも一枚かんでいるが、それでもこいつらが何もしなければ青竜のブレスを喰らうことは無かったんだ。
『お前達のせいで僕の妹や弟達が危ない目に遭ったんだ、許さないからな』
『ひいいいいい!!』
みっともなく取り乱す男を檻の結界に入れて肩に担いだ。
■■■
『私はライとキララを迎えに行かなければならない。貴様はそこでじっとしていろ』
そう言うと紅竜殿は私に檻の結界を施して自身の番と共に飛び去って行った。
『あああああ……!!』
すぐ傍には、人間に擬態して叫び声をあげている未来の私が入った檻の結界がある。
ドラゴンは老いることがないので見た目は変わらないのだが、感覚としていくつくらいなのか推して図ることは出来る。紅竜殿は8000前後くらいだろう。
800年後から来たらしい未来の私をちらりと見る。今は人間に擬態しているのでただの20代の青年にしか見えないが、ドラゴンだった時に見たあの姿はどう考えても3000は過ぎていた。
今の私は1000になるかならないかくらいだ。800年後なら2000にもなっていないのに。
“未来の技術の実験による副産物”か……。
私は数百年後も今と変わらず物として扱われているのかと思うと、憂鬱になる。
未来の私が何故発狂してしまったのかはわからないが、幸福ではないことだけはわかる。
逆鱗もついたままだったので、番もいないのだろう。
『おーい、金竜よーい』
呼ばれた方を向くと、老人が立っていた。彼の事は知っている。
『アガレスルラ帝国のアガレス殿ですか?』
『おお、儂の事を知っておるのか。儂も有名人になったものよなあ、のう、ブエルよ』
アガレス殿が後ろを振り向いた。だがそこには車があるだけだ。
それに対してアガレス殿は呆れたように溜息を吐いた。
『すまんのう、ブエルは臆病じゃから無害な者の前にしか現れんのじゃ』
『……私には紅竜殿の檻の結界があるので、手出しは出来ませんが』
『ひょっひょっひょ。それでも怖いんじゃろうよ。さてお主、ククルアの父親で間違いないか?』
『子の名前は知りませんが、私の子があの車にいる事には違いありません』
私は自分の子供の名前を知らない。それどころか、生まれてこの方会ったことすらない。
もともと私の枷として誕生した子であり、あの子は生まれると同時に私の知らない場所に隠されてしまったからだ。




