決着:(前半:パーム視点、後半:シグラ視点)
『パーム、動ける!?あの家屋が倒壊しそうなの!』
『くっ……』
ビスタの言葉に焦るが、私も今は重傷者の怪我を治している途中だ。
『手の空いているエルフか聖騎士はいませんか!?』
周りに声をかけると、聖騎士の男性が走ってきた。彼も何処かを怪我しているのか、動きがぎこちない。これなら家屋の方に私が行った方が良いだろう。
『私は倒壊する家屋の保護に行きますので、この方々の治療を頼みます!』
『わかりました』
聖騎士と位置を代わり、私は倒壊しかかっている家屋に風魔法を使って、何とか倒壊を防ぐ。
『ビスタ、この家屋の中に住民は!?』
『居るわ!一人で歩けない方のようだから、近所の人が助けに入っていったの!』
≪ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ≫
ドラゴンの威嚇だ!
おのれ、このブネルラで好き勝手振舞うなんて!!
此処がシグラ様の領域だと知っての狼藉なのだろうか!
空を睨みつけるが、そこで暴れまわっていた金竜はいなくなっていた。
『何処に……?』
ブレスを警戒するために常に金竜の動きを追っていたつもりだったが、少々住民を保護する方に意識が傾いていたらしい。
≪ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ≫
また威嚇!
威嚇が聞こえてきた方向は……。
『怖いよお……』
か細い声が聞こえ、意識がそちらに向く。
ドラゴンの威嚇の余波を受け、多くの住民達が道端にへたり込んでいた。
『皆!立ち上がって!いつブレスが飛んでくるかわからないから、ここで座っていたら駄目です!』
『お助け下さい、シグラ様……』
『お父様、お母様。私ももうすぐそちらに参ります……』
『くっ』
ブネルラの住民は皆シグラ様を慕って集まった信徒。私の同胞だ。守らなくてはいけない。
しかしどうすれば良いの?
焦りだけが募るばかりで、悔しくて唇を噛む。
と、そんな時だった。
『え?』
ふっと空気が和らいだ。
何が起きたのわからずにきょろきょろと周りを見回すと、上空に結界が張られたのが見えた。
檻の結界だ。だから、金竜から齎される威圧が遮断されたのだ。
でも、誰が?
誰がこんなに大きな檻の結界を?
『シグラ様だ……』
誰かがぽつりと呟いた。
『こんなに大きな檻の結界を瞬時に張れるのはシグラ様しかいらっしゃらない!』
今度はビスタがそう叫んだ。
するとその言葉は信徒達に伝播していき、至る所で歓声が上がった。
『シグラ様……無事に起床されたのかしら……?』
私はシグラ様がいらっしゃるであろう教会のほうに目を向けると、その上空には金竜が二頭いるのが見えた。金竜は教会の方へ行っていたようだ。
その事実に私は血の気が引いた。
『ビスタ、教会の方を見て!』
私の言葉にビスタ以外にも住民達の目が教会の方に向いた。
『……あ!金竜が二頭もあんなところに!?』
『早くシグラ様の元へ行かなけ……あ!』
私は目を見開いた。金竜と対峙するように紅竜が現れたのだ。
シグラ様だ!
そしてすぐにまた歓声が上がった。
シグラ様が、ブレスを吐き散らしていた金竜に対してブレスを撃ったのだ。
■■■
軽めのブレスを顎に一発喰らわせると、金竜は己が吐いていたブレスを暴発させた。
口からもうもうと煙を出しながら、此方をぎろりと睨んだ。そして威嚇にもならない叫び声をあげて此方に突進してくる。
「ガアアアア!……アガッ!!」
大きな口を開いて齧りついてきたが、私が張る物理反射の結界に阻まれた。
残念だが今回はウララが傍にいるので、結界の類はきちんと張っているのだ。
「ガア!!ガア!!」
金竜は阻まれつつも、何度も何度も私を咬みつこうとしてくる。
正気を失っているのか?
それに見たところ、ブレスによる口の傷も塞がるのが遅い。ドラゴンの血がうまく作用していないな。
これなら脊髄を折り、動けなくなったところで心臓と脳を損傷させれば確実に死ぬだろう。
「ガ……」
ふ、と金竜の力が抜ける。
何か仕掛けてくるのか?……まさか、また時空を開けて私を何処かに飛ばすつもりか?!
ウララを包む檻の結界を抱き込み、更に金竜と距離を取ろうと奴の横っ腹めがけて回し蹴りの要領で尾を使い下に吹き飛ばした。
金竜は何の抵抗もなく、私がブネルラ全体に張った檻の結界の上部に叩きつけられる。
だが腐ってもドラゴンだ、流石にこれだけで死ぬことは無い。すぐに此方に飛んでくるだろう。
その前に殺さなければ。
時空を壊さない程度にブレスを溜めていく。
また此方に突進してきた時に撃ち込んでやる。そう思ったのだが……
―――……?奴は何をしているんだ?
金竜は結界の上に立ち上がると、何故か人間に擬態した。
まさか戦う意思は無いという表明か?
いいや、そんなわけはない、奴は正気を失っているのだから。
「あ……!」
レンが驚いたような声を出した。
ウララが「どうしたのレン君」と尋ねると、レンは「ん……、あのね、あの金竜の人が擬態した姿……」少し口籠りつつも「そっくりだと思って」と言った。
「そっくり?何にそっくりなの?私にはよく見えなくて」
金竜は少し離れた位置にいるので、ウララの目にはよく見えていないのだろう。だがレンはドラゴンなので金竜が擬態した人間の顔がはっきりと見えたのだ。
「ククルア君にそっくりなの」
「え?ククルア君に?」
ウララが金竜をよく見ようと身を乗り出したので、思わず防視の結界を張ってしまった。……良く見えないとはわかっていても、ウララが人間の雄の裸に注目するのは嫌だったので、つい。
「アアア!!ガアアアア!!」
「!」
人間に擬態した金竜は頭を抱え、苦し気にのた打ち回りだした。よだれを垂らし、理性を無くした獣のような有様だ。やはり正気ではない。
擬態している今なら一層簡単に殺せるが……。
ちらりとウララが入っている結界を見る。防視の結界を張っているので彼女がどのような顔をしているのかは見えない。
……この金竜は私とウララを離れ離れにした憎い敵だ。更に厄介な力まで使うことが出来る。
しかしククルアに似ているというドラゴンを無慈悲に殺してしまえば、ウララはどう思うだろう。
『殺すのを迷っているのなら、貴殿の檻の結界で閉じ込めておいて下さいませんか』
『!』
声がした方を向くと、爛れた顔―――目と口だけは辛うじて修復された若い方の金竜がフラフラしながら此方に飛んでくるのが見えた。
『貴様のあの力は結界程度で封じ込めるのか?』
『この力は万能ではありません。己の力を上回る力が満たされた場所には侵入できないのです』
金竜はちらりと車の方を見てから『先程試しましたが、私の力では貴殿の檻の結界に侵入することが出来ませんでした』と続けた。
『その言葉が嘘であれば、あの車の中にいる子竜を殺す』
金竜は息をのんだが、私の前で項垂れた。
『噓ではありません』
『そうか』
少々カマをかけてみたが、金竜の様子からして車の中にいる子竜は金竜にとって余程大切な存在のようだ。
狂っている方の金竜に檻の結界を施し、改めて若い金竜を見た。
『貴様はこの時代のヤハルか?』
『……はい。貴殿とは先日、日本でお会いしましたね』
やはりあの時の個体と同じか。
では、ウララが気にしていたルミカという人間の雌はこの世界にいるのか。これでウララの気がかりが無くなる、喜ばしい事だ。
狂っている金竜を顎で指し『アレは800年後のお前だが、何故戦っていた?』と尋ねるとヤハルは戸惑ったような表情になった。
『800年後?……時空を行き来する力を持っているので過去や未来の自分と会う事は偶にありますが、あの“私”はもっと年上に見えるのですが……』
『それは未来の技術の実験による副産物だ。奴は今からおよそ800年後の世界から来た貴様だ。……しかし、貴様は何も知らずにあの金竜と戦っていたのか?』
ドラゴンは無駄な戦いなどしない。
金竜は少し逡巡し、やがて口を開いた。
『頭の中に子供の泣き声が響いたのです。それで無我夢中で……』
『……そうか』
車の中で悲鳴を上げていたククルアを思い出す。
『ククルアは貴様の子か』




